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旭日旗

2013年08月10日 | ひとりごと
日本に対して「歴史認識がない」と騒ぐ連中がいる。
あんたらはどんな認識を持ってるんだ?と。
そもそも日本で使用してる「旗」に対しての歴史を理解してるのか?と。

「旭日旗=戦争肯定」

そんなことを制定もしてないし、思ってるやつなんて誰もいないよ。

そこで旭日旗とはなんだったのか。
その歴史を他国が認識してるのか。

日の丸が日本で使用されるようになったのは平安時代末期ころからだそうな。
白地に赤い丸で「晴れ」として縁起がいいと。
江戸時代になって薩摩藩藩主、島津斉彬(しまづなりあきら)と水戸藩藩主
徳川斉昭(とくがわなりあき)の進言を幕府が採用し、日本船の船印に採用した。
それが「日章(日の丸)」の旗となった。
開国以降、この日章旗は維新政府のもと1870年(明治3年)1月27日太政官布告
第57号で「御國旗」(=商船旗・軍艦旗)とされ、改めて日本の国旗として
扱われるようになった。

というのが日の丸の始まりだそうで。

一方、旭日旗はというと、日の丸の背景に光線を描いたものが民間の祝い事などに
用いられていた。
それを明治時代に建軍まもない当時の帝国陸軍が採用し、日章が真ん中で
16本の光線が描かれた「十六条旭日旗」を「陸軍御国旗」と制定。



海軍はその19年後の明治22年に日章位置が旗竿側に寄る旭日旗を「軍艦旗」
として制定した。



太平洋戦争の敗退で陸海軍共に解体され軍旗としての旭日旗の歴史が終わった。

1954年(昭和29年)に発足した陸上自衛隊では八条旭日旗を「自衛隊旗(連隊旗)」
として採用。



海上自衛隊はそのまま「自衛艦旗」を採用。
民間では旭日旗を昔同様の祝いの旗として用いている。

というのが歴史的現状。

真ん中に丸があってそこから放射状に線を描けば「戦争肯定」の旭日旗だ。
という短絡的な言い分はなんの脈略もないことで、歴史認識を全く度外視してる。
暴走族の旗が波だったから波を描いたものを全て排除するというようなもの。
丸に放射状と言えばヒマワリもだめか?
似たような花も捨てちゃうのか?

そもそも戦争を知らない世代が見てきたように教えられ、実証もないままそれを
もって「歴史認識」とする。

怖いね。



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1 コメント

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馬鹿につける (奇血)
2013-08-10 21:34:16
薬なし!
歴史捏造を趣味にしてる民族?人擬き?何を言っても焼け石に水!馬鹿に念仏!

馬鹿な国は他国の意味主張に一々干渉すべきでない(怒)
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