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今、日本の子どもたちの学力の何が問題か、学力が低下しているというなら、どの部分が低下しているのか、その原因は何か。21世紀COEプログラム 東京大学大学院教育学研究科 基礎学力研究開発センター編『日本の教育と基礎学力 危機の構図と改革への展望』(明石書店、2006)の第2章「転換期の教育危機と学力問題―学力論議と学校の変容」(pp.35-50)で展開されている佐藤学氏の議論を、私自身の関心に沿ってまとめてみた。
☆学力論争における立場の違いはどこにあるのか?
まず、佐藤氏は、今日の学力問題の複雑さを「学力の実態や学力形成の教育実践そのものの複雑さというよりは、むしろ学力問題を形成している政治的社会的文化的状況の複雑さと学力問題に関するメディアの議論や教育政策や学校政策の複雑さにある」として、「ゆとり教育か否か」が学力問題の本質ではないことを説明したうえで、学力をめぐる議論の立場の違いを次のように整理している。
「学力水準の低下」を問題にする立場
・ 「国際競争力の低下」の危機と認識する人々・・・能力主義とエリート主義の教育の必要性を主張
・ 「市民社会の危機」と認識する人々・・・教養主義の重要性を主張
「学力格差の拡大」を問題にする立場
・ 平等な競争主義の危機として認識する人々・・・能力主義による自由な競争を復活させる教育改革を主張
・ 民主的な平等主義の危機として認識する人々・・・能力主義と競争主義を排して平等主義の教育を徹底させる教育改革を主張
☆「学力低下」に対する危機意識は何を招いたか? 短絡的な対応がいっそう「学力格差」を助長している現実を直視せよ!
次に、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社、1999年)や遠山文部科学大臣の「学びのすすめ」(2001年)に端を発する「学力低下」に対する危機意識が学校と社会にもたらした次の7つの現実がいっそう「学力低下」を助長している悪循環を指摘する。
・ 受験産業の復活
・ 教育費負担の増大と格差拡大
・ ドリル学習の普及・・・子どもたちの学力は「読み書き計算」の基礎技能の領域では落ちてはおらず、むしろ高次の思考力や表現力において低下している。それほど必要としていない低次の基礎技能の反復練習に多大な労力と時間が注がれることにより学力低下を助長している。
・ 習熟度別指導の普及・・・教育のレベルを下げて、通常の何倍もの時間と労力を低レベルの学びにかけることで、ますます低学力の子どもは低学力層へと組み込まれる。
・ 非常勤・臨時採用教師の氾濫・・・少人数学級を実現するために専任ポストの人件費を非常勤・臨時採用教師に充てる。
・ 官僚統制の強化・・・学力テストの普及、「数値目標」による学校経営とその評価、教師に対する評価と管理、「数値測定」による学校間の競争。企業組織において有効な経営と評価の方式である「数値目標」は、学校のような複合的な目標によって構成された公共的使命の遂行を目的とする組織にとって官僚主義と競争主義を助長する。
・ 総合学習への批判・・・教科の授業時数を増やせば「学力低下」を克服できるわけでもない。PISAの結果によれば、授業時数の少ない国ほど高い学力を達成しており、上位に位置する多くの国々が総合学習を積極的に推進するカリキュラムを実践している。
☆学力の何が問題か?
最後に、学力をめぐる課題を次の5つに集約したうえで、「議論と政策を短絡化することなく、学力の形成に関与する学校環境や教科の内容組織や教室の学びの様式や教師の現職研修や学校の経営と評価の在り方」を個別に検討し、改革を推進することが重要であるとする。
① 「学力水準の低下」よりも「学力格差の拡大」のほうが深刻である。
② 日本の子どもの学力低下は、「読み書き計算」において生じているのではなく、創造的な探究や思考力及び表現力において生じている。「知識を文脈に応じて活用する能力」の形成が求められている。
③ 日本の子どもの学力問題の危機は、教科嫌いや学習時間や読書時間の減少にある。
④ 子どもの「学力低下」よりも大人の「教養の解体」のほうがはるかに深刻である。
⑤ 今日の学力問題は「量」の問題よりも「質」の問題である。
☆今こそ教師の主体性と専門性の確立を!
