リアス式読書日記(仮)

本好きのマヨネぽん酢が、読んだ本の感想をのらりくらりと書きます。よろしく!

『火星の人類学者』オリヴァー・サックス

2005年06月05日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:ハヤカワ文庫NF
副題:脳神経科医と7人の奇妙な患者
原題:An Anthropologist on Mars
訳者:吉田利子
発行年月:2001年4月
価格:840円
ジャンル:ノンフィクション/脳神経学

■感想
本書は脳神経科医のサックス氏が、7人の患者との交流を描いた7つの物語だ。
登場する患者たちはみな脳のある部位に欠損を負っており、各人がそれぞれ独自の世界に生きている。

――空間という概念が希薄で、もっぱら時間の中にのみ生きる盲人。
また、大多数の人々とは質的に異なる認知システムを持って、世界を認識している自閉症患者――。

一般的な尺度に当てはめてしまえば彼らは障害者であるが、本書を読むと、「健常」と「障害」という両極端な考え方が疑問に思えてきてしまう。なぜなら、人間はだれしも脳という奇跡的な器官を持った、ひとりひとりがユニークな個人であるからだ。
人間のあり方の多様性を認め、それを可能にする脳の素晴らしさ。本書『火星の人類学者』は、人間の偉大な可能性を真摯に謳い上げた傑作だろう。

■満足度
(7)

『先生はえらい』内田樹

2005年04月22日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:ちくまプリマー新書
発行年月:2005年1月
価格:798円
ジャンル:教育

■感想
「ちくまプリマー新書」というのは、中高生向けに新しくできた新書シリーズ。

まず、タイトルに反発した人は、ぜひこの本を読んでほしいな。
私なんて、「自分が人生で出会った先生は、一人残らずろくでもないやつらばかりだった」と確信しているからね。
そういう人こそ、つまり「先生はえらくない」と思っている人こそ面白く読める本じゃないかな。

この本はタイトルから想像できるような、先生のえらさをひたすら強調する本ではないのだ。
学ぶ側の主体性ということを、丁寧に、分かりやすく、それでいて適度に分かりにくく、教えてくれる本なのだ。
この、噛んで含めるように丁寧でいながら、適度に脱線するところがいいんだな。話が脱線する本は、脱線しない本よりも多くのことが学べるわけだから。

また、この本は師弟関係だけについて書かれているわけではなく、幅広く人間関係全体について書かれている。
だから、この本は教育論というよりも、むしろコミュニケーション論じゃないかな。
前半で対話について書かれる部分があるのだけど、個人的にはその部分を一番面白く読んだ。誤解の幅によってなりたつコミュニケーションだなんて、かなり素敵な考え方だと思うな。

とにかく、この本は中高生向けの本なのだけど、だからといって中高生だけに読ませておくのはもったいない。
大人もどんどん読もう。

■満足度
(6)

『感じない男』森岡正博

2005年04月21日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:ちくま新書
発行年月:2005年2月
価格:714円
ジャンル:セクシュアリティ

■感想
いや、この著者の決意は、ちょっと並々ならぬものがあるぞ。
まず、表紙に書かれた3行に注目。

「……この本では、「男は感じてないんじゃないか」ということを書いていく。
感じていないから、ミニスカートだの、制服だの、ロリコンだのといった妄想にふりまわされることになるのだ。
そのことを裏付けるために、私は、自分自身のことをたくさん語ろうと思う。」

この、「自分自身のことをたくさん語ろうと思う」というところが本書の肝なのだ。
著者は、「男はなぜこうなんだろう?」という推測を、「私はなぜこうなんだろう?」という次元からスタートさせる。最初から一般論でえらそうに語ったりはしない。まず、自分自身をさらけ出してみせる。
これは、すごいことだよなあ。
だって、制服フェチやロリコンについて考察する時に、この学者先生ったらなんと、自分にもそのような感受性があるということを肯定する、ってところから始めるんだもんな。いさぎよすぎる。

さて。
一番の読み所は、「男の不感症」について書かれる第二章だろう。
著者はここで、「射精の神話」を暴こうと試みる。
――多くの男性にとって、じつは射精という生理現象はそれほどの快感を伴うものではないのではないか?
著者はそのような仮定から、男性のセクシュアリティの本質に迫ろうとする。この章はまさに目からウロコが落ちるというか、セクシュアリティの考え方の一つとしてなかなか面白いのではないかなと思う。

