Kバレエカンパニー(大阪・フェスティバルホール)
新しくなったフェスティバルホールのオープニングシリーズ、熊川哲也の新作「ベートーヴェン 第九」。
初演は5年前で、気になっていたけれどまだ観る機会がなかった。
来るまで知らなかったのだが、「第九」の前にふたつ小品があって、どちらも世界初演の新作。
「シンプル・シンフォニー」
ベンジャミン・ブリテンの作品に熊哲が振り付けたもの。
装飾のない舞台に黒い衣装の男女3組が登場し、ストーリーのない抽象的な舞踊を展開する。
クラシックチュチュの広がりに奥のエメラルドグリーンが透けているのが、独特のテクスチャに見える。もし黒いアラバスターがあったらこんな感じかなというような。
次の作品もそうだったが、モダンバレエ的要素がふんだんにあって、ダンサーたちを必ずしも人間として見なくても良いのだなと途中で気づく。
しまいには黒と緑、そして千変万化する形を抽象画のように観て楽しんでいた。
「プロムナード・センチメンタル」
ドビュッシーの作品5曲にリアム・スカーレットが振り付けたもの。この人は、英国ロイヤル・バレエ団新進気鋭の振付師らしい。
「シンプル~」とは対象的に、たらんとした白とブルーの衣装。リフトで移動する女性たちがまるで水中にいるようで、この人たちって白鳥にもなれるけどクラゲにもクリオネにもなれるんだなとなかば呆れてしまう。
特に「月の光」がよかった。音楽に振りをつけているというよりも、ダンスに音が添ってくる感じがした。
いずれもバレエ用ではないクラシック音楽に振り付けしたもので、「第九」への導入としてもぴったりだ。
「ベートーヴェン 第九」
幕開けでガツンとやられた。真っ赤な舞台にうごめくマグマ。布の塊かと見えたものが動き出し、ああ人間だったのかと気づく間もなく溶岩のように溶け出して…。
このオープニングだけでも、巻き戻してもう一度見たい。
中心になっていた男性ダンサーは、お疲れ気味なのか身体が重たそうではあった。
第2楽章は一転して水の世界。水というのはそういうものかもしれないけれども、主役不在で多勢が動き続ける時間の長さに緊張感が若干緩む。
たしかに水中に生命が発生するには、何十億年という途方もない時間がかかったことではある。
第3楽章では、植物の芽生えがとてもリアルに表現されていて、いつか実際に見た、まだ種の殻をぶら下げて必死に土から身をもたげようとしていたあの草の芽の記憶が脳内にまざまざとよみがえる。
それは、「あの」芽生えであると同時に「すべての」芽生えであり、今ある命の始原であり、そのような幾層もの表現を一どきにこなしてしまう舞踊という行為に畏敬の念を抱かずにいられない。
ただ、第2、3楽章ともメリハリに欠けるきらいはあって、うっかりするとときどき意識が遠のいてしまう。
そしていよいよ第4楽章。
やっと熊哲に会えるとドキドキして待っている気持ちを焦らすように演奏だけが進み、冒頭からずっと舞台を囲っているタイムマシンのようなフレームの中で照明が幾度も変化し、もしや何かアクシデントでも? と、心配になる頃、ようやくダンサーたちが登場するけれども、熊哲はまだ出てこない。
さんざん待たせた後でようやく登場する彼は、やっぱりその一瞬、ただものではない鋭さを観客のすべてに印象づけて不満の口を封じてしまう。
あの切れ味は、他のダンサーにはないものだから。
この作品「第九」において、熊哲の役はいったい何なのだろう。他のダンサーたちはみな衣裳をつけているのに、彼だけが白いTシャツと黒いタイツで、それは多分、お能で言うところの白練、つまり裸の表現なのではないか、いや、もっと透明なもの、ほんとうは形のないものの表現なのではないか、あれこれ考えるけれどもぴたりと合う解釈が見つからない。
この作品中の彼は、踊ることによって何かを表現すると言うよりは、ただ〈存在〉をアピールするためだけに出てくるようだ。ちょこちょこ登場しては〈何か〉役割を果たしてすっと消える。
一度は皆から胴上げされるような形で担がれて退場し、その後の床からむっくりと子供が起き上がったときにはゾクリとした。人類誕生の瞬間だろうか。対峙する熊哲は創造主? 地球そのもの?
