リアス式読書日記(仮)

本好きのマヨネぽん酢が、読んだ本の感想をのらりくらりと書きます。よろしく!

『滅びの都』A&B・ストルガツキイ

2005年05月22日 | 純文学
■詳細
出版社:群像社/群像社ライブラリー
訳者:佐藤祥子
発行年月:1997年3月
価格:2163円
ジャンル:ロシアSF

■感想
私のストルガツキイ体験、2冊目。
この本は前に読んだ『みにくい白鳥』より動きがある分読みやすいかなあ、なんて思っていたのだけど、読み終わるのにやたらと時間がかかってしまった。
きっと、長いからかな。でも、私としてはこっちの本のほうが好き。
おサルが町なかで暴れたり、スターリンとチェスで対戦したりで、なかなかファンタジーを感じるからね。

この本を読もうと思ったのは、作品の設定の異様さにひかれたから。
なんたって、〈都市〉というどこだか分からない世界で、万人の幸福を実現するための〈実験〉が行われているというのだ。
しかも、参加者たちは〈実験〉の目的を知らされていなかったり、定期的にランダムに決定された仕事につかされたりで、たぶんに共産主義的ないろあいの濃い〈実験〉だ。なので、参加者たちの生活は苦しく、〈都市〉には退廃的なムードがただよっている。

そんななか、ものがたりの中盤で大きな動きがある。
ファシストのクーデターで、新体制が確立されるのだ。それによってなにが変わるかというと……。
恐ろしいことに、何も変わらない!
以前の全体主義が、別の全体主義にすりかわっただけなのだ。たしかに貧困は解消されたけど、それは本質的なことではなかったのだ。
このあたりは、深く考えるとなにやら空恐ろしくなる。

さらに、ものがたりの終盤はもっと恐ろしい。
謎につつまれた〈都市〉の北方地帯を探査しに行くのだけど……。
ここにいたって、〈都市〉はもはや惰性によってしか存続できない、というような印象を受けた。
北には何もない、それを分かっていながら、〈アンチ都市〉などという幻想をでっちあげてまで、〈都市〉は存続しようとする。

恐ろしいのは、〈アンチ都市〉が存在しないと知ってしまうときだろう。
その場合、〈都市〉も、そこに住む人間も、目的をなくしてしまう。
はたして、目的を失った人間に生きる意義があるのだろうか。
いや、おそらくあるのだろうな。
主人公の友人のユダヤ人は、〈神殿〉という独自の哲学に到達する。そこに人間のあり方を見出すわけだ。
ただし、主人公はこの友人の考え方にあまり乗り気でなかった。きっと、彼は彼なりに生き方を発見するんだろうなあ。

……しかし、この〈都市〉のある世界は一体どういう形をしているのやら。
最初、リング状の構造物の内側を想像したのだけど、後半の描写から考えるともうちょっと複雑だ。
四次元トーラス状の空間の内側だろうか。
北と南、西と東が、どこかでつながっているのかもしれない。ひょっとしたら、過去と未来もどこかでつながっていて、時間線が環状に閉じられているのかも。
う~む、このあたり、立派にSFしてるじゃないか。深いなあ、ストルガツキイ。

■満足度
(6)

『みにくい白鳥』A&B・ストルガツキイ

2005年04月26日 | 純文学
■詳細
出版社:群像社
訳者:中沢敦夫
発行年月:1989年11月
価格:1730円
ジャンル:ロシアSF

■感想
ストルガツキイ兄弟の本を読んだのは初めて。
この本はなかなか難しい本らしい、ということを読み始めてから知ったのだけど、そのときにはもう手遅れだった。それを知っていれば、別の作品からストルガツキイの世界に入ったんだけどなあ。まあ、いいや。

