わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

張りぼて=玉木研二

2009-03-09 | Weblog




 外観だけの張りぼてで中身スッカラカンの3階建て住宅を建てて審査をごまかし、住宅ローンの融資金をだまし取る--。警視庁が摘発した詐欺容疑事件は、あきれ、苦笑させるという典型的な社会面向きダネだが、やがてかなしきものがある。

 戦後10年余のローマを舞台にしたヴィットリオ・デ・シーカ監督のイタリア映画「屋根」という佳作がある。

 住宅難で親族と同居し、自分たちの部屋も持てぬ新婚夫婦。翌朝警察官が巡視に来るまでに一晩で壁を作り屋根をふいて家を完成させれば、居住権を認めるという制度に飛びつく。狭く中に何もなくても一戸建てに2人だけで住める。若い2人は“一夜建て”に奮闘する。だが未完成のまま夜は明けて……。

 映画にはほっと救われる終幕が用意されているので、未見の方も心安んじていただきたい。しかし、警視庁が不動産業者ら4人を逮捕した事件に救いはない。よそでも同様手口でやっていた疑いを持たれている。

 新聞に載った外観精巧、中身空洞の写真に、映画に描かれた戦後住宅難時代を懸命に生きるイタリアの若夫婦のひたむきさを思い重ねるべくもない。

 凶悪事件ばかりではなく、詐欺横行も世相を映す。先ごろ埼玉県警に捕まった振り込め詐欺事件の若者は被害金を引き出す役。1年前から「バイト感覚」で始め「1件2万円、多い月で40万円もらった」という。逮捕時には現金約1200万円とカード45枚を持っていた。

 このアッケラカンぶり。巨額詐欺事件も絶えない。この社会自体、外観大国、中身スッカラカンになりつつあるのではないか……とは、思い過ごしか。(論説室)




毎日新聞 2009年3月3日 東京朝刊


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