スカイブルーの愛車が届いたのは去年の秋だった。坂之上優也君(14)にとって、この世にたった一つの、自分だけの自転車。「でもぶつかると痛いんだ」と言いながら、風を受けて走る少年の笑顔は見る者の顔まで緩ませる。
母親の千賀子さん(42)は早産で大量出血し、優也君は脳の一部の機能を失った。医師からは「良くて一生寝たきり」とも言われた。
親子の目標は歩けるようになること。ペダルをこげば足の機能訓練にもなるが、普通の自転車では危ない。「この子に合ったものを作ってください」。千賀子さんは長崎県南島原市でオーダーメードの自転車を作っている中村耕一さん(41)に頼んだ。
中村さんに障害者の自転車を作った経験はなかった。大阪に住む優也君を訪ねて体に触れ、試行錯誤を繰り返す。体を支える背もたれやベルトを付け、緊急時に同行者が停車できるよう、後部にもブレーキレバーを設けた。
中村さんは6年前、廃業を考えていた。量産された商品を大型店が安売りし、町の自転車屋は衰退していく。ある日、ゴミ出しに苦労するお年寄りを見て、軽量のリヤカーを作ってみた。少しずつ売れ始めた。「みんなの希望を聞いて、オレが自分の手で作ればいいんだ」と気づいた。
優也君は自転車に乗り始めて、自力で4歩、歩けるようになった。「10歩までいったら、東京に行って山手線に乗る」と母と約束している。
自転車に乗る優也君の姿を撮ったDVDが中村さんの元に届いた。店を訪れる人たちに、つい見せたくなる。「ほら、いい笑顔だろ?」
毎日新聞 2008年3月19日 0時01分
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