子どもに反復練習を強いる教師、「習熟度別指導」で子どもを選別する教師、予備校に「授業技術」の研修に行かされる教師、「数値目標」による企業型の学校経営で学校間・教師間の競争に巻き込まれる教師・・・短絡的な学力論争と政策に翻弄され、公的使命を見失っている教師の尊厳を回復するためには、授業研究を通して教師の科学的教養と専門的知識と授業の能力の高度化を達成しなければならない。現場の教師一人ひとりが、その意識を明確にもって主体的に活動していくことが大切であろう。
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今、日本の子どもたちの学力の何が問題か、学力が低下しているというなら、どの部分が低下しているのか、その原因は何か。21世紀COEプログラム 東京大学大学院教育学研究科 基礎学力研究開発センター編『日本の教育と基礎学力 危機の構図と改革への展望』(明石書店、2006)の第2章「転換期の教育危機と学力問題―学力論議と学校の変容」(pp.35-50)で展開されている佐藤学氏の議論を、私自身の関心に沿ってまとめてみた。
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☆学力論争における立場の違いはどこにあるのか?
まず、佐藤氏は、今日の学力問題の複雑さを「学力の実態や学力形成の教育実践そのものの複雑さというよりは、むしろ学力問題を形成している政治的社会的文化的状況の複雑さと学力問題に関するメディアの議論や教育政策や学校政策の複雑さにある」として、「ゆとり教育か否か」が学力問題の本質ではないことを説明したうえで、学力をめぐる議論の立場の違いを次のように整理している。
「学力水準の低下」を問題にする立場
・ 「国際競争力の低下」の危機と認識する人々・・・能力主義とエリート主義の教育の必要性を主張
・ 「市民社会の危機」と認識する人々・・・教養主義の重要性を主張
「学力格差の拡大」を問題にする立場
・ 平等な競争主義の危機として認識する人々・・・能力主義による自由な競争を復活させる教育改革を主張
・ 民主的な平等主義の危機として認識する人々・・・能力主義と競争主義を排して平等主義の教育を徹底させる教育改革を主張
☆「学力低下」に対する危機意識は何を招いたか? 短絡的な対応がいっそう「学力格差」を助長している現実を直視せよ!
次に、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社、1999年)や遠山文部科学大臣の「学びのすすめ」(2001年)に端を発する「学力低下」に対する危機意識が学校と社会にもたらした次の7つの現実がいっそう「学力低下」を助長している悪循環を指摘する。
・ 受験産業の復活
・ 教育費負担の増大と格差拡大
・ ドリル学習の普及・・・子どもたちの学力は「読み書き計算」の基礎技能の領域では落ちてはおらず、むしろ高次の思考力や表現力において低下している。それほど必要としていない低次の基礎技能の反復練習に多大な労力と時間が注がれることにより学力低下を助長している。
・ 習熟度別指導の普及・・・教育のレベルを下げて、通常の何倍もの時間と労力を低レベルの学びにかけることで、ますます低学力の子どもは低学力層へと組み込まれる。
・ 非常勤・臨時採用教師の氾濫・・・少人数学級を実現するために専任ポストの人件費を非常勤・臨時採用教師に充てる。
・ 官僚統制の強化・・・学力テストの普及、「数値目標」による学校経営とその評価、教師に対する評価と管理、「数値測定」による学校間の競争。企業組織において有効な経営と評価の方式である「数値目標」は、学校のような複合的な目標によって構成された公共的使命の遂行を目的とする組織にとって官僚主義と競争主義を助長する。
・ 総合学習への批判・・・教科の授業時数を増やせば「学力低下」を克服できるわけでもない。PISAの結果によれば、授業時数の少ない国ほど高い学力を達成しており、上位に位置する多くの国々が総合学習を積極的に推進するカリキュラムを実践している。
☆学力の何が問題か?
最後に、学力をめぐる課題を次の5つに集約したうえで、「議論と政策を短絡化することなく、学力の形成に関与する学校環境や教科の内容組織や教室の学びの様式や教師の現職研修や学校の経営と評価の在り方」を個別に検討し、改革を推進することが重要であるとする。
① 「学力水準の低下」よりも「学力格差の拡大」のほうが深刻である。
② 日本の子どもの学力低下は、「読み書き計算」において生じているのではなく、創造的な探究や思考力及び表現力において生じている。「知識を文脈に応じて活用する能力」の形成が求められている。
③ 日本の子どもの学力問題の危機は、教科嫌いや学習時間や読書時間の減少にある。
④ 子どもの「学力低下」よりも大人の「教養の解体」のほうがはるかに深刻である。
⑤ 今日の学力問題は「量」の問題よりも「質」の問題である。
☆今こそ教師の主体性と専門性の確立を!
子どもに反復練習を強いる教師、「習熟度別指導」で子どもを選別する教師、予備校に「授業技術」の研修に行かされる教師、「数値目標」による企業型の学校経営で学校間・教師間の競争に巻き込まれる教師・・・短絡的な学力論争と政策に翻弄され、公的使命を見失っている教師の尊厳を回復するためには、授業研究を通して教師の科学的教養と専門的知識と授業の能力の高度化を達成しなければならない。現場の教師一人ひとりが、その意識を明確にもって主体的に活動していくことが大切であろう。
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