「ムラアカリをゆく」と銘打って、いま過疎化が進む全国各地の限界集落を旅している若者がいる。大阪府大東市出身の友廣(ともひろ)裕一さん(24)。5カ月をかけてヒッチハイクなどで移動し、村で見つけたものや出会った人たちの暮らしぶりを自身のブログで発信している。
友廣さんは祖父や父の背中を見ながら会社経営にあこがれ、早大商学部へ進んだ。他の学生たちとITベンチャー企業の設立にもかかわった。「ビジネスには社会や人を豊かにする力がある」と信じてきたが、売り上げを伸ばすことが手段ではなく目的となっていく現実に、違和感を抱いたという。
「企業活動と社会貢献が両立できる道はどこにあるのか」。学生時代に行ったミクロネシアのヤップ島。電気も電話もないけれど、子どもたちの笑顔がうらやましかった。でも似たような場所は日本にもあった。富山県の集落を訪ねた時、住民からこんな言葉を聞いた。「里山は宝物でいっぱい。東京の暮らしと、どっちが『限界』かな」。そこから今の旅が始まる。
過疎地の維持には行政コストがかかる。それを軽減するために都市部への移住を促すコンパクトシティー構想が広がっている。集落の存在そのものが都市の価値観にそぐわなくなってしまった。でも彼が旅で発見したのは「過疎地には思ったより若い人が多い」ことだ。Iターンで定着した若年夫婦、農業研修に来た学生。何かが街からここへと人を引き寄せる。
産みたての卵を手にした。温かさで心が揺れた。「豊かさって何だろう。自分はどう生きたいのか」。友廣さんだけの探し物ではない気がする。(生活報道センター)
毎日新聞 2009年3月4日 東京朝刊
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