大晦日ですよ、皆さん!! もう大晦日なのです。ということは、当然ながら2004年がもうそろそろ終わり、2005年が「ち~っス」と顔を出す訳であります。
いやぁ、月日の流れは速いものですね。
…………すんません、余り話題面白く広げられませんでした。
さて、年末といえば忘年会シーズンです。この時期は財布の中に漱石・英世が何人いても足りない、足りない。あっ、という間にいなくなっちゃうんだもん、参りますよ(もとより福沢先生が数名いらっしゃったら済む話ではありますが…レアキャラだからね、諭吉)。
さて、先日26日(日)は昨年度のインターンシップのメンバーと飲んできました。今年度に入ってからみんなで顔を合わせるのは今回が初めて。ムチャクチャ盛り上がった訳ではないのですが、まったりと思い出(といっても一年前だけど)話に華を咲かせました。
やはり一年間に渡りインターン生として活動を行い、かつ、インターン先がいわゆる「一般企業」とは掛け離れてた世界---というか、「一般」とは掛け離れた世界---『東○太秦映●村』であったことは、かなり貴重な経験になりました。
いや、だからといって今の生活に活かされている訳じゃないんですけど(苦笑)。とにかく、一年間、企画書とにらめっこ。没を何度も食らって、最終的には企画不採用という形で幕を閉じた訳ですが、その時の苦労は未だに何時間でも語ろうと思えば語れる程です。
まぁ、たった五人しかいなかった、といういのも大きいですね。良く五人で(時にはインターンシップを指導して下さった冨田先生も含めて)集まっては、「企画案」を検討しあったものです。
例えば、「映○村に東●系列のヒーローものを集めて江戸と現代のコラボしよう」とか。でもこれがどんどん横道に逸れる逸れる(笑)。
「ヒーローものの大原則を破ってさぁ。赤レンジャーみたいのが虚弱体質ってのは?」
「あ~…いつも松葉杖ついてる、みたいな感じでね。変身する時も、15分くらいかかるとか。」
「いいねぇ、それ。……あっ、これどう、これ。赤の必殺技が『地雷』とか」
「……技、ちゃうやん」
といった具合。もはや何の企画なのか、まるで分からないのであります(もちろん企画書にすら出来ませんよ、こんなん)。
まぁ、そんなこんなあったので、一時的な付き合いではもったいない、という事で飲み会が企画された訳です。今後もこの集まりは定期的に継続していこう、という事で話がまとまりました。
んで、28日に群馬に帰ってきて、昨日(というか、ついさっきまで)、竹馬の友まさを含む中学3年生時の友人5人と恩師とで飲み&カラオケ行ってきました。
いや、面白い、というよりも、心地よい懐かしさ(なんじゃそりゃ。笑)を感じましたね。みんな、思った以上に変わっていないし、一方で思った以上に「オトナ」になっていました(特に幹事・Mの気配りには頭が下がる思いです)。
あっ、話の流れと余り関係ないですけど、まさのカラオケは上手かったですね。腹式呼吸がちゃんと出来てました。「のど自慢」にぜひ出て欲しいものです(その時はムチャでかい横断幕を持って会場に向かいますよ。特製うちわも作ろうかしら?)。
しかし……手取りで月に30万もらっている奴がいるとは……中学の時を考えると何だか信じられませんな。つ~か、俺、まだ大学三回生(三年生)やし……。
同窓会、ぜひやってもらいたいものです(じゃあお前が企画しろよ、ということですが。苦笑)。出来れば、俺が群馬に帰省している時に。そして、今度は野郎ばかりでなく、みんな揃った形で。
この時期になるといつも思うのですが、昔の友人・知人に会うのは、正直、勇気がいる部分があります。どんなに仲が良かったとしても、時とともに人間変わりますから。また否が応でも昔の自分を振り返ることになるので、何だか気恥ずかしい部分もあります。
特に私は、「人当たりは良い」と言われているくせに、自分から友人・知人とコンタクトを取ることを苦手としている「人付き合い受け身型」人間なので、不義理を犯しがちになります。
でもそればかりでは人間関係は構築されていきませんね。過去があるから今があり、未来がある。人間関係もまた然り、な訳です。
…………すんません、ちょっと格好つけて、それっぽいこと言ってしまいました。
本当は余りよく分かっていません(謝)。
まぁ、
「あ~…これ…来て損した~」
という飲み会が、今年は本当に無かったので、私にとっては良い一年だったのではないでしょうか。
それでは皆さん、良いお年を~。
追伸
ニースを見ていたらスマトラ沖地震の犠牲者が12万人を超えた、とか。