ここからは一気にきらきらした人間賛歌になっていく。ダンサーたちは〈人間〉として踊り出す。
熊哲も喜び、最後の最後にくるくるして見せて幕。
*
踊る熊哲を見たいという欲求が満たされたとは言い難いけれども、ベートーヴェンの第九をバレエ付きで聴いたという意味ではこの上もなく贅沢なコンサートだった(新しいホールも音響は素晴らしい)。
ああ、だけど、いつか見た「ドンキホーテ」の、これでもかこれでもかというほど跳んで跳んで跳んで廻り続けてくれた熊哲を今一度見る夢は、もう叶わないのだろうか。
*****
「シンプル・シンフォニー」
荒井祐子 西野隼人 日向智子 佐々部佳代 橋本直樹 伊坂文月
振付:熊川哲也 音楽:ベンジャミン・ブリテン
衣裳デザイン:前田文子
「プロムナード・センチメンタル」
神戸里奈 白石あゆ美 宮尾俊太郎 遅沢佑介 他
振付・衣裳デザイン:リアム・スカーレット
音楽:クロード・ドビュッシー
「ベートーヴェン 第九」
第1楽章〈大地の叫び〉遅沢佑介 橋本直樹 西野隼人 他
第2楽章〈海からの創世〉神戸里奈 白石あゆ美 佐々部佳代 他
第3楽章〈生命の誕生〉浅川紫織 宮尾俊太郎 浅野真由香 他
第4楽章〈母なる星〉熊川哲也 他
ソプラノ:草野浩子 メゾソプラノ:橘知加子 テノール:清水徹太郎 バリトン:井上敏典
合唱:Kバレエカンパニー フェスティバルホール公演記念合唱団
振付:熊川哲也 音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
舞台/衣裳デザイン:ヨランダ・ソナベンド
指揮:井田勝大 演奏:シアターオーケストラトーキョー
照明:足立恒
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新しくなったフェスティバルホールのオープニングシリーズ、熊川哲也の新作「ベートーヴェン 第九」。
初演は5年前で、気になっていたけれどまだ観る機会がなかった。
来るまで知らなかったのだが、「第九」の前にふたつ小品があって、どちらも世界初演の新作。
「シンプル・シンフォニー」
ベンジャミン・ブリテンの作品に熊哲が振り付けたもの。
装飾のない舞台に黒い衣装の男女3組が登場し、ストーリーのない抽象的な舞踊を展開する。
クラシックチュチュの広がりに奥のエメラルドグリーンが透けているのが、独特のテクスチャに見える。もし黒いアラバスターがあったらこんな感じかなというような。
次の作品もそうだったが、モダンバレエ的要素がふんだんにあって、ダンサーたちを必ずしも人間として見なくても良いのだなと途中で気づく。
しまいには黒と緑、そして千変万化する形を抽象画のように観て楽しんでいた。
「プロムナード・センチメンタル」
ドビュッシーの作品5曲にリアム・スカーレットが振り付けたもの。この人は、英国ロイヤル・バレエ団新進気鋭の振付師らしい。
「シンプル~」とは対象的に、たらんとした白とブルーの衣装。リフトで移動する女性たちがまるで水中にいるようで、この人たちって白鳥にもなれるけどクラゲにもクリオネにもなれるんだなとなかば呆れてしまう。
特に「月の光」がよかった。音楽に振りをつけているというよりも、ダンスに音が添ってくる感じがした。
いずれもバレエ用ではないクラシック音楽に振り付けしたもので、「第九」への導入としてもぴったりだ。
「ベートーヴェン 第九」
幕開けでガツンとやられた。真っ赤な舞台にうごめくマグマ。布の塊かと見えたものが動き出し、ああ人間だったのかと気づく間もなく溶岩のように溶け出して…。
このオープニングだけでも、巻き戻してもう一度見たい。
中心になっていた男性ダンサーは、お疲れ気味なのか身体が重たそうではあった。
第2楽章は一転して水の世界。水というのはそういうものかもしれないけれども、主役不在で多勢が動き続ける時間の長さに緊張感が若干緩む。
