斜向かいの家は完成間近です。

2021-07-29 | ハウジング、建築、近隣

斜向かいの家は足場が取れて姿を現しました。割りとセンスのいい外観です。

北道路なのに南側一杯に棟を寄せて建ててあり、玄関棟以外は窓が1つしかないのは

防寒の為だと思います。階段を降りた北側の接道面は主に駐車場らしく大きく

空けてあります。採光は2階天井から坪庭式に取ることになるのでしょうか?

正面の家の解体はほぼ終わりましたがこれから石階段、車庫も壊すようです。

孫請け会社に託していると聞いています。大きな重機が目の前で右に左に

動いている中、暑いせいか誰もマスクもヘルメットもしていません。

重機の操作を一つ間違えば大変なことになるのに、皆さん平気で解体物を

片付けています。見ていて冷や冷やしてしまいます。

スーパーまで徒歩で約1000歩ですのが、毎回違う道筋を歩くようにしています。

この界隈では最近黒の外壁の新築が目に付きます。汚れが目立たないからでしょうか?

お向かいに黒い外壁の家が出来て見下ろされたら(北斜面なのです)

一寸ショックかも知れません。

 

少し先の東南の角地に、すっきりしたお庭のシンプルなお宅がありました。

昔の大手銀行の頭取さんの息子さん夫婦がリタイア後も住んでいらしたのですが

やはり生まれ育った海の近くの地を終の棲家にしたいと手放されたのです。

そこを買われたのが電気工事関係の職人さん一家?とか。お庭は一家総出で

手造りで車4台分やバイクの駐車場に様変わりしてしまいました。そこだけ

景観上とても目立っています。お隣の地区には景観地区規制があるのですが

ここは地主さんのアパートやマンションも混在していて賑やかなのです。


彼女の家は人手に渡り解体された。

2021-07-24 | ハウジング、建築、近隣

その後、傷心のご主人のお姿をスーパーで時々お見かけしていましたが

間もなく後を追われたのでした。ご子息等のどちらかが住まわれるのかと

思いましたが、お二人はそれぞれの生活拠点がおありで、Oさん宅は売りに出されたのでした。

そうして現在の持ち主の方が買われたようです。

私の個人的な感覚では築年数も浅いし使っている材料や設備が高品質でしたから、

気に入って購入された方は、少し手を入れる位でそのまま住まわれるものと思っていました。

しかし驚いたことに間もなくOさん宅の解体工事が始まったのです。

Oさんの自慢の思い入れの家が重機で壊されていくのは私にとって

残念で辛く悲しいことで残酷にさえ思えました。

資源保護の観点からも耐震構造もしっかりとした立派に使える家を

壊すことは勿体なく大きな損失だと思っています。

日本は資源貧国で豊かな国ではないと思っています。おまけに災害大国

でもあります。毎年々々気候変動も重なり今までにない強烈な

風水害に見舞われ多くの人々が家屋を失う被害にあっているのですから。

でもお金にゆとりがある人はそれなりの考え方があるのでしょう。

 そして解体後そこに出来上がった家は、これも個人の感覚によりますが

味も素っ気もない白っぽい箱を置いたような家で、もう5~6年経ちますが

じっくり見てもいませんが、庭はエントランスも含めて半分以上がコンクリートで固めた

駐車場になり、僅かに庭が残されていて何か渇いた感じを受けました。

(イメージです)

人の感覚や趣向、考え方というものはそれぞれ個性があって当たり前で、

特に現在は多様性を重んじる時代だという事は良く分かっておりますが、

Oさんのそして私もお気に入りの家が消えてしまったので何か文字で残して

おきたく書いてしまいました。

 


C型肝炎に罹る機会が多かった世代。

2021-07-23 | 健康

OさんがC型肝炎を発症されたのは、輸血後数十年たってからと

聞いています。 知り合った頃には毎週ご主人の運転される車で

インターフェロンの注射を打ちに病院に通われるのが日課になっていました。

因みに私自身も出産時、かなり大量に輸血を受けています。

杉並にあるTという米国系の病院でしが。そこでは当時の日赤血液センター

からではなくよく覚えていないのですが、健康な人からの献血を選んで輸血して、

それと同量分を健康な患者の家族や友人達が一人200ccずつ返却するという方法を

取っていたように思います。(当時の関係者の方々にはいつも感謝しています。)