問題は、制服、ロリコンというテーマに踏み込んでいく第三章と第四章だ。
ここもたぶん本書の読みどころのひとつだろう。ただ、どうにもこうにも想像力が飛躍しすぎているような印象も受ける。
制服を通して透かし見る洗脳の場としての学校、という部分は分かるような気がする。けれども、そこから導き出される結論めいた部分がどうも釈然としない。
また、ユニセックスな状態からの分岐点をじつは向こう側に曲がりたかったという心理も、私にはさっぱり分からなかった。

……まあ、しかし。
誰もがあえて踏み込もうとしないであろう気恥ずかしいテーマに、自ら退路を断って挑みかかるその姿勢。
著者のこの真剣さと、この度胸は買わないわけにはいかないよなあ。それに、最後の章はなかなか泣かせるよ。

ガンバレ、感じない男!

■満足度
(2)

『イギリス、湖水地方を歩く』谷村志穂

2005年01月10日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:岩波書店
発行年月:2004年8月
価格:1680円
ジャンル:紀行文/湖水地方

■感想
谷村志穂という人のことを何も知らずに読み始めたのだけど、『海猫』を書いた作家だそうだ。
しかも、この本はNHKのBSで放送されている「トレッキング紀行」という番組の紙上版だそうだ。その番組の特番で、三名の作家がトレッキングをしつつエッセイを書くという「トレッキング・エッセイ紀行」というのがあったらしい。もちろん、この本を手に取った時点では、そんな出版事情があろうなどとは全然知らなかった。
だから、もしかしてこの本は番組をみた人が読む本なのかもしれないけど、番組の存在すら知らずに読み始めた私でも楽しめたから、事前に「トレッキング紀行」をみていない人が読んでも面白い本なのだと思う。もちろん、「トレッキング紀行」の熱心な視聴者が読めばより面白いのだろうけれど。

どんな本なのかは、タイトルがすべてを物語っている。
谷村志穂が、イギリスの湖水地方を、歩くのだ。
実にシンプル。文章も読みやすくて、ユーモアがある。
写真もたくさん載っているので(白黒だけど)、湖水地方の景観もイメージしやすいのではないか。

湖水地方というのはイングランド北西部の、渓谷沿いに小さな湖がたくさん連なっている地域のことをいう。「ピーターラビット」の作者ビアトリクス・ポター、桂冠詩人ワーズワースの愛した土地としても知られる。
ポターとワーズワースについてはこの本でもさまざまなエピソードに触れているので、そちらに興味のある人が読んでみてもよいのではないかと思う。

いまでもナショナルトラストの保護のもとに昔のままの自然を残す湖水地方では、ポターやワーズワースゆかりの地もそのまま保存されているそうだ。
英国の市民の、環境保全に対する徹底した考え方には驚かされる。

■満足度
(3)

『海とサルデーニャ』D・H・ロレンス

2004年12月09日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:晶文社
副題:紀行・イタリアの島
原題:Sea and Sardinia
訳者:武藤浩史
発行年月:1993年5月
価格:2957円
ジャンル:紀行文/サルデーニャ

■感想
偏屈なイギリス人作家が、妻とともにイタリアのサルデーニャ島を旅する紀行文。
美しく奔放な文章で、サルデーニャの時のリズムと雄大な自然を活写する。

シチリアに住むロレンス夫妻は、ある日思い立って旅に出る。ロレンスはどこへ行こうかと考え、何もない場所だからサルデーニャにしようと決める。汽船でサルデーニャに渡り、サルデーニャ島を汽車とバスで縦断し、それから帰りは本土を通ってシチリアに戻ってくるのが夫妻の旅程。タイトルからも分かるとおり、主にサルデーニャ島の旅がこの本のメインである。ローマやフィレンツェといった有名な観光名所はまったく登場しないので、その点は覚悟が必要だ。

少なくともこの本を読む限り、当時のサルデーニャは本当に何もないところだったらしい。名所旧跡の類はひとつもなく、ただ寥々とした荒地が広がるだけ。だから、本書の見所はサルデーニャの人々なのだ。
面白いことに、ロレンスはなぜか出会った人とやたらと口喧嘩を始めてしまう。というか当時のイタリア人たちは、イギリス人を見たらからかわずにはいられなかったらしい。
彼らは言う。「イギリスはイタリアに石炭を高く売る。イギリス人はみな為替泥棒だ。そうやってポンドの強みを笠にきて、イタリアで何もかも安く買っていくんだ!」と。
これには短気なロレンス氏が黙っているわけがない。「為替がどうだか知ったことか! 言っておくが私の持ち物はすべて自分で金を払って買ったものだ。それに私は英国代表ではない。歩くグレート・ブリテンではないのだ!」と、まあこんな感じだ。このようなやり取りをロレンスはコミカルに描いてみせるから思わず笑ってしまう。
そして口喧嘩のあとにイタリア人は決まってこう言う。

ノイ・イタリアーニ・シアモ・コシ・ブオーニ!
(俺たちイタリア人、とってもいいやつ!)