たしかに水中に生命が発生するには、何十億年という途方もない時間がかかったことではある。
第3楽章では、植物の芽生えがとてもリアルに表現されていて、いつか実際に見た、まだ種の殻をぶら下げて必死に土から身をもたげようとしていたあの草の芽の記憶が脳内にまざまざとよみがえる。
それは、「あの」芽生えであると同時に「すべての」芽生えであり、今ある命の始原であり、そのような幾層もの表現を一どきにこなしてしまう舞踊という行為に畏敬の念を抱かずにいられない。
ただ、第2、3楽章ともメリハリに欠けるきらいはあって、うっかりするとときどき意識が遠のいてしまう。
そしていよいよ第4楽章。
やっと熊哲に会えるとドキドキして待っている気持ちを焦らすように演奏だけが進み、冒頭からずっと舞台を囲っているタイムマシンのようなフレームの中で照明が幾度も変化し、もしや何かアクシデントでも? と、心配になる頃、ようやくダンサーたちが登場するけれども、熊哲はまだ出てこない。
さんざん待たせた後でようやく登場する彼は、やっぱりその一瞬、ただものではない鋭さを観客のすべてに印象づけて不満の口を封じてしまう。
あの切れ味は、他のダンサーにはないものだから。
この作品「第九」において、熊哲の役はいったい何なのだろう。他のダンサーたちはみな衣裳をつけているのに、彼だけが白いTシャツと黒いタイツで、それは多分、お能で言うところの白練、つまり裸の表現なのではないか、いや、もっと透明なもの、ほんとうは形のないものの表現なのではないか、あれこれ考えるけれどもぴたりと合う解釈が見つからない。
この作品中の彼は、踊ることによって何かを表現すると言うよりは、ただ〈存在〉をアピールするためだけに出てくるようだ。ちょこちょこ登場しては〈何か〉役割を果たしてすっと消える。
一度は皆から胴上げされるような形で担がれて退場し、その後の床からむっくりと子供が起き上がったときにはゾクリとした。人類誕生の瞬間だろうか。対峙する熊哲は創造主? 地球そのもの?
ここからは一気にきらきらした人間賛歌になっていく。ダンサーたちは〈人間〉として踊り出す。
熊哲も喜び、最後の最後にくるくるして見せて幕。
*
踊る熊哲を見たいという欲求が満たされたとは言い難いけれども、ベートーヴェンの第九をバレエ付きで聴いたという意味ではこの上もなく贅沢なコンサートだった(新しいホールも音響は素晴らしい)。
ああ、だけど、いつか見た「ドンキホーテ」の、これでもかこれでもかというほど跳んで跳んで跳んで廻り続けてくれた熊哲を今一度見る夢は、もう叶わないのだろうか。
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「シンプル・シンフォニー」
荒井祐子 西野隼人 日向智子 佐々部佳代 橋本直樹 伊坂文月
振付:熊川哲也 音楽:ベンジャミン・ブリテン
衣裳デザイン:前田文子
「プロムナード・センチメンタル」
神戸里奈 白石あゆ美 宮尾俊太郎 遅沢佑介 他
振付・衣裳デザイン:リアム・スカーレット
音楽:クロード・ドビュッシー
「ベートーヴェン 第九」
第1楽章〈大地の叫び〉遅沢佑介 橋本直樹 西野隼人 他
第2楽章〈海からの創世〉神戸里奈 白石あゆ美 佐々部佳代 他
第3楽章〈生命の誕生〉浅川紫織 宮尾俊太郎 浅野真由香 他
第4楽章〈母なる星〉熊川哲也 他
ソプラノ:草野浩子 メゾソプラノ:橘知加子 テノール:清水徹太郎 バリトン:井上敏典
合唱:Kバレエカンパニー フェスティバルホール公演記念合唱団
振付:熊川哲也 音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
舞台/衣裳デザイン:ヨランダ・ソナベンド
指揮:井田勝大 演奏:シアターオーケストラトーキョー
照明:足立恒
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