もしかしたらアメリカでは輸血とC型肝炎ウィルスとの関係を

早くから知り始めていたのかも知れません。

 

私も疲れやすい体質で輸血によるC型肝炎が問題になり始めて以来、

何回もHCV抗体検査を受けているのですが、常に(-)なのです。

運よくウィルスなしの献血を受けていたように思います。

そうでなくても私の世代は学校での集団接種では1本の注射器に数人分の量を入れての

回し打ちでした。九州八幡の友人は注射器によるC型肝炎で治療していましたが

最近運よく小さな肝がんも消えて元気になっています。

Oさんの周りの患者さんの中でもインターフェロンでウィルスが消えてよくなられる方も

いらしたそうなのに、Oさんのウィルスは悪性度が高く、病院通いが段々頻繁になってきて

偶にお会いしても大変なやつれかたでお話も出来ない位でした。

Oさんの訃報の知らせあったのはそれから間もなくのことでした。

当時のメンバー皆で、無力感を抱きながらお見送りをました。

残念無念だったのは画期的な治療薬が普及する少し前だったからです。

間もなく95%以上の人でウィルスを体内からなくすC型肝炎治療の画期的な治療薬が

登場して多くの苦しんでいる患者さん達が新薬で治ることが出来るようになったのでした。

 


解体された家の向うには友人の素晴らしい自慢の家が建っていました。

2021-07-21 | ハウジング、建築、近隣

友人のOさんは私より2歳年上で、分譲当時からお住いでこの辺りのことに

明るくてリーダーシップのある方でしたので何かと頼りにしていました。

ある日Oさんから電話が掛かってきて

「ブリッジをTさんに指導してもらって、うちで初心者向けのブリッジ教室を

始めることになったので、良かったら参加しない?」と。

以前から少し興味があったので早速入れて頂くことになりました。

記憶力と推理力の悪い私にはついていくのが大変でしたが、その後、

場所を参加者宅の持ち回りにして2年足らず、楽しいひと時を過ごしました。

一番頻繁に伺ったOさんのお宅はその当時、建て替えられたばかりで、

木造軸組みではトップのハウスメーカーによる立派なお家でした。

玄関に入った瞬間から、しっとりとした木のかおりや美しさやを感じさせられる

全てに拘わった素敵なお家でした。設計も風の流れまでよく考えられていて

感心してしまいました。ですから我が家をリモデルした時には出来るところは

大いに参考にさせて頂いたつもりです。

(記憶をたどっていったイメージです)

                                 

OさんのC型肝炎が思わしくなくなり、その集まりはやがて解散になったのですが。

私も孫達の手伝いに呼び出されることが多くなってきたりしていました。

Oさんには息子さんと娘さんがいらしてそれぞれ大学の先生や、ソニーにお勤めで

ご自慢のお二人でした。昔、お子さんを都内の国立病院で出産された際にOさんは

貧血気味だったそうで先生のご配慮で400㏄ほど輸血を受けられたそうです。

Oさんが輸血によるC型肝炎を発症されたのはそれから20年以上後のことでした。

 


