リアス式読書日記(仮)

本好きのマヨネぽん酢が、読んだ本の感想をのらりくらりと書きます。よろしく!

『虚数』スタニスワフ・レム

2005年04月02日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:国書刊行会/文学の冒険シリーズ
訳者:長谷見一雄/沼野充義/西成彦
発行年月:1998年2月
価格:2520円
ジャンル:メタフィクション

■感想
『完全な真空』に続く、架空の書物シリーズ(?)の第2弾。
『完全な真空』では架空の書評集だったのが、『虚数』では架空の序文集になっている。とはいえ、それによって印象ががらりと変わったということはなくて、あいかわらずレムにしか出来ない名人芸だと思わされる濃い内容。
個人的な感想としては、サイド攻撃の『完全な真空』、中央突破の『虚数』といった感じ。なんて、ぜんぜん分からないね。でも、2冊の特質を細かく説明すると長くなるので。

まあ、何はともあれ「GOLEM XIV」なのだ。
この「GOLEM XIV」という章が、破壊力、難易度、ともにぶっちぎりですごい。
基本的に本書『虚数』は架空の序文集なのだけど、「GOLEM XIV」においては序文だけではあきたらず、しっかり本文まで書きこまれている。じっさい、全ページの半分以上を「GOLEM XIV」が占めているほど。「でも本文書いちゃったら、架空の序文集としては反則じゃん」というツッコミを入れたくもなるけど、まあ細かいことをいってもしょうがない。

「GOLEM XIV」という書物は、人智を超えたコンピュータGOLEMによる、人類への講義録。
これには序文などのほかにも、講義が2つ収められている。ひとつが人間論で、もうひとつが自己論だ。

人間論は、人間についての講義。
これはレム版『利己的な遺伝子』といった感じで、人間が進化によって獲得した知性について語る。
自己論は、GOLEM自信についての講義。
人類よりも上位の知性であるGOLEMが、さらなる知性の高みについて語る。

ええと、あんまり自信がないんだけど、この作品のテーマを要約するとこういうことになるなんじゃないかな。
――人類の知性は進化によって獲得したものであり、それゆえの限界があり制約もある。
進化を経験しなかったコンピュータの知性には制約がないため、人類の知性を容易に超えるだろう。
そして、さらにその先へ上昇していく知性があるとしたら、いったいそれはどこへ向かうのか――。

とにかく、レムは自然科学にも人文科学にも精通する膨大な知識をたくわえていて、おまけにとてつもなく頭の切れる人なので、でっち上げのはずの学問が洒落になっていないのだ。
イミテーション・ダイアモンドをあまりにも精巧に作りすぎて、とうとう本物のダイアモンドよりも高値がついてしまった感じ。いや、こういう感覚はほかの本では味わえないだろうね。驚嘆するしかない。

あ、一応書いておくけど、「GOLEM XIV」以外の作品もなかなか面白いよ。

■満足度
(10)

『完全な真空』スタニスワフ・レム

2005年03月18日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:国書刊行会/文学の冒険シリーズ
訳者:沼野充義/工藤幸雄/長谷見一雄
発行年月:1989年11月
価格:2000円
ジャンル:メタフィクション

■感想
架空の書物について書かれた、架空の書評集。

ええっ、何それ?
って思うよね。最初は私もそう思った。
でも、これは文学史上はじめての試みというわけではないそうだ。レム以前にもボルヘスが同じようなことを試みていたらしい。
とはいえ、あまり類例をみないというのは確かなんじゃないかな。こういう趣向はフィクションの選択肢のひとつとしてたいへん面白いと思うけど、やっぱり並みの作家では書けないというか書こうとも思わないものなんだろう。

で、内容だ。
文学や科学に通じるレムの該博さもすごいのだけど、圧倒的にすごいのがアイデアの特異さと、思索の切れ味だろうね。

インパクトとしては「新しい宇宙創造説」が一番。これはビッグバン宇宙論に取って代わる宇宙論を提唱した〈架空の〉学者の、ノーベル賞授与式での〈架空の〉講演を引用したもの。
この学者が言わんとするのは、われわれの宇宙の物理法則は〈宇宙創造ゲーム〉によって目的志向的に形成されたものであるということ。
学者はゲームの理論を用い、宇宙の膨張や背景放射、さらにはエントロピーの増大や光速の不可侵性を鮮やかに説明してみせる。
――と、私が書くとなぜかとたんに分かりにくくなるのだけど、それほど難しいことが書いてあるわけではないよ。SF読者なら面白く読めるんじゃないかな。