『みにくい白鳥』は新人類と旧人類がテーマのお話。
――雨ばかり降っているとある町、そこには癩病院があった。
癩病院に収容されているのは、〈濡れ男〉と呼ばれる謎の遺伝病患者たち。彼らは黒い服を着、顔に黒い包帯をまいたちょっと不気味な存在だ。
で、どうやらこの〈濡れ男〉、町の子供たちになにかよからぬことを吹きこんでいるらしい。だから、大人をバカに仕切った態度の、賢くて〈早熟〉な子供たちが数を増しているのはきっとそのせいなのだ。
いったい〈濡れ男〉は、子供たちを癩病院にあつめて何をおっぱじめるつもりなんだろう?
作家のヴィクトルはひょんなことから〈濡れ男〉たちをめぐる謎に首を突っ込んでしまうのだけど――。

この作品の素晴らしいところは、〈濡れ男〉たちの正体や新世界の行く末などについて、作中に少しの示唆も見当たらないところ。
これは物語としてはものたりなく感じるかもしれないけれど、SFとしてみれば100パーセント正しい書き方だと思う。
それは、ある方程式において、〈解なし〉という拍子抜けな解が明確に成り立つのと、たぶん同じことだろうね。

だから個人的には、新人類と旧人類、理性と本能という図式では、必ずしもこの小説を読まなかった。
むしろ、知性の上昇というテーマが底流にあって、それが副次的な結果として、人間の理性的な側面と本能的な側面を表面化させた、という感じで読んだわけ。
読み方間違ってるかな? まあ、いいや。

■満足度
(4)

『雪沼とその周辺』堀江敏幸

2005年02月25日 | 純文学
■詳細
出版社:新潮社
発行年月:2003年11月
価格:1470円
ジャンル:純文学

■収録作品
「スタンス・ドット」
「イラクサの庭」
「河岸段丘」
「送り火」
「レンガを積む」
「ピラニア」
「緩斜面」

■感想
どことは知れない山間の町〈雪沼〉と、その周辺に住む人たちのお話。

読み手にスリルや興奮、あるいは鮮烈な印象を与えるタイプの小説ではないけれど、不思議と心安らぐ暖かさがあり、里帰りしたような懐かしさがある。
そこに描かれるのは特に重大な事件というわけではなく、誰もが日常生活のなかで感じたことのあるようなちょっとした心配事、ふいに現れてはすぐに消えて行ってしまうような些細な不安だったりする。
たとえば、がむしゃらに走り続けてきた半生をある時点でふと振り返ってみて、そのときに感じるめまいに似た感覚。道が一本しかなかったのは承知だけれど、「俺は本当にこれでよかったのか」と疑りたくなるような、そんな一瞬。
また、色褪せていた思い出が何かのきっかけでふと蘇ってきて、脳裏に浮かび上がってすぐにまた沈んでいってしまい、懐かしむ暇もなく現在に取り残されてしまったような一瞬の、もどかしさ。名残惜しさ。

そんな田舎町の断片のような物語も、堀江敏幸が描けばじつに美しい。
独特のリズムをもった洗練された文体は、物語に浮遊感を与え、見慣れたもののなかに潜む違和のようなものを際立たせる。
人物にも、風景にも、音にも、不思議な丸みがあるような気がする。

いや、しかし、本当にいい小説だなあ。

■満足度
(6)

『地図に仕える者たち』アンドレア・バレット

2005年02月22日 | 純文学
■詳細
出版社:DHC
原題:Servants of the Map
訳者:田中敦子
発行年月:2004年9月
価格:1890円
ジャンル:純文学/博物学

■収録作品
「地図に仕える者たち」
「森」
「雨の理論」
「二本の河」
「ユビキチンの謎」
「静養」

■感想
愛とか恋とかを正面切って語られると、ちょっと怯んでしまう。
かといって、真面目に科学の歴史なんかを語られるのも眠くなるし……。

その点、この小説はよかったなぁ。
博物学(自然史)を探求する作者が、その知識を遺憾なく発揮して描いた人間ドラマ、という感じで。博物学と人間ドラマの合わせ技。
どの短篇も、魅力的な物語の背景に、科学の変遷が巧みに織り込まれているわけ。いや、もうお見事というしかないね。これは。

「地図に仕える者たち」
――ヒマラヤ山脈の測量に従事したマックスのお話。
過酷な任務のなかでマックスは高地の植生に魅了されていき、次第に好きな研究に身を捧げたいという願望が、故郷に残してきた妻を想う気持ちとの間で揺れ動いていく。