我が家周辺は空き家、売地、解体工事、新築 ラッシュ

2021-07-16 | ハウジング、建築、近隣

我が家の周辺は向う2軒、片隣り2軒、後ろ2軒 等々住人の世代交代の真っ最中です。

片隣2軒の奥様方は90代後半でホームに入居されていて空き家だったのですが、

うち1軒の10年ほど入居していらしたHさんが逝去されて先頃空き家が売却されました。

道路をはさんで斜お向かいの家の新築工事は8月に完成予定で、

そのお隣の昨年末に逝去されたお向いの老夫婦の古家直ぐに売却されて

今週から嫌な解体工事が始まっています。

北道路で3メートルほどの階段があり業者に聞くと家だけでなくコンクリートの

車庫と階段も撤去するそうで暫く騒音と粉塵に対しての我慢生活を覚悟しています。

購入されて新住人になられる予定の両方のご夫婦が挨拶に来られたのですが

どちらも私共から見ると孫世代に近いような若夫婦だったので少々驚きました。

双方とも感じのいい方々で(美男美女)お子様は近じか生まれる予定と伺っています。

新築の家が建ち並び若い世代が増えてこの辺りはリフレッシュされることと思います。

真後ろの土地はずっと更地で、斜め裏のお家は6年程前に奥様が急逝されて、

ご主人がホームに入居中ですが、売却するとのことで先日測量士の方が境界確認に来られました。

15年程前までは第1世代の皆さん、一応元気に生活していらしたように思い出しますが、

時は刻々と刻まれて、世代はゆっくりと代わり、私共も順番待ちであることを

身に染みて感じる今日この頃なのです。


藤田紘一郎先生早すぎますよ。

2021-07-10 | 健康

1週間ほど前の新聞の訃報欄で目を疑う記事に接してショックを受けました。

腸内フローラ―の名づけ親で「寄生虫博士」と呼ばれたりもしていらした

藤田紘一郎先生が誤嚥性肺炎の為逝去されたという記事です。

テレビ出演も多かったと聞く先生のことを初めて存じ上げたのは5~6年前の

ことで「丸山ワクチン」の講演会を聴きに行った折のことでした。

後半部で先生のユーモアあふれる「腸」のお話を拝聴してファンになったからでした。

年齢も育った戦後すぐの環境も同じでしたので、(井戸水での生活、かなり多くの人々が

衛生環境の不備で寄生虫を宿していて虫下しを飲んでいた時代でした。)

同世代を生きてきた先生のお話はよく理解できて賛同出来ました。

そしてその後、先生の著書を次から次へとAmazonで取り寄せて読み漁り大いに

脳と腸についての先生の持論を読ませて頂き参考にさせて頂いておりました。

読んだ本の多くは一部を残して家族や孫や親戚にあげてしまいましたが。


見た目もお若く元気な百歳を目指しておられたであろう先生が、突然「誤嚥性肺炎」で

逝ってしまわれたことは寂しく残念で仕方がありません。コロナ禍と関係があったのでしょうか?

この歳になったら一寸先は闇なのは分かっていますが「誤嚥性肺炎」って怖い病気なのでしょうね。

ご冥福をお祈りしております。


7月の祝日移動、御存じでしたか?

2021-07-07 | 社会一般

想像もできない、予見も恐らく出来なかった熱海の土石流災害に心を痛めています。

国土の海岸沿いのかなりの部分が山と谷から成り立っている我が国ですが

この様な大災害が起きないような「日本列島改造」は夢なのでしょうか。

昔、熱海の眺めのいい社員寮に行った時、急峻な坂道を車で登って行ったのを思い出します。

突然の山津波の被害に遭われた方々にお悔やみとお見舞いを申し上げます。

熱海の温泉は都会人が安らぐ休養の地ですから1日も早い復興を祈っています。

 

さて「7月の休日はカレンダーどうりではないよ」と家族に云われて

ネットでしらべてみましたらやはり変更されていました。

知らなかったのは私だけでしょうか?

緊急事態宣言再発令で予定を立てていらっしゃる方は少ないと思いますが

勘違い混乱が生じなければいいと案じています。

以下政府広報の抜粋です。

「祝日の勘違いに注意! 東京オリンピック・パラリンピック開催に伴い、

今年に限り3つの祝日が移動します。

海の日=7月22日

スポーツの日=7月23日

山の日=8月8日(9日は振替休日)

7月19日、8月11日、10月11日は平日になります。

手帳やカレンダーの日付との違いにご注意を。」

らくらくホンスマホで撮影。

 


インテリアをあり合わせのもので夏バージョンにしました。

2021-07-04 | ハウジング、建築、近隣

低温の梅雨日が続いて未だに遠くへの外出は控えています。

昔、お客様を招いて手作り料理を振舞っていた頃に使った数枚のテーブルクロス類は

10年以上まえから出番をなくして引き出しの中で眠っていました。

断捨離をする前に何かに使いたいと思ってキルティングの椅子カバーの上掛けにしてみました。

そして友人に戴いたフランス製の3枚のタペストリー、いろんな場所に吊るしたりしていましたが

アクセントカラーなので背もたれにどうかなと置いてみました。布同志が良く馴染みました。

私のスマホではリアルな色調が出ていませんが元気の出るカラーです。

南欧の色彩は明るくて開放的でじめじめした空気を忘れさせてくれます。

 

アートフラワーも我流の夏バージョンです。

いつまでも可愛いくて年を取らない3人娘達もインテリア家族?になっています。