反対に、とっつきやすくておすすめなのが、埋もれた天才を発掘しようと冒険した人物を描いた「イサカのオデュッセウス」と、コンピュータ・ネットワークによって顧客の人生を演出する企業が発展した未来社会を描いた「ビーイング株式会社」の二篇。

■満足度
(10)

『エバ・ルーナ』イサベル・アジェンデ

2005年03月07日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:国書刊行会/文学の冒険シリーズ
原題:Eva Luna
訳者:木村榮一/新谷美紀子
発行年月:1994年6月
価格:2363円
ジャンル:ラテンアメリカ文学/フェミニズム文学

■感想
冒頭からラテンのパッションに魅せられてしまうこと間違いなしの、パワーに満ちあふれた物語。
まず、ストーリーテリングが一級品。風変わりな登場人物が次々とあらわれ、予想もつかないエピソードが展開されていく。といっても、やたらと複雑に入り組んだストーリーとかではなくて、むしろごまかしなしの直球勝負という感じ。文章も素敵で読みやすいので、とてもスピード感があった。
さらに、作品全体にみなぎる野生の活力。主人公のエバは身寄りのない混血児の少女で、社会的な強弱からいえば底辺にいるわけだけど、それがぜんぜん感傷的な物語になっていない。なんというか、奔放さとか意志の強さとかっていう表現をとおりこして、野性的としか言いようがないものを感じた。
――そんなわけで、『エバ・ルーナ』を読んだら、きっとほかの小説が軟弱に思えてしまうはず。

お話の舞台は南米のとある国。石油の輸出で急速に潤ったけれど、政情は不安定で治安もよろしくない時代。
主人公のエバは、ヘンテコな研究をしている博士のお屋敷で女中として働いていた母と、強靭な体を持ったインディオの父との間に生まれる。エバはそのお屋敷で、たくさんの素敵なお話を聞き、仕事を手伝いながら母の手で育てられた。けれども、エバがまだ幼いころに母は死んでしまい、彼女はそれからさき自分の力で生きていくことを宿命付けられる。
彼女に与えられた才能は、お話を語ること。エバはさまざまな町を転々とし、さまざまな人と出会い成長し、やがて国家を揺るがすような事件にもかかわっていく。

エバと対照をなすように語られるのが、ロルフ・カルレのお話。ヨーロッパで生まれた彼は、暴力的な父の恐怖のもとで育ち、やがて運命に導かれるように南米をめざして船に乗る。彼は叔父夫婦の家で不自由なく暮らし、のちに戦場カメラマンとしてドキュメンタリーを撮ることに生涯をささげる。

エバの人生は、のちにロルフの人生と交わっていくわけだけど、個人的にそのあたりはとても興味深く読んだ。
テレビドラマの脚本を書くエバの姿と、正規軍とゲリラの戦闘の真実を追うロルフの姿は、対称的なようで根底でつながっているような気がする。創作とジャーナリズムはどちらも他者に何かを伝える行為だけど、フィクションとノンフィクションという意味で表裏をなしているのだろう。そう考えるとこの小説のラストは、真実と虚構がゆるやかに溶け合うラストなのかもしれない。

――と、まあ、だらだらと屁理屈をこねてしまったけど、この小説は理屈ぬきで面白いよ。
というか、理屈をよせつけない面白さ。情熱に身をまかせてページをめくるのが、一番なんじゃないかな。

■満足度
(7)

『サラマンダー』トマス・ウォートン

2005年01月09日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:早川書房
副題:無限の書
原題:Salamander
訳者:宇佐川晶子
発行年月:2003年8月
価格:2520円
ジャンル:カナダ文学/ファンタジイ

■感想
どんな本にも必ず存在するページがある。最後のページだ。
それがなければ本は終わらないわけで、終わらないと困ったことになってしまう。「グイン・サーガ」になってしまう。いや、「グイン・サーガ」だっていつかは終わるはずだ。栗本薫だって不死身ではないのだ。

本書『サラマンダー』は、始まりも終わりもない無限に続く本を追い求める物語だ。
――舞台は18世紀。印刷工のフラッドは、スロヴァキアに住む伯爵の屋敷に招かれる。そこは家具や本棚、羽目板や壁すらもが絶えず移動し続けるという、機械仕掛けの壮大なからくり屋敷だった。奇書コレクターの伯爵からフラッドが製本を依頼されたのは、始まりも終わりもない無限に続く本。彼は屋敷に住み込みで無限の書の作成に取り掛かるのだが、伯爵の美しい娘イレーナと恋に落ちてしまう。そのことが発覚し、激怒した伯爵によってフラッドは屋敷の地価牢に幽閉されてしまう。
11年後、牢の扉を開けて入ってきたのは、フラッドの娘と名のる少女パイカ。地下に閉じ込められていたフラッドは知る由もなかったが、イレーナは彼の子供を生んでいたのだ。伯爵ももはや亡くなり、フラッドとパイカは無限の書と、行方知れずのイレーナを探す旅に出る――。

