父の日記 昭和17年

昭和17年の日記 
ようやく召集解除 神武屯を発ち東京へ向う

昭和17年4月19日

2005-04-19 | 昭和 (父の日記 昭和17年) 
19日 (日) 晴れ 暑し

朝八時、砲兵司令部へ情報会報に行く相川中尉が
行李へ寄って昨日の書類を持って行く。
今朝電話で副官に明日当りΔへ帰りますと言っておいたが
今日は又少し調子が悪い。
コレヒドル島の攻撃は22日の筈が延期されて五月五日か
らだと。4Dの準備が間に合はないとか。帝都が空爆され
だと言ふのに又随分のんきな戦争だ。天長節にマニラ入
城もお流れか。気合のぬける事おびたヾしい。
夕方、R副官が熱を出して行李に下がって来るから準備を
せよと言って来る。八時頃になって副官来る。高熱でフーフー言ひ
乍ら来られて早速僕の隣に休まれる。本部も病人続出で
手が足りないから僕に身体がよくなったら本部へ帰れと言ふ。
明朝帰る事にする。まだすっかり元気がつかないが大丈夫
だらう。