だから憎めないのだ。

■満足度
(6)

『ピエタ』ジョージ・クライン

2004年12月09日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:紀伊國屋書店
副題:死をめぐる随想
原題:Pieta
訳者:小野克彦
発行年月:1994年3月
価格:3059円
ジャンル:ノンフィクション/科学/歴史/文学

■感想
免疫学者ジョージ・クラインのエッセイ集。
激動の時代を生きた天才学者の著者が、さまざまな人々の生き方を検証しながら、生の意義に迫ろうとする。

著者のジョージ・クラインは高名な生物学者であり、スウェーデンのベストセラー作家。ハンガリー生まれのユダヤ人で、ホロコーストの生き残りでもある。
そんな著者の語りはたいへん含蓄に富んでいて、それでいて優しさに包まれているような感じ。

たとえば、若くして自殺した従弟のピシュタについて。
詩人としての才能に恵まれていた彼はなぜ死を選んだのか。
また、彼の死には従兄である自分が少なからず関係しているのではないか。だとしたら、あるいは自分はピシュタの自殺を止めることができたのではないか。周囲がふたりを絶えず比較してきたことについてピシュタがどう思っていたか、それに気づいていれば彼を救えたのではないか――。
あるいは、アウシュヴィッツ強制収容所で起きた悲劇について。
家族や親戚をそこで殺されたクラインは、数少ない生存者のひとりルドルフ・ウルバとの対談によって何を思ったか。彼は感情的にならず、あくまで理性的に検証していく。
もし立場が逆だったなら、すなわち自分がナチス側の医師であったなら、あるいは実験に協力したのではなかろうか。懐柔、恫喝によって協力を強制されたならば、自分はそれに抗うことができただろうか。問題は人間の順応主義にこそ潜んでいるのではないか――。

重厚なテーマを扱った難しい本なので、凡人の私はちょっと読むのが大変だった。ただ、苦労して読んだ価値はあったと思う。
ジョージ・クライン博士のような人物がわれわれと同時代を生きていること。また、そのような人物の考えていることの一端に触れることができたこと。それだけでも十分に大きな収穫だと思うのだ。
科学はもちろん文学や歴史にも精通する天才で、なおかつ人間的魅力も兼ね備えた人というのはなかなかいない。

いつか私の読解力がもっと上がったなら(上がるかな?)、もう一度読んでみたい一冊。

■満足度
(8)

『小説作法』スティーヴン・キング

2004年12月09日 | ノンフィクション・紀行文
■詳細
出版社:アーティストハウス
原題:On Writing: A Memoir of the Craft
訳者:池央耿
発行年月:2001年10月
価格:1680円
ジャンル:ノンフィクション/文学

■感想
ベストセラー作家のスティーブン・キングが、小説の書き方をつづった本。
タイトルからして作家志望の人が読む本だろうと思いきや、そうともいえない。どんな人が読んでも面白いと思う。本の半分はキングの自伝であり、キングの人生哲学が随所にうかがえるからだ。

キングは少年時代のことを克明に記憶している。
自分ではあまり憶えていないと書いているのだが、正直その鮮明な描写には目を見張るばかりだ。しかも、キングが饒舌な文章で語る少年時代の思い出が、いちいち面白い。少年時代の彼は神童というより、むしろ悪がきだったのだ。
そして青年時代。
妻のタビサとの出会い、まったく売れなかった時代のこと。作家として成功しても、アルコール依存症に苦しむ日々。キングは書けなくなることが、読者の期待を裏切ることが怖くて、麻薬中毒になってまで書き続けた。何がキングをそこまでして突き動かすのだろう。
キングの生き方は、何も作家志願者でなくても胸に響くものがあるはず。

さらに、キングの熱心な読者ならキング作品の製作秘話も楽しめるのでお得。

■満足度
(7)