読みやすくて、あっさりとした小説。それでいて、不思議な味わいもある。
前半のからくり屋敷の場面が、無限の書に対する思索に満ちていて素晴らしい。本に終わりも始まりもないとしたらどうなるんだろうと期待させる。
後半の冒険の部分は、奇想天外な話がテンポよく進むので退屈せずに読めた。ロンドン、広東、アレキサンドリア、ヴェニスといろいろな都市をめまぐるしく旅するのが何より楽しい。途中でフラッドの無限の書をめぐる冒険が、パイカのお母さん捜しにすりかわってしまった気がしなくもないけれどそれはそれでいいんだと思う。そっちのほうが分かりやすいじゃないか。

裏表紙の紹介文に「すべての本好きに贈る幻想譚」と書いてあるとおりの小説だ。紙の本を読むことには、デジタルデータのテキストを読むこととは違う趣があるのだと再確認した。

■満足度
(5)

『海を失った男』シオドア・スタージョン

2004年12月09日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:晶文社/晶文社ミステリ
編者:若島正
発行年月:2003年7月
価格:2625円
ジャンル:SF/ミステリ

■収録作品
「ミュージック」
「ビアンカの手」
「成熟」
「シジジイじゃない」
「三の法則」
「そして私のおそれはつのる」
「墓読み」
「海を失った男」

■感想
「晶文社ミステリ」というシリーズから出ている、シオドア・スタージョンの中短篇集。早川書房の「SFが読みたい! 2004年版」の海外篇で第三位に輝いた作品だ。
収録作品はどれも1940年代から50年代に発表されたもの。にもかかわらず、少しも古びていないところに驚かされる。
個人的には「三の法則」や「そして私のおそれはつのる」あたりも好きだが、なんといっても最後の「墓読み」と「海を失った男」が文句なしにすごい。想像力あふれる独自の作品群だけれど、その根底には力強い人間愛を感じた。
いくつか感想を。

「成熟」
工学・芸術など多分野に才能を発揮する天才だが、ホルモン障害のために精神が幼児期の状態にとどまっていたロビン。治療によって大人の精神を取り戻した彼は、人間にとって成熟とは何かということを探求していく――。
スタージョン版の「アルジャーノンに花束を」といった感じだろうか。
作中の人物たちが〈成熟〉について議論する場面が印象的だった。人間は成熟しきらないうちに死を迎える唯一の動物なのだという。そこで、真に成熟した人間とはどんなものだろうという話になる。
実際、私も成熟とはなんだろうと思わず考えてしまった。

「そして私のおそれはつのる」
ある老婦人の家に食料品を配達した18才の不良少年。彼の腕時計が盗品であることを老婦人に見抜かれ、盗んだ店に返してくるよう諭される。そこから、少年と婦人の奇妙な交流が始まるのだが――。
懐の深い作品。どうもただものでないらしい婦人が、主人公の少年に何かを教示しようとするのだが、それが何なのかは読めば分かるかもしれないし分からないかもしれない。
自分の気持ちを上手く言葉で表現できなかった少年が、婦人と関わりあうことで成長していく。そういう意味では成長物語かもしれない。あるいは愛を、善悪を、人間の歴史をめぐる物語なのだろうか。
ラストシーンも素敵でかっこよかった。

「墓読み」
短い作品なので内容は説明できないけれど、素晴らしいアイデアに思わず脱帽。
論理の展開がSF的で、極上のセンス・オブ・ワンダーを味わえる。
傑作。

「海を失った男」
これも短い作品なので内容は説明できない。というか、仮に短くなかったとしても私には説明不可能だ。
この「海を失った男」は人間ついて書かれた短編だ。いや、どうせなら人間たちについて書かれた短編といいたいな。

■満足度
(7)

『奇術師』クリストファー・プリースト

2004年12月09日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:ハヤカワ文庫FT/プラチナ・ファンタジイ
原題:The Prestige
訳者:古沢嘉通
発行年月:2004年2月
価格:987円
ジャンル:SF/ミステリ

