波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

別宮暖朗著『旅順攻防戦の真実』,竹内洋他編『日本主義的教養の時代』

2006-07-16 17:47:06 | 読書感想
 前者は副題『乃木司令部は無能ではなかった』にある通り,今なお日本人の間に根強く浸透している司馬遼太郎製「日露戦争史観」への批判である.丁寧に当時の内外の情報を総合し,また,その後の日本人の日露戦争史観を左右した戦史書に対して,刊行の意図その他を読み解き,旅順攻防戦を再評価している.端的に言えば,司馬達が主張してきた乃木無能論は正当な評価とは言えず,乃木希典に欠け,児玉源太郎が持ち合わせていたものは,「[日本軍]一個師団をすり潰して,二〇三高地を決戦の場として追及」する「強靭なる神経」(文庫版344頁)という「優しさ」(裏返せば,非情さ)と,筆者は見ている.また,同著者は,司馬遼太郎の「祖国防衛戦争」としての日露戦争という史観が,歴史法則主義(historicism)の一例としての馬克思(Marx)主義に基づく史観の亜流と直截的に批判している(別宮氏は,「歴史法則主義」という用語を用いていないが,359頁の最後に書かれている歴史観は,karl Popperが批判して止まなかった歴史法則主義そのもの).

 一方,竹内洋・佐藤卓己編『日本主義的教養の時代 大学批判の古層』は,昭和の初め,治安維持法違反で左翼系の学生運動が沈黙させられた後,昭和十二年頃から猛威を振るった右翼系の学生運動についての研究論文集で,左翼系大学人・文化人が取り仕切る戦後の学界では,悪夢或いは恥部として忘却されていた話題で,七つの個別の論文から構成されている.二章程読んだ段階だが,左翼系学者等が戦後刷り込んできた固定観念を打ち破るような情報が散見された.例えば,第五章の「戦時期の右翼学生運動 東大小田村事件と日本学生協会」を読むと,戦中に存在した国家主義系学生団体「日本学生協会」及びその対民間向け姉妹団体「精神科学研究所」が,開戦の翌年の昭和17年頃から早期講和を主張し,遂には東條内閣打倒の論陣を張り,怒った首相東條英機が司法省や内務省を急かしたものの埒が明かないため,陸軍省の憲兵隊によって同団体を「共産主義者」という名目で検挙・弾圧したという件である(189~203頁).因みに,この検挙事件や東大小田村事件に登場する「小田村寅二郎」は,昨今話題の「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛で登場する「生長の家」の関係者で,同団体の出版活動を行っている日本教文社から,当時の回顧録『昭和史に刻むわれらが道統』を昭和53(1978)年に同社から刊行している.

© 2006 Ichinoi Yoshinori. All rights reserved. [Last Update:07/16/2006/ EST]


2 コメント

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海軍悪玉論 (Hiro-san@ヒロさん日記)
2006-08-09 01:34:10
こんにちは。ごぶさたしております。

一井さんは確か、「海軍善玉・陸軍悪玉」論の欺瞞について調べておられたような気がしましたが『帝国海軍が日本を破滅させた 「日本の戦争」を徹底検証』という本が出たようです。情報もとは、こちらです。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/69091517e050daf800e40ac573b048eb

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ジャパンハンドラーズでも (Hiro-san@ヒロさん日記)
2006-08-09 02:11:55
こちらでも取り上げておりました。

http://amesei.exblog.jp/3520557/
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