「今日は司の誕生日で入籍記念日なんだから、記念撮影しましょう!」
姉ちゃんの声に俺と牧野は一瞬ポカンとした。
「結婚式は一年後だけど、入籍の日も記念日!つくしちゃん!ドレスはもう用意しているの!どれが似合うかしら?さ、こっちこっち!!」
「えっ?写真?」
牧野の小声は姉ちゃんには届かねぇ。
姉ちゃんは、他の奴の話なんて聞いてなんかいねー。
親父もババアもこの展開を嬉しそうに見ている。
ここからが凄かった。
俺は初めて、親父が仕事をしねーでゴルフにばかり行くのかがわかった。
牧野のドレスは、西田からサイズを聞いていた。
(なんで西田が知っているんだ?)
ババアと姉ちゃんが、何点か選んで奥の部屋に運んでいた。
その中から、牧野に選ぶようにしていたんだ。
ババアと姉ちゃんが牧野に、ドレスの特長や自分の気に入っているドレスの説明を捲し立てるように話している。
「俺のは?」俺の言葉に、
「あんたはこの部屋にあるでしょ?適当に着なさいよ。」
姉ちゃんはこう言って、俺の背中を押してこの部屋から追い出した。
『ここは俺が年間キープしている部屋だぞ!!』
なんて言葉は言っても無駄だ。
ドアを閉める直前に
「スーツじゃダメよ。タキシードだから。」
っつーのがババアから飛んできた。
ババアも姉ちゃんもスゲー張り切っていた。
牧野は大丈夫か?
俺がタキシードに着替え、奥の部屋を気にしながらコーヒーを飲んでいると
「司はマダマダだな。」
こんな親父の声に顔を上げる。
「女性を待つときは、待っていると思わないで待つ。」
あ?
待っているのに、待っていると思わねーで待つってなんだよ?
ボケたか?
仕事もしねーでゴルフばっかりしているからじゃねーの?
親父は俺よりも仕事してねーんじゃねーか?
「ちなみに、あきらくんにも昔、言ったことがあるんだが。」
あ?何をあきらに言ったんだ?
「これから司もつくしさんと、喧嘩をする時も意見が違ってくる時もあるだろう。」
黙っている親父が俺に言ってきた言葉が
「そんな時は、謝っていると思わないで誠心誠意謝りなさい。それが夫婦円満の秘訣だ。絶対に歯向かうな。歯向かったら最後。長引くだけだ。」
なんなんだ?何を急に言い出してくるんだ?
「後で後悔するんだよ。あの時に、嘘でもいいから謝っておいたら良かったと。」
親父は、そんな思いをしていたのか?
嘘でもいいから謝れって、どうなんだ?
親父を憐れに思う。
ババアは鉄の女って異名があるくらいだからな。
家庭でも鉄の女だったってことか。
「怖いぞ、女は。怖いだけじゃない。強すぎる上に、タフだ。」
確かにババアは強い。
「守ってやりたいなんて思うのも今だけだ。子供が産まれたと同時に、男なんて蚊帳の外。」
俺が黙っているのをいいことに親父はずっと話し続ける。
カヤってなんだよ?
「お前が産まれた頃には、家族と言うのは楓・椿、司の三人を表すようになった。」
あ?
なんだ?その家族構成。
「家庭に居場所が無くなった私は、仕事に居場所を見出した。でも、その仕事も楓に場所を取られてしまった。」
ババアは俺たちに『親父の仕事を手伝う』っつーてたのに、親父の仕事を取ったのか?
「だから私はゴルフに居場所を見つけた。」
おいっ!!
「仕事半分、ゴルフ半分ってのが一番だ。で、お前はいくらで回っているんだ?」
親父は急にウキウキとした口調で話し出した。
なんで、俺がゴルフを始めたことを知っているんだ?
「あ?俺。どっちも40台くらいだな。上手くいくとどっちかが30台後半だ。」
俺の返事に
「お前、すごいじゃないかっ。アマチュアになるか?プロ、目指すには遅いか?俺としたことがっ!お前にそんなゴルフの才能があったなんて。」
こんなことを興奮して話し出す。
「バーディーやイーグルか?いいなぁ。」
親父がエアゴルフをしながら言い出した。
言わねーけど、ダブルボギーも普通にあるぞ。
悪い時は45以上叩くっつーのは絶対に言わねぇ。
ゴルフは俺の方が上って思いこませとかねーとな。
俺が酒を飲むようになっても、仕事を始めても、親子らしい会話なんて今までになかった。
まさか、この年になって親父と共通の話題が出来て話すなんて思いもしなかった。
「仕方ない、孫をプロにするか。孫とゴルフ教室通うダンディなおじいちゃんになろう!つくしさんは可愛いから、可愛い孫が産まれるぞ!夢はマスターズに全英オープンだ。楽しみだな!!」
親父は、スゲー嬉しそうにこんなことを言ったんだ。
正直、こんな嬉しそうな親父の顔を見たのは何年ぶりなんだって思った。
俺がガキの頃、俺に会いに来た時に見たのを思い出した。
姉ちゃんにガキが産まれるかどうかは知らねーけど。
牧野に親父の孫を産んでもらことはねー。
こいつらの影響で、俺は遺伝子を残すつもりは無い。
そして、やたらと話す親父が言い出したこと。
「楓が喜んでいたよ。お前が好きな女と結婚することを。」
俺は、親父の顔をガン見した。
「親の選んだ相手じゃなく。自分でつくしさんのような良いお嬢さんを好きになってくれたって、とても喜んでいたよ。」
親父は嬉しそうに俺に言ってきた。
こんな親父の顔を見て、俺は────。
牧野の家に挨拶に行った日
牧野が辛そうに、泣きだしそうにしていたのが少しだけわかったような気がした。
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