■感想
『奇術師』というタイトルどおり奇術師が出てくる話。奇術師という言葉にちょっと古めかしい響きを感じるけれど、手品師とかマジシャンとかと同じ意味だ。

19世紀の末から20世紀の初頭にかけて活躍したふたりの奇術師、アルフレッド・ボーデンとルパート・エンジャ。彼らはある事件をきっかけに仲たがいをしてしまい、おたがいの舞台を妨害しあうライバルになってしまう。奇術の腕はふたりとも一流で、ともに瞬間移動のイリュージョンを得意としていた。
一方現代では新聞記者のアンドルーが、ケイトという女性の邸宅に招かれ、自分たちがボーデンとエンジャの子孫であることを伝えられる。そして、20世紀初頭の争いが、子孫の自分たちにも影響を与えているというのだ――。

まさに、奇術のような小説だった。
なにしろ、ふたりの天才奇術師の手記を読み進めるスタイルで話が展開するのだ。相手は奇術師であるから、一筋縄ではいかない。観客を騙すのはお手の物だ。
特に素晴らしいと思ったのは、さまざまな事柄が重層的に絡み合っている緻密な物語が、ふたりの手記を両方とも読むことによって初めて完結すること。
小説の前半にボーデンの手記が、後半にエンジャの日記が出てくる。ふたつは表裏一体で、ふたつでひとつの物語をあや織りにしていく。
その様子は本当に見事で、手際のよい奇術を見ているようだった。ただ、最後に種明かしが待っているところが、奇術と違うところ。

20世紀のイギリスが舞台であるせいか、作品全体にどことなく上品な雰囲気が漂っていた。派手さはないものの、渋い小説が好みの人は楽しめるかもしれない。

■満足度
(8)

『スペシャリストの帽子』ケリー・リンク

2004年12月09日 | ジャンル分類不能な小説
■詳細
出版社:ハヤカワ文庫FT/プラチナ・ファンタジイ
原題:Stranger Things Happen
訳者:金子ゆき子/佐田千織
発行年月:2004年2月
価格:882円
ジャンル:スプロール・フィクション

■収録作品
「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」
「黒犬の背に水」
「スペシャリストの帽子」
「飛行訓練」
「雪の女王と旅して」
「人間消滅」
「生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー」
「靴と結婚」
「私の友人はたいてい三分の二が水でできている」
「ルイーズのゴースト」
「少女探偵」

■感想
不思議なテイストの短篇集。
全編を通してひたすら非リアリズム的な世界が展開されるけれど、読んでみると意外に面白い味が分かってくるようで不思議。
いくつか感想を。

「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」
この作品の主人公の男はどうやら死んでいるらしい。そして死んでいる彼は、誰もいない島から、愛する妻に手紙を書き続けている。彼は大切なものを忘れてしまっている。すなわち、九年間も連れ添った愛する妻の名前と、自分自身の名前だ。
島にはホテルがあり、彼はそこで寝起きしている。ホテルは快適なリゾートだが、不思議なことに彼のほかに客はなく、ベルボーイも受付係も支配人もいない。ホテルを出ればビーチもあるし、ビーチには郵便ポストもある。彼はそのポストに手紙を投函するわけだが、潮が満ちるとポストのところまで波が迫り、彼の手紙をさらっていくようだ。彼は手紙が海を越えて、愛する妻の下へ届くことを想像するのだ――。

奇妙で支離滅裂な物語だが、これでもこの短編集の中では比較的分かりやすい部類に入ると思う。物語の鍵となるいくつかのパーツを拾い集め、寄せ集めながら読んでいると、少なくとも分かったような気はしてくる。まあ、気のせいかな。

「ルイーズのゴースト」
ルイーズが夜中に目を覚ますと、ベッドの下に幽霊が横たわっていた。幽霊は全裸で、現れた当初はがっしりしたつるつる肌の男だったが、そのうち体が縮んだり、毛むくじゃらになったりする。幽霊は特に悪さをするふうでもなく、ただ床を這っているだけなのだ。ルイーズはもちろん幽霊に出て行って欲しいわけで、母に教わったさまざまな手段を実行するのだが、幽霊はなかなか出て行こうとしない――。

登場人物が個性的で、文章も軽妙で小気味よい。特に幽霊を追い払おうと奮闘する場面がユーモラスで笑いを誘う。相変わらず奇妙でよく分からない話だが、それがケリー・リンクなのだ、と納得。分からなくても、面白いものは面白いんだよね。

■満足度
(5)