メロディのブログ

子育て、特に長女の発達障害のことや、自分の趣味(筋トレ、サプリメント、アンチエイジング)のことを綴っています。

姑 ネットより抜粋

2019-09-23 20:12:21 | 義両親
嫁姑問題(舅も)ってじわじわくる。
その時その時は受け流してきた言葉も、後々までずっと消えずに残っている。
そして、怒りはたまっていく。

自分を慰めるためにネットから拾った言葉たち
↓↓↓

悪気はないんだろうけど、言葉選びが下手な、残念な人・・。そういう視点で見るようになると、結構楽です。そして、残念な人から言われたことは、的外れなので、気にしない~忘れることが一番です。
時々しか会われないので、逆に一言一言が重く感じるのかなと思います。今度お会いした時、出来れば観察して見て下さい。あなたにだけではなく、きっと他の人にも、変なことを言っちゃってると思いますよ。


姑の言葉にイライラするだけ時間の無駄だと気づくと自分が楽ですよ。


やはり気持ちの奥底に、嫁をやっつけたいという悪気が潜んでいるのだと思います。
だって、好きな友人になら、こんなこと絶対言わないと思いますから。


嫌味というか。

相手の行動や言う事すべてに『とりあえずなんでも否定して、自分を上に見せたがる』性質の人がいます。

姑さんはおそらく、あなただけでなく、負けたくない相手に対しては、なんでもかんでも否定から入ると思いますよ。


嫌みな人への対処法、2つ。

1つは、こちらも「ちくり」と差し返して撃退。
その場合、相手の言ってる内容ではなく、
そういうことをしてる相手の行為を指摘すると効果的です。

具体的には「本当に高血圧になるか」「老化が早いかどうか」
「倹約しすぎなのか」という問題の土俵にのらず、

「へえ~お姑さんて、そんなふうに考えるんですね・・」とか
「お姑さんは、悪い結末のほうが気になる性格なんですね」
「お姑さんには、手作りは倹約のしすぎに見えるか。はあ~・・」など。

決して、表面上は「けんかをうらず」に、相手の行為を「なぞる」だけで
OKです。それを、「あなたって、ちょっと気の毒な人ですね」と
いうような、同情気味の表情で言ってください。

こういう嫌みな人って、実は内心、「自分の性格」を指摘されるのが怖くてたまらないのです。



2つめの対処法。

嫌みを言われたら、無言で「同情のこもった、よわよわしい微笑」のみを返しておきましょう。相手の眼をじっとみて、小さくうなずくのも可。
こちらのほうが、姑との対決度は弱くなるので、波風はたちません。


なぜ発達障害は存在するか

2019-09-23 14:19:00 | 発達障害
なせ障害は存在するのか?

周囲の人間の心を成長させるため。

まさに神様の視点のような、世界を俯瞰で見たような回答。

これをどう捉えるかはあなた次第…



という冗談はさておき、
長女を通じて私の周りから人がいなくなります。

昨年に近所のママ友とトラブルになり、家族ぐるみの付き合いをしていたママ友と疎遠になりました。

そして、今年は、姑が長女の蛮行に激怒、からのご自分が蛮行(笑)

でも、もちろん長女が悪態をついてしまったのはあるが、ママ友も姑も人間的に問題を抱えている人でした。

それで思ったのです。
周囲に迷惑をかけたり、人に嫌な思いをさせるのはもちろん良くないこと。

でも、この子の本質は悪くないとか、母親である私との関係を思いやってくれたら対応は変わってきたと思う。

一方、長女の問題ある行動を優しく諭しつつ、「お互い様」と受け止めてくれるママ友。この人たちは今のところ、まだ私とお付き合いを続けてくれている。

つまり、人間関係は「お互い様」ととらえて受け止められる関係かどうかというのが、私なりに出した答えです。

縁切りしたママ友や、姑は一方的にこちらを責め立てるだけで、自分がこちらにしたことは棚に上げちゃう人種でした。

もちろん相手が私(たち)でなければ、また状況も変わるのでしょう。
私(たち)がそんなに大切ではなかったということ。

過ぎたことにはこだわらず、今ある人間関係に感謝し、発達障害の長女にはひとつひとつ伝えるべきことは伝えて、長い長い道のりですが、伴走していきたいと思います。

感謝の気持ちがない人

2019-09-23 13:04:00 | 発達障害
軽度発達障害、もしくはグレーゾーンの長女。

長女は感謝の気持ちがない人です。

…というふうに、私たちには見えます。

今朝、お腹がいっぱいだった長女は、朝食を食べたくない気持ちを、顔を歪めながら「なんで食べないといけないんだ!」という暴言で表しました。

朝食を夫が準備してくれたこともあり、長女のその無礼な態度から激怒し、今日一日食事抜き!と言い放ちました。
食事を粗末にし、ありがたみもないので当然だと思います。
ありがたいものなんだと、体験させないとわからないのです。

長女は自室に籠っています。
夫と下二人の子供が出掛けてる間に、私は長女に昼食を与えました。

でも、まだ感謝の気持ちが彼女にはありませんでした。
それも与えられて当たり前なのでしょうか。

私は食事は命をいただくということ。
感謝の気持ちを伝える方法が挨拶であることを彼女に伝えました。
「いただきます」も「ごちそうさま」も言えない。
いや、そもそも挨拶もろくにできない長女。

いただきます、ごちそうさまだけでなく、おはよう、こんにちは、ありがとう
すべての挨拶はあなたに会えてうれしいとか感謝を表すものであること。
心の中で思ってるんだから、読み取ってよというものではなく、自分で表さないと相手はわからないこと。

そして、それ以前に顔を歪めながら「◯◯なんてしたくない」と言われると、言われたほうはどんな気持ちになるか。

食事=命をいただくこと
は伝わったかしら?