八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚53

2021-12-03 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

綺麗だ。

スゲー綺麗だ。

奥の部屋から牧野がウエディングドレス姿で出てきた瞬間に思った。

 

俺は、今までドレスなんて全部同じに見えていた。

いや、女なんて全員、バカでうるさくって足を開く生き物だと思っていた。

 

でも、目の前の牧野はスゲー綺麗だ。

ウエディングドレスはAラインの刺繍のビスチェタイプ。

素材は柔らかなサテンオーガンジー。

シンプルなフロントとは対照的に、バックスタイルのロングトレーンがこいつの細い腰を強調している。

 

「綺麗だ。」

親父が牧野に声を掛けた。

 

クソっ!

なんで、俺より先に親父が牧野に綺麗だとか言ってんだよ!

 

「ありがとうございます。お父様?」

牧野が恥ずかしそうに返事をした。

 

なんでお父様が疑問形なんだ?

疑問形で呼ばれたのに、鼻の下を伸ばしてマヌケ面の親父。

 

姉ちゃんが張り切って一眼レフデジカメで俺と牧野を撮り出した。

しばらく撮ったのを見た後、親父とババアは仕事に行った。

思わず、親父はハーフを回りに行くんじゃねーかって思ったりもした。

 

「あんたの部屋ばかりもね。まだ時間も早いわ。急いで空中庭園へ行くわよ。」

姉ちゃんの言葉に俺と牧野は従う。

 

なんでも、空中庭園はババアが貸し切っていた。

マジでスゲー女だよ。

 

「すまねぇ。」

姉ちゃんに聞こえねーように牧野に言う。

 

牧野は首をふって

「ううん。式をするわけじゃないし。お姉さん、いい人だね。あんたの事、可愛いくて仕方ないんだね。」

こう言ってきた。

 

こんな強烈な性格で、自分のしたいことを押し進めてくる姉ちゃんをいい人って言われて俺は正直ホッとした。

 

この後直ぐに、牧野は

「私も予行練習って思えるしね。」

こんなことを笑いながら言ってきたんだ。

 

ムカってくる。

なに、笑ってんだよ?

何が予行練習だ!

急に牧野の頬を張り倒したい気持ちになった。

 

「はい!新郎!花嫁さんの腰に腕を回してー。」

姉ちゃんは完全にカメラマンに徹している。

 

俺は言われた通り、こいつの腰に腕を回した。

肩や手に触れた時にも思ったが、細い腰だな。

 

「西田さん、もう届って出した頃なのかな?」

上目使いをしながら、困ったような口調で俺に聞いてきた。

 

おいっ。

なんなんだよ!その上目使い。

やべぇ。

むちゃくちゃ可愛いんじゃね?

 

「もう、私、《牧野つくし》じゃないのかな?」

不安そうな声で聞いてきた。

 

俺は結婚しても、名字なんて変わらねー。

こいつも、契約結婚で秘密にするって決めた時点で仕事やプライベートでは牧野つくしのままだ。

 

でも、戸籍だけは道明寺になる。

西田が婚姻届を提出した時点で、こいつは《道明寺つくし》になる。

道明寺の戸籍はシークレットだけどな。

 

「嫌になったのか?」

俺の質問に牧野は軽く左右に首を振って

 

「そうじゃない。ただ、私は今、まだ牧野なのか、そうじゃないのかを知りたかっただけ。」

困ったように少し笑って、でも目には涙を溜めながら言った。

 

「すまねぇ。俺も西田に何時に提出しろなんて言ってなかった。」

俺のこの言葉で、牧野の瞳から流れ落ちた涙に、俺は自然に手が動いていた。

 

指でこいつの涙を拭いながら思うこと。

一年だけだから大切にするだとか、我慢しろっつーのも変だ。

そもそも、何で俺が我慢してもらわねーといけねーんだ?

でも、俺はこいつの涙を見た時に、こいつを守ってやりてーって思ったんだ。

 

「はい!じゃ、次はチャペルの前ね~。」

牧野が泣いているのは感極まってと理解した姉ちゃん。

ある意味、すげーポジティブシンキングだよな。

 

「じゃ、司。つくしちゃんにキスして!」

キス、していいのかっ?

姉ちゃんの声にテンションが上がる。

 

でも牧野は困り顔だ。

「おい、大丈夫か?」

 

俺の声にビクンと体を強張らせた後、小さく首を振って言ってきた。

「お姉さんに断って。」

「やだよ。うるせーんだよ。姉ちゃんは。」

キスくらい良いんじゃね?こんなことを思っていた。

 

「『やだよ。』じゃないのっ!私のファーストキスなんだよ!そんなの無理に決まっているでしょ。」

こう言ってきたんだ。

 

おい、こいつって俺の1つ下の23歳か?

キスもまだなのか?

どこまで、将来の教師に残しているんだよ。

 

姉ちゃんとの交渉で、牧野が恥ずかしがるっつーので頬にキスすることになった。

その頬へのキスも、牧野から緊張しているっつーのが伝わってきた。

頬へのキスは俺が一番だなって思うと、少しニヤけてしまった。

 

「はーい。司。つくしちゃんをお姫様抱っこして~。」

姉ちゃんからの言葉。

 

オヒメサマダッコ?

あの横抱きのやつか?

 

牧野が首を左右に激しく振りながら

「ムリ!だって、私すごく重いんだよ。」

自己申告してきた。

 

「わかった。」

俺は牧野の言葉をその通りに受け取った。

 

見た目軽そうだけど重いのか?

写真の一枚くらい撮るくらいなら大丈夫だろ?

でも、牧野が重いっつーんならマジで重いんだと思った俺は力任せに牧野を持ち上げてしまった。

 

思った以上に軽かった牧野は、思った以上に宙に浮いた。

空中庭園に1月の冷たい風が吹く。

 

こいつのドレスの裾が乱れて見えた細い足。

俺が初めて目にした、こいつの足首はスゲー細かった。

 

宙に浮いた牧野は、デケー目をますますデカくさせ

同時に手をバタつかせ、俺の首に腕を巻いてきた。

と、同時に視界の端でとらえたこいつの胸元。

その胸が、こいつの柔らかい胸が俺の胸に押し付けられる。

 

そして、細くて柔らかい牧野の腕が俺の首を優しく包む。

それと同時に牧野の真っ白な首筋からする、牧野の香り。

スゲー甘くて、俺の好きな香りだ。

思わず、こいつの首筋に顔をうずめたくなる。

 

数年後、こいつの隣に立っている顔も名前も知らねー、存在すらしない男に無性に腹が立ってくる。

殺してーって思うくらいだ。

 

俺、こいつの事が好きだ。

一年後、返せなくなるかもしれねぇ。

俺は牧野を強く抱きかかえた。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。