犠牲にあわれた方々へ、心からご冥福をお祈り致します。
何かしなければいけないなぁ……。
いやぁ、月日の流れは速いものですね。
…………すんません、余り話題面白く広げられませんでした。
さて、年末といえば忘年会シーズンです。この時期は財布の中に漱石・英世が何人いても足りない、足りない。あっ、という間にいなくなっちゃうんだもん、参りますよ(もとより福沢先生が数名いらっしゃったら済む話ではありますが…レアキャラだからね、諭吉)。
さて、先日26日(日)は昨年度のインターンシップのメンバーと飲んできました。今年度に入ってからみんなで顔を合わせるのは今回が初めて。ムチャクチャ盛り上がった訳ではないのですが、まったりと思い出(といっても一年前だけど)話に華を咲かせました。
やはり一年間に渡りインターン生として活動を行い、かつ、インターン先がいわゆる「一般企業」とは掛け離れてた世界---というか、「一般」とは掛け離れた世界---『東○太秦映●村』であったことは、かなり貴重な経験になりました。
いや、だからといって今の生活に活かされている訳じゃないんですけど(苦笑)。とにかく、一年間、企画書とにらめっこ。没を何度も食らって、最終的には企画不採用という形で幕を閉じた訳ですが、その時の苦労は未だに何時間でも語ろうと思えば語れる程です。
まぁ、たった五人しかいなかった、といういのも大きいですね。良く五人で(時にはインターンシップを指導して下さった冨田先生も含めて)集まっては、「企画案」を検討しあったものです。
例えば、「映○村に東●系列のヒーローものを集めて江戸と現代のコラボしよう」とか。でもこれがどんどん横道に逸れる逸れる(笑)。
「ヒーローものの大原則を破ってさぁ。赤レンジャーみたいのが虚弱体質ってのは?」
「あ~…いつも松葉杖ついてる、みたいな感じでね。変身する時も、15分くらいかかるとか。」
「いいねぇ、それ。……あっ、これどう、これ。赤の必殺技が『地雷』とか」
「……技、ちゃうやん」
といった具合。もはや何の企画なのか、まるで分からないのであります(もちろん企画書にすら出来ませんよ、こんなん)。
まぁ、そんなこんなあったので、一時的な付き合いではもったいない、という事で飲み会が企画された訳です。今後もこの集まりは定期的に継続していこう、という事で話がまとまりました。
んで、28日に群馬に帰ってきて、昨日(というか、ついさっきまで)、竹馬の友まさを含む中学3年生時の友人5人と恩師とで飲み&カラオケ行ってきました。
いや、面白い、というよりも、心地よい懐かしさ(なんじゃそりゃ。笑)を感じましたね。みんな、思った以上に変わっていないし、一方で思った以上に「オトナ」になっていました(特に幹事・Mの気配りには頭が下がる思いです)。
あっ、話の流れと余り関係ないですけど、まさのカラオケは上手かったですね。腹式呼吸がちゃんと出来てました。「のど自慢」にぜひ出て欲しいものです(その時はムチャでかい横断幕を持って会場に向かいますよ。特製うちわも作ろうかしら?)。
しかし……手取りで月に30万もらっている奴がいるとは……中学の時を考えると何だか信じられませんな。つ~か、俺、まだ大学三回生(三年生)やし……。
同窓会、ぜひやってもらいたいものです(じゃあお前が企画しろよ、ということですが。苦笑)。出来れば、俺が群馬に帰省している時に。そして、今度は野郎ばかりでなく、みんな揃った形で。
この時期になるといつも思うのですが、昔の友人・知人に会うのは、正直、勇気がいる部分があります。どんなに仲が良かったとしても、時とともに人間変わりますから。また否が応でも昔の自分を振り返ることになるので、何だか気恥ずかしい部分もあります。
特に私は、「人当たりは良い」と言われているくせに、自分から友人・知人とコンタクトを取ることを苦手としている「人付き合い受け身型」人間なので、不義理を犯しがちになります。
でもそればかりでは人間関係は構築されていきませんね。過去があるから今があり、未来がある。人間関係もまた然り、な訳です。
…………すんません、ちょっと格好つけて、それっぽいこと言ってしまいました。
本当は余りよく分かっていません(謝)。
まぁ、
「あ~…これ…来て損した~」
という飲み会が、今年は本当に無かったので、私にとっては良い一年だったのではないでしょうか。
それでは皆さん、良いお年を~。
追伸
ニースを見ていたらスマトラ沖地震の犠牲者が12万人を超えた、とか。
犠牲にあわれた方々へ、心からご冥福をお祈り致します。
何かしなければいけないなぁ……。