グループに入れて頂いたその期の始め、4月に先生から「これまで3年サイクルで
7回、 つまり21年間お勉強したことになりますが、これをもって「ぎんがむ亭」も
終焉を迎えたいと思っております」とのお知らせを頂いていました。
私は最後に滑り込めてでラッキーでした。
(ロバート・デニーロのレストランに団体で連れて行って下さった時の先生)
3年目の12月もお忙しい中、お元気にご指導頂いていたのですが、
年が明けて1月始めに突然信じられない先生のご訃報通知が連絡網で
回ってきたのでした。余りにも急で大変なショックを受けました。
それは16年前のことで(2003年1月)確か享年75才でいらしてと思います。
年末のご多忙でお疲れのところ、肺炎になってしまわれたとのことでした。
ご家族はもとより、先生をお慕いし教えを乞うている多くの方々が無念の
思いを感じました。今ご存命でしたら93才位になられていると思いますが
特に3D-フラワーアートは人気上昇中でしたから益々盛んになっていく
ものと誰もが 思っていました。きっと絢爛豪華で素晴らしい作品を沢山創作されて
いただろうと思うとに残念に思います。
(下の作品は私の手元にあります初心者向きの作品です。)
75才という年齢はやはり身体の変わり目 の年齢かと思います。
(私自身はその後期高齢者入りの年齢をもう越えてしまいました。)
その後、お教室では、娘様の松井ミチル先生が裏千家流の懐石料理クラス、
松華堂弁当クラスのお教室を続けていらっしゃるようです。
肺炎の恐ろしさは私も分かっているつもりです。夫が24年前に経験していま
したので。夫の場合は、60才で会社を替わった翌年、少し熱っぽいので会社の
医務室を訪れたら、担当医師がレントゲンを撮って下さり、「このまますぐ入院
するように」と診断を下され、「大したこともないのに何故?」と不本意ながら
がら大学病院に入院したのですが、お蔭で命拾いしたのでした。入院してから中々合う薬
がなく1週間~10日目位の頃、症状が最悪になりました。生死の境を一時
彷徨ったのでした。その会社の先生には命の恩人だと感謝しています。
退院するまでに約1ヶ月かかりました。高齢者にとっては癌も怖いけれど、
肺炎はもっと怖い様に思えます。