八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚56

2021-12-06 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

今日から、本格的に契約が始まった。

それと当時に、社員証が変わった。

外見は変わらない。

でも、ICチップが変わったみたい。

 

西田さんが

「この一年、これがあるとないとでは牧野さんの生活の負担が変わってきます。大切に扱ってください。」

なんて言っていた。

 

私の負担?なんだろ?

厚生年金とかの手続きのデータとかなのかなぁ…。

西田さんが、私の負担が変わるって言ってくれるくらいなんだから、大切に扱おう。

 

そして、大切に?扱わないといけない人が昨日から増えた。

そう、この契約結婚の相手の道明寺。

ま、丈夫そうだから大切に扱わなくても適当で大丈夫よね(笑)

 

ビックリするくらい広いペントハウスに住んでいるのに、お邸って所もあるらしい。

昨日、行ったメープルのすごーい部屋もあいつが年間契約しているみたいだったし。

 

だから、このペントハウスって所に帰ってくることは、そんなに多くないんじゃないのかな?

事務職の私とは違って残業もあるだろうし、出張もあるだろうし

 

こう思った私は、リモコンで部屋のカーテンを開く。

リビングのカーテンが静かに左右に分かれて開いていく。

 

「うっわー。綺麗!」

ペントハウスのリビングに響く私の声。

 

リビングの窓から見える夜景がすごく綺麗!

こんなに綺麗な景色を1人占めしている!

 

数か月前まで、パパの作った借金の返済の事ばかり考えていたのに。

昨日からの疲れが癒される。

こんな所で一年も生活できるんだ。

将来の旦那様との愛の巣の為に、間取りや収納面の勉強をさせてもらおう!

 

『未来の旦那様。私はあなたに不貞を働きません。この一年はあなたとの結婚生活が順調で円満に過ごせる為の期間です。』

心に深く誓った私は、ソファーへダイブした。

 

 

 

ペントハウスに帰ると、玄関や廊下やリビングに明かりがついていた。

そこにある、あいつの小さな靴。

玄関に靴があるかどうかで分かるってスゲーな。

 

邸では、玄関で靴を脱ぐことは無かった。

だから、邸に帰って誰かがいるだとか、そんな風に思ったことは無かった。

 

廊下を進み、リビングのドアを開けると…。

そこは《暖かい》と感じる部屋になっていた。

このペントハウスは、24時間空調は管理されてねぇ。

 

そして、俺がリビングに入り、暖かさを実感した瞬間

昨日は一緒に帰宅したから気が付かなかったが、明らかに今までとは違う香り。

甘い牧野の香りが鼻をくすぐる。

 

こう思った瞬間。

俺の視界の端の牧野がソファーへダイブした。

あいつ、何しているんだよ。

 

苦笑いしながらリビングに入った俺を見て、牧野がソファーから急に起き上がり

「あれ?早いんだね、おかえり?」

ビックリしたように目を大きくして声を上げた。

 

『おかえり。』

俺が今まで言われたことが無い言葉に、咄嗟に返事ができなかった。

 

邸でも会社でも『おかえりなさいませ。』っつーのがフツーだった。

やべぇ。顔がにやけてくる。

 

「ごめん。私も今帰って来て。昨日の今日で、何もご飯作れてないの。直ぐ作るから。」

牧野が悪そうに言ってきた。

 

言いながらも牧野は、既にキッチンは向かっている。

「食いに出るか?」

俺は緊張しながら、産まれて初めて女に飯を誘った。

 

「じゃ、あんただけ食べてきなよ。私はテキトーに食べるから。」

キッチンに入った牧野が、忙しそうに動きながら俺に言ってきた。

 

・・・。

俺が飯を誘っているんだぞ。

フツーで考えると、喜んで一緒に食いに行くんじゃねーの?

こうして、俺の人生初、女を飯に誘う作戦は撃沈してしまった。

 

「あんたと二人で外食なんてしたら、なに言われるかわかったもんじゃない。もしかして、そこからこの事がバレたらどうするのよ。」

真剣に言ってくる牧野。

その間にも冷蔵庫とIH、収納の引出しを開け忙しなく動いている。

 

そんなに俺と噂になるのが困るのかよ?

そんなに結婚がバレると嫌なのかよ?

 

モヤモヤした気持ちを発散させるように、ソファーに勢いよく座りながらこう言った。

「お前が行かねーなら、俺も行かね。」

 

俺の言葉に

「えー!そうなのっ?それなら、さっさと言いなさいよ。もう!!」

牧野は俺に文句を言った後────。

 

今まで以上にバタバタとキッチンで忙しそうに動き出した。

そんな牧野を見て、わからねーけど俺は少しだけ嬉しい気持ちになった。

 

それなのに、そんな俺の気持ちに全く配慮に欠けるこの女は…。

手を動かしながら口も動かしてきた。

 

俺に着替えて来いだとか、手洗いうがいをしろだとか、鞄を部屋に持って行けだとか言いだす。

まるでタマみてーだ。

 

素直じゃねー俺はめんどくさそうにしながら、牧野が言ってきたことをする為に動きだした。

そんな俺を、料理しながらも視界の端で確認している牧野。

マジでタマみてーだ。

 

俺は自分の部屋に入り、鞄の中からファイルを大切に取り出した。

超重要、厳重扱いのファイルだ。

 

今日、仕事中に西田から受け取った一枚の紙。

《結婚受理証明書》

そこにある『道明寺つくし』の文字。

 

見る度に目が笑ってしまう。

俺は、これをデスクの引出しに大切に保管した。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。