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まさおレポート

マルグリット・ユルスナール「老絵師の行方」と村上春樹「海辺のカフカ」

2020-10-28 14:46:36初稿

「老絵師の行方」マルグリット・ユルスナールによって1936年に書かれた作品では絵の中に入って蒼い窮翠の海に姿を消す絵師が描かれる。原題は「ワンフーの次第」

玲は富豪の息子だが美しく気立てのよい嫁を大事にせず、非現実を追い求めるあまり、嫁は庭の木で縊死する。

ある日の夜に老絵師ワンフーが一夜の宿を借りに来る。老絵師ワンフーは漢の帝国を画題を求めて歩き回る。お金に一切の執着がなく自分の作品をキビのお粥と交換するほど恬淡としている。

玲は老絵師ワンフーこそ師だと思い定め、自らの財産を使い果たして高価な顔料を求め老絵師ワンフーに与える。

同じものを見ていても絵は描けないと老絵師ワンフーは弟子の玲を伴って漢土を旅する。旅の持ち物は絹の巻物と絵紙それに筆や絵の具だが書き溜めた下絵も多いので相当な荷物だがそれを弟子の玲が苦にもせず背負い旅する。

ある凍てつく夜に土間で襤褸をまとい弟子の玲が温めて寝ていると粗野な兵士が老絵師ワンフーを罪状も言わないでとらえて引き立てる。

皇帝の前に引き出される。皇帝は老絵師ワンフーに自らの驚くべき生い立ちを説明する。現実よりも非現実の世界が真実だと親に教育され、物心つく頃から前皇帝が収集した老絵師ワンフーの絵で世界を教え込まれた。そのことを逆恨みして彼の絵を魔術と決めつけ絵師に死刑を言い渡す。

これを聞いた弟子の玲は皇帝にとびかかり、取り押さえられて死罪になる。

老絵師ワンフーの死罪の前に皇帝が所蔵していた未完の山水図の完成をこの老絵師に命ずる。老絵師は弟子の玲ほど要領よく青の岩石を砕いてくれない宦官にいらいらしながらもこれを描き始める。

すると床が濡れはじめる。さらに絵の画面から次第に水が噴き出しその前に斬首にあった玲が絵の中の小舟に乗って現れる。老絵師ワンフーは玲の舟に乗り込み自らが描いたばかりの蒼い窮翠の海に姿を消す。

村上春樹の「海辺のカフカ」ではナカタさんは絵から出てきた人物として描かれる。

あなたあの絵の中にいませんしたか? 海辺背景いる人として白いズボンたくしあげて、足を海につけている人として」 海辺のカフカ 上巻p364

絵と現実が一体となるこの作品はマジックアート、幻想の極致だが一方では念仏の観想思想のなかにもみることのできる伝統的なテーマだ。

おなじく「源氏の君の最後の恋」も大変面白かった。
『源氏物語』の「雲隠」の章、人々から離れて目も見えなくなり死を待つ光源氏にかつて2,3度情を交わしただけの花散里が女のエゴを捨てて寄り添う創作。


追記 2022・4・17

この記事を読み直してイメージのもつ力に記憶を少しだけ巡らせてみた。

ネバーエンディングストーリーは少年が物語の中に入り込んでいく。

サピエンス全史はイメージによる認知革命でサピエンスがネアンデルタール人を駆逐した。イメージが宗教を作り出した。今月の沖縄旅行で同行者の一人とこの話題が出た。

わたし イメージが宗教を作り出した。だから人間にとってもっとも大事なものだ。

同行者の一人 イメージが創り出したものだから信じることができない。

なるほど、そう考える人が多いよな。これは道元さんの言う信解をするかしないかだなと。穏やかで興味深い議論をした。

大乗仏典はイメージの産物だ。そしてイメージであるがゆえに今なお巨大な影響を与え続け今後も与え続ける。

聖徳太子は世間虚仮と言ったが、それはネガティブではなく、イメージ化によるポジティブな見方ではないか。

「カラマーゾフの兄弟」の大審問官も壮大なイメージの産物だ。このイメージを描くために背景として「カラマーゾフの兄弟」のストーリーを創作したのかと思い至った。

川端康成はかつて作品の中で大乗仏典のイメージの世界に遊んでみたいと云った。そして「東方の歌」という白鳥の歌を書きたいと願った。しかし果たさないままに死んだ。

現代科学は虚数(イマジナルナンバー)というイメージの産物なくして成立しなかった。

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