昭和１７年６月３０日

３０日　（火）　晴れ　暑し

今日は日本への第一歩ならぬ弟一○、高雄へ着く。
朝十時頃から右前方に台湾の島影が見えだし段と大き
くなる。見覚えのある山に近づくとそれは高雄港だ。予定通
り午后三時高雄沖に到着。四時には入港して岸壁に
横附けとなる。１４号岸壁で去年我々の船香洋丸が着いた
所、一番端の岸壁だ。今夜は高雄外出ができるかどうか
半年前の思い出が再びくり返されるかとおもったが、碇泊場
司令部の命令は外出を禁ずで駄目。残念乍ら半年前
の○交を温めるわけには行かなかった。
公用と言ふ名で主計や長田中尉は出かける。面白くなし。
今日で昭和１７年も半分終了。半年の比島生活に無事
生命を全ふして来たのが何か済まぬやうな気がする。満
州へ帰れば我々はぢきに召集解除されるかも知れない
而し、三ヶ年も軍隊生活をして此の頃の自粛の社会を
知らぬ我々が果たして銃后に帰って立派な社会人として
の務が出来るかどうか心配だ。軍隊生活も将校の
生活は社会の生活よりも恵まれてゐるのではなからうか。
日常物資の容易に手に入るのも、或ひは休日にあそび
に行くにも酒を飲むにも、軍人だからとて却って楽な
容易な生活をしてゐるわけなのだ。社会人の方が余程
苦しい生活をしてゐるに違いない。今急に社会へ出て
一般社会人と歩調を合はせて行けるかどうか疑はしい。
昭壱七年6月三十日、一ヶ年の真中の日に、比島から始
めて日本の土地を眺め、暗い船中から高雄の灯を眺め
て、感慨にふける。高雄楼や今如何に。

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昭和１７年６月２９日

２９日　（月）　晴れ　暑し

今日も一日中大洋の真中のやうな気分で、船から眺められ
るものはリョウセン五隻だけ。船をぐるりと取り巻いた地平線が
あるだけだ。今日は久しぶりで碁をやってみる。江波戸中尉
とやったが簡単に負けた。明日は高雄に入港の予定。
去年の思出が待ってゐる。
今夜は船内で演芸会をやるとか。
芸会は見ずに船○で夕涼みをする。


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昭和１７年6月２８日

２８日　（日）　晴れ　暑し　夜風雨あり

昨日と今日が一番敵潜水艦の出没する危険な区域
だそうだ。昨夜は無事通過。一番潜水艦を心配
してゐるのは副官。全くみっともない位。これが軍人生活
を二十年もやってゐた人かと思はれる。
一日中昼寝で暮す。今日は一日中陸地は見えず。支那海
の真中にゐるらしい。船団は水雷艇の○○の下に二縦隊
で進○。我がはあぶる丸は右側の先頭。
我々は寝るところは船内の假将校室だが食事はサロン。
僕と木村中尉迄。サロンで食事する者は副官や、青木
大尉、佐藤中尉のやうな連中でロクな話も出ぬ。
今夜は十時頃から雨、風が出て、雷も鳴り、相当ひどかったが
僕は早くから寝てしまって何も知らず。敵潜水艦の攻撃は
却って荒れた方が安全ださうだ。今夜がすぎれば、高尾ま
で大体危険区域は過ぎたのださうだ。
此のはあぶる丸の我々に対する待遇はあまり感心せず。
ボーイの態度も、船員の態度もサービス不良だ。一日中
一度もお茶も持って来ない。

