らいおんさんからの贈り物

らいおんさんが
感じ・考え・行動してきたことがみなさんのお役に立つことを願って

「思いつき」や「アイディア」を評価するな

2009-08-24 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子が、時々夢物語、空想の話をすることがある。

もし、「ありんこ」だったら、
もし、「サル」だったら、
もし、「さかな」だったら、
もし、「とり」だったら、

息子は、楽しそうに夢物語、空想の話をするので、
らいおんさんは、ただただ聴いてあげています。




さて、本日の贈り物について

何かを見たり、聴いたり、読んだりしたときに
ふと頭の中に浮かんできた「思いつき」。

「思いつき」と同じように、
「アイディア」も同じように突然、やってきたりする。

あることについて考えたり、創造したり、思いをめぐらせたり、
そうやって、自分の頭や心の中を探求、イメージしていくことで、
「思いついたり」「アイディア」がでてくることもある。


そして、「思いつき」や「アイディア」は、
 ~~かな。
 ~~かも。
 ~~だったら。
 ~~だろう。
 ~~なら。
 ~~!?。
といった感じで。

はっきりと断定できない、言い切れないことがほとんどだったり、
現実的でなく、空想、夢物語に近い場合もある。


断定できなし、言い切れないし、現実的でないし、
空想、夢物語に近かったりするから、
その「思いつき」や「アイディア」を
瞬間的に「ありえない」と判断したり、
「無理・できない」と評価したりして
頭の中から消そうとしたりしてしまうことが多いだろう。


でも、
「思いつき」や「アイディア」は、そもそも
今までに無かった考えや発想、
新しいこと・もの、新しい方法。

それは、可能性とも言える。

可能性だから、
今の状況、基準、環境、技術などなどで
判断、評価しても「ありえない」「無理・できない」と
思うのは当然といえば、当然なのかもしれない。

しかし、
未来の状況、基準、環境、技術などなどで
判断、評価したら「ありえる」「できる」と
思えたり、当然のように実現できるかもしれない。

例えば、
パソコン、インターネット、携帯電話だって、
最初は、誰かの「思いつき」や「アイディア」からスタートしている。

今ある、全てのものは、
最初は、誰かの「思いつき」や「アイディア」からスタートしている。


だとしたら、
「思いつき」や「アイディア」を評価しない方がいいのではないだろうか?

というか
「思いつき」や「アイディア」を評価するな と言いたい。

「思いつき」や「アイディア」が、
あなた自身を幸せにするかもしれないし、
多くの人を幸せにするかもしれないのだから、


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

ちなみに、明日は、
「思いつき」や「アイディア」の集大成が、「知恵」となる。
をお届けする予定です。