地球上の小さな日記

繰り返す毎日の中に埋もれてゆく小さく些細な記憶達を、忘れないように書いてます。だから・・・

大地震

2011年03月12日 08時54分10秒 | 小さな日記
3月11日午後2時50分頃、仕事中に大きな地震が有った。
その時オレは得意先にいて最初は気付かなかったのだが、
車で待っていた同僚が窓越しに「地震です!」と言うので、
足を止めてみると、立ったままでも十分すぎるほどわかるかなりの揺れだった。

これはただごとじゃない!!

しばらく経っても治まらない様子だったのでとりあえず車のエンジンを止め、
同僚も車を降りた。
ガシャガシャと恐ろしくなるような音を立てる工場。
得意先の人達も工場からどんどん駐車場に出てくる。

一瞬アゼンとなったが、気を取り直して車のラジオを付けてみた。
ラジオからはいつものDJが緊張した声で落ち着いてくださいと言いながら、
地震情報を言っている。

「宮城は震度7、神奈川でも震度6弱を記録したところがある模様・・・。」

それを聞いた瞬間、
街のスピーカーから「市役所の地震計は震度5強」という放送が流れてきた。

大変だ。
これは本当に大変だ。
同僚は電話が繋がらないと言っている。
駐車場の人々も携帯をいじっているみたいだけど、繋がっている人はいないのだろう。
みんな不安そうにざわめいている。

しばらくすると、地震は治まった様子だったので、
また車に乗り込み、とりあえずその場から移動することにした。
街並みは普通。
特に地震の影響はなさそうだ。
「この辺は大丈夫そうだな」と言っていたら、
ブロック塀が大きく崩壊している場所が有った。
しばらく行くと、道路から水が噴出して水浸しになっているところも有った。

そして、また大きな地震が起きた。
震源地はさっきとは違うみたいだった。
つまり、余震ではないということ。

この時わかった。
これは大きな災害なのだと。
もはや仕事をしている場合じゃないだろう。
こんな時に営業をしたらKYどころか人格を疑われてしまいそうだ。
と、勝手に判断して会社に帰ってきた。

帰ってくると、会社の人はみんなに電話をかけている様子だった。
でも、繋がらないから帰社命令も伝わらなくて、大変なことになっていた。

会社のテレビには、津波が田畑や住宅を飲み込んでいく映像が流れている。
自分の目を疑った。

その被害は思っていた以上に甚大だった。

オレも電話をかけながら作業をし、
全員が揃ったところで、解散となった。

帰途の中、幹線道路は渋滞している様子だったので、
裏道裏道で何とか家に辿り着いたら、みんな無事だった。

家に着いてからもテレビで情報を集めていると、
都内の電車は動いていないらしく、
新宿や渋谷では多くの人が取り残されている様子だった。
妹もまた新宿近辺で働いているので電話をかけてみると、
不思議なことに一回で繋がったのだが、電話に出ずに留守電になった。

大丈夫なのか?と思っていたら、
妹からすぐに着信が有った。

どうやらまだ仕事中で、
電車が止まっていることや駅周辺が大混雑していることを知らなかったので、
テレビを見ながらその様子を伝えてやると、結構ビックリしていた。

それにしても、何故妹の電話だけはこんなにもスンナリ通じたのだろうか?
オレはそれがビックリ。
実は事情を説明している最中に一度電話が切れてしまったのだが、
かけ直すとまたすぐに通じたのだ。



東北地方の被害はまだ拡大している。
長野県でも大きな違う地震が起きたらしい。
本当に大変なことになってしまった。