八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚63

2021-12-13 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

俺の目の前には見たことも食ったこともねー料理が、でんとテーブルの上にぐつぐつ音を出し湯気を出している。

 

こいつと一緒に住みだしてから、俺は朝・晩はこいつの作る飯を食っている。

最初は『食えるのか?』なんて言ったりもして、膝蹴りが飛んで来たり

『動物のエサか?』とか『食い物なんだよな?』なんて言った時には、アッパーが飛んできた。

牧野は可愛いのに暴力女だった。

 

それ以降、俺は飯の時には、この言葉を使うようにした。

「なんだ、これ?」

俺がこの不思議なスープに使っているのを指差して聞いてみると

 

「鍋だよ~。今日は寒いから鍋にしたの。」

うれしそうな牧野の声。

 

お前はバカか?

いくら俺でも、この円い容器が《鍋》っつーことくらい知っている。

 

「さ、温かいうちに食べよ。」

ニコって笑いながら言ってくる牧野。

お前は食べ物がある時は、優しくて笑顔になるんだな。

 

「どうやって食うんだ?」

俺は、マジでそう思い言葉に気を付けて聞くと

 

「あんた、知らないの?」

ってビックリしたような顔で言った後、

 

「そっかぁ。あんた本当にお坊ちゃまなんだね。」

俺の顔をマジマジと見ながら、呟いた。

 

そして、勝ち誇ったように言ってきた。

「お鍋ってね、寒い時期に家族や仲の良い人と一緒に食べるお料理なの。」

 

牧野の説明によると、鍋っつーのは冬に家族や仲の良い奴らが集まって食う物らしい。

鍋にはスープが入っていて、そのスープは家庭によって味が違うし市販のものもたくさんあるらしい。

 

そして、そのスープの中に野菜や肉を入れて煮込んだのを食う。

野菜や肉を食った後は、うどんを入れたり、雑炊を作るらしい。

 

こんなことを説明しながら、牧野が言ってくる。

「感染症とかもあるから、直箸禁止だよ!」

食う時のマナーが全くねー牧野に直箸禁止なんて言われたくねーよ。

 

「でも、私。取り箸使うと、それで食べてしまう時があるんだけど。」

こんなことをエヘへって笑いながら言ってくる。

俺には全く意味がわからねぇ。

 

牧野の言ってることが全く理解してない間に、俺の前の皿をとって

「適当でいい?よそってあげるね。」

こう聞きながら、鍋から具材を入れだした。

 

よそってあげるの意味すらわからねー俺は、黙っていつもの俺の椅子に座る。

座ると同時に

「はい。」

って、器にたくさんの具材を入れて渡してくる牧野。

 

俺は、牧野が渡してきたのに手を伸ばす。

少しだけ触れ合う俺の指先と牧野の手。

 

俺の指先がピクンってなったからか

「熱いから気を付けてね。」

こう言って渡されたのには、野菜と肉や団子が入っていた。

 

初めて鍋っつーのを、食って思うこと。

鍋ってスゲー良いな。

目の前で、俺が食うのを牧野がよそってくれる。

 

「これはなんなんだよ?」

団子みてーなものを、箸でつまんで見せると

 

「あんた、そんなのも知らないの?《つみれ》だよ。」

その都度、返事をくれる。

 

しかも、つみれは鶏のミンチに生姜やネギを入れて作るんだとか?

俺には全く分からねー事ばかり言ってくる。

でも、それを楽しそうに話す牧野を見ているのが俺には楽しい。

 

「小さい頃にね、熱いとママが《ふーふー》してくれるの嬉しかったな。」

俺には全くわからねぇ、こんな話しだしてきた。

 

「ふーふーってなんだよ?」

俺の疑問に

「あんた、ふーふーも知らないの?」

って聞いてきた。

 

「熱いとね、小さい子はやけどしちゃうでしょ?」

牧野がこんなことを言ってきた。

熱いとガキはやけどするのか?

 

「でね、冷ますためにママがこうして…。」

この後、牧野がつみれをレンゲスプーンで掬って

「『ふーふー』って言いながらね冷ますの。」

つみれに息を吹きかけながら、ふーふーの実践をした。

 

世の母親っつーのは、そんなことをしているのか?

ババアにだけはそんなことされたくねーぞ。

 

俺はこんな事を思いながら、椅子から少し腰を浮かして…

牧野がふーふーしたレンゲスプーンを持っている右手首を、俺の手で固定した。

 

そのまま、牧野の手首を俺の方へ持ってくる。

牧野がビックリして俺を見てくるのは、この際無視だ。

そして、俺は牧野がフーフーしたつみれを口にした。

 

この後、顔と耳まで真っ赤にした牧野は

「なんで?自分でふーふーしなさいよ!」

とか怒っていたけど、これも無視だ。

 

いつか俺が、お前にふーふーしてやる。

だから、お前もしろよ。なんてことを思っていた。

 

「あー、やっぱりやってしまった。」

テーブルの向こう側から、少しだけ申し訳なさそうに首をすくめながら俺を見上げてくる牧野。

 

「なにしたんだよ?」

俺が聞いてみると

 

「取り箸で食べてしまってた。」

エヘへって照れ笑いしながら言った後、

 

「新しいお箸取ってくるね。」

こう言いながら、椅子から立ち上がろうとしたこいつ。

 

俺は、素直に声を掛けた。

「いいよ。別に、そのままで。」

「ほんと?ありがと!ま、いいよね。今だけ家族なんだから。」

こんなことを言いながら、浮かせた腰を椅子に戻す牧野。

 

そうだよな、俺とこいつは今だけ家族なんだよな。

っつーか、夫婦なんだ。

俺は、そうは思ってねーけどな。

 

こいつと契約結婚をして、もう半月になるって事にビビる。

一年なんてスゲー短いものなのかもしれねぇ。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。