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昭和１７年6月２７日

27日　（土）　晴れ　暑し

昨夜は蚊がひどくて眠れず。六時半頃起きる。
顔を洗ひ乍ら眺めると懐かしいマニラの町が目に沁みる。マニラホテル
陸海軍クラブ、ベーヴィエーホテル、臨海ホテル、サテは思い出のカサ
マニアーナ、歓楽の街もさらばだ。
朝八時、朝食中に船は埠頭を離れる。沖へ出て待キ。
マニラの町もみえなくなった。
午后三時船は初雁水雷艇の先導で出発。船団は
六隻、夕食頃にコレヒドール島の北海峡を通過。あれ
だけ弾丸を打ちこんで灰色になってしまったコレヒドール島も
今日はすっかり青々としてゐた。
海は平穏、少しも船は揺れず、船酔いにはいゝ航海だ。
風が少しもなく、船は追風なので船室へ風が少しも入らず、
暑くて堪らず。将校室は狭くて仕様ないのでＲ本事ム室を
別の所へ移して広くする。各人の寝る所も勝手に取ってあったの
を先任順に改める。誰もそんな事を少しもせず、江波戸中尉
と僕がやる。全く本部の将校もロクなのがゐない。他人の事は
構はず、自分だけよければいゝと言ふ輩ばかりだ。

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昭和１７年6月２６日

２６日　（金）　晴れ　暑し

愈々、なつかしのマカベーベ出発、聯隊段列は朝四時半に出発
してゐる。Ｒ本部は八時半出発の予定。副官は僕に先
行せいと言ひ、自分は朝５時ごろから起きて七時に出発して
しまった。何の用事があるか知らないがどんどん先に行っ
てしまふ。僕の乗用車には加藤ヱ生曹長が防疫給水
班へ行くので一緒に乗って行き、採便を積んで七時半頃
出発する。今朝はMiss Tadeo姉妹が見送りに来て
呉れる筈なのに先に出発してしまふと彼女等を見る事が出来
ない。誠に残念乍ら先に出発する。防疫給水班へ行って
加藤軍曹を下ろし、僕等同乗車はEscortaへ行って買物
をする。もう今日乗船なのにまだ軍票が３５pesoo以上あるの
で日本バザーでタオル地の寝巻を買ふ。Escorta Drug Storeで
アイスクリームを飲んだら軍票が足りなくなってしまって慌てる。傍に
ゐた他部隊の兵隊に軍票を一円借りてやっと済ませる。
埠頭へ行くとRstはまだやっと積載始めたばかり、予定よりも
大分おくれてゐるので本部が積み始めるのは午后二時過ぎにな
るだらう。部隊は青木大尉が指揮をして十時半頃到着する。
昼食は船のサロンで御馳走になり、本部は二時半頃から積み
始める。材料搭載掛の僕が一人で走り廻ってゐるだけで陸上掛、
甲板、船艙掛の将校たちは何もせず、面白くなし、全般の青木大イ
は只文句を言ふだけで却ってウルサイシ。本部には全くロクな将校
はゐない。Ｒｓｔの方はデリックの故障で全部終ったのは夕方
八時過ぎ。本部は五時頃終ってしまひ、おそくはじめた方が却
ってはやく終ってしまった。今夜早速舟内の日直につけられる。
何かの始めには必ず一番先につけられるの敵はぬ。今日は
隊長が船の都合さへよでればマニラ最后の外出を将校
に許すと言はれたのに日直ではどうにもならぬ。
八時に船上ヱ生兵を勤務につかせ、八時半に点呼を終ってか
ら隊長に願い出て勤ム交替して外出を許可して貰ふ。交替者
は西川准尉。八時半過ぎに出やうとしたら木村、長田中尉
等は先に外出してしまって僕を待ってゐない。岩本と新井中イを
誘って出る。軍票は長田中尉から返してもらった１０Ｐのみ。
行く所がないのでイサクペラルのOriental Snackto
その前のOld European Resaurantへ行って終り、
今夜のビールの一本は実にうまかった。European Rest.
はドイツ人経営、ドイツ人がピアノを弾いており、日本の曲な
ぞ我々のために弾いて呉れ愛想がよかった。
ルネタ公園の芝生で一休み、船へは十一時半頃帰る。
マニラ最后の夜も少しあっけなかった。船上から眺めるマニラ
の灯、僅か数ヶ月のマニラ生活だったが忘られぬ思ひ出と
なった。Ｒｓｔの木村、長田中尉等はまだ帰らぬ。
将校の寝室がせまくておそく来た我々は寝る所がない。長田
中尉の所へもぐりこむ。愈々明日はなつかしの比島、思ひ出の
マニラにお別れか。もう二度とマニラに足を入れる事もあるまひ。

　　乗船

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