妻との手紙のやり取りでの微妙な時間のずれがもどかしい作品。
過酷な自然環境がとてもリアルに書かれているなと思っていたら、どうやら作者は実際にヒマラヤに登ったそうだ。
とんでもない作家だな~。

「二本の河」
――聾学校の設立に尽力したケレイブと、その養父のお話。
化石の発掘に人生をかけていた養父だったが、そのころは地質学研究も転換点に差し掛かろうとしており、やがて養父の唱えた説は完全に否定されてしまう。養父亡き後に家業を継いだケレイブだったが、あるとき思い立って発掘の旅に出る。

複雑な感情を抱きながら、あくまで養父への尊敬と感謝を見失わないケレイブがかっこいい。
粒ぞろいの短篇集だけど、個人的にはこの「二本の河」が一番輝いている気がする。なんたって、最後の一行がかっこいいしね。

■満足度
(8)

『マイトレイ』ミルチャ・エリアーデ

2004年12月09日 | 純文学
■詳細
出版社:作品社
原題:Maitreyi
訳者:住谷春也
発行年月:1997年7月
価格:2310円
ジャンル:純文学

■感想
ミルチャ・エリアーデの青春告白小説。エリアーデは偉大な宗教学者・文学者であり、文学においては幻想小説が有名。エリアーデの名前を広辞苑で調べたところ代表作『マイトレイ』と書いてあったので、広辞苑を信じてまずはこの作品から読むことにした。幻想小説の印象が強いエリアーデにはめずらしい、ばりばりの恋愛小説だ。

舞台はイギリス植民地時代のインド。ヨーロッパの母国を離れ建築技師として働くアランは、尊敬する上司セン技師の娘マイトレイと出会う。そのとき彼はマイトレイに特別な感情を抱いたわけではなく、ただ何となく気に留まっただけだった。アランはその後アッサムに赴任することになるが、ストレスと疲労もあってかマラリアに罹患し、やむなく入院する。病中のアランを見舞ったセン技師は、弱った体で慣れない土地で働くのは大変だろうから、退院後しばらくセンの家で暮らさないかと提案する。アランはこれを受け、カルカッタのセンの邸宅に住むことになった。そうして、聡明な娘マイトレイと接するうち、次第にアランは彼女に惹かれていくのだが――。

『マイトレイ』はある意味ではオーソドックスな悲恋物語だ。愛し合う二人―― アランとマイトレイ――は、しかし決して結ばれることはない。なぜならアランは白人で、マイトレイはインド人であるから。アランはキリスト教徒で、マイトレイはヒンドゥー教徒であるから。もしふたりが結婚すれば、マイトレイは家族もろともカーストの地位を失うことになるのだ。
話の筋が単純なので、単調な話なのかといえばそうでもない。単行本で240ページくらいだからそんなに長い小説ではないのだが、実際の分量よりも重みがあった。というのもそれだけ密度が濃く、各場面の印象が強いのだと思う(やはりエリアーデ本人の実体験に基づいているからだろうか)。
登場人物の造形もよかった。セン技師、セン夫人、マイトレイの妹チャブー、召使のコーカ、アランの友人ハロルド。彼らはみな脇役であるが、一人ひとりが個性的であるばかりでなく、一人ひとりに余すところなく貴重な役割が割り当てられている。そのせいか情熱的な物語でありながら、細部に計算された緻密さみたいなものを感じた。
中盤のアランとマイトレイの愛は、異様な熱気をはらんでいて、なにか近寄りがたいものさえ感じた。その場面はアランの日記の引用という形で語られる。これはみごとにはまっていると思う。もしこれを日記形式でなく現在進行形で書かれたら、恥ずかしくて読んでいられなかったかもしれない。

ここまで書いたように『マイトレイ』はばりばりの恋愛小説であるわけだ。そして、かなり激しいシーンも出てくる。その点はまあ、好き嫌いだろうか。
ただ、結末には賛否両論あるはず。ちなみに私は、小説の終わり方としては納得している。しかし、男の決断としてはぜんぜん納得できないぞ。

■満足度
(5)