らいおんさんからの贈り物

らいおんさんが
感じ・考え・行動してきたことがみなさんのお役に立つことを願って

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贈り物一覧 0221~0228

2010-02-28 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

【らいおんさんからの贈り物 「バージョンアップ編」】を
みなさんにお届けしております。

初めてご覧になる人や
しばらくご無沙汰の人や
過去の贈り物をもう一度という人

そういった人の為に、
毎月10日、20日、月末に贈り物一覧をお届けいたします。

贈り物一覧から、お好きな贈り物が決まったら
左のカレンダーの日付の贈り物の日をクリックしてください。


それでは、バージョンアップして
明日もHappyになりますように。



2010-02-21
 やってもいないことを評価するのはやめよう

2010-02-22
 どうしたら、その他大勢から抜け出せるか、常に考えよう

2010-02-23
 考えて考えて考え抜いて、自分と勝負しろ

2010-02-24
 継続して行動できる環境や仕組みを創っているか

2010-02-25
 1つの評価は、1つの側面、見方でしかない

2010-02-26
 シンプルに考えられる人は、原則を捕らえられる

2010-02-27
 シンプルに考えられる人は、基準を捕らえられる

2010-02-28
 1対1の視点 と 1対多人数の視点
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1対1の視点 と 1対多人数の視点

2010-02-28 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子を連れて一緒に出かけたときに、
らいおんさんが、用事を済ませている間や誰かと打ち合わせしているときなど
息子は、折り紙を折ったりして待っていることがある。

めちゃくちゃ細かくない限り、大抵のものは、
折り方の紙、本を見れば、息子は折りあげてしまう。

家でも特に息子一人で見ながら折っているので
らいおんさんにとっては、それが普通な感じ。

でも、出かけた先の大人の人たちには、
それが、すごいことに見えるらしい。

「すごい」「すごい」と言われていつも息子は嬉しそうです。




さて、本日の贈り物について

人と1対1で話をする。
3人以上のグループで話をする。

どちらの方が、多いですか?

どちらの方が、落ち着きますか?

どちらの方が、喋りやすいですか?

どちらの方が、緊張しやすいですか?

どちらかが、苦手とかってありますか?


1対1の場合は、
自分は、相手を見ているか、見ていないか
相手は、自分を見ているか、見ていないか

自分と目が合うか、目が合わないか
自分が見ているか、見ていないか
自分が見られているか、見られていないか

相手が、自分のどこを見ているのかわかるだろう。
相手が何を見ているのかわかるだろう。


1対1だと、自分も相手も視点の位置がわかる。

目線が合うと、目が合うと、
お互いに見ているものが一緒と言うか
気持ちが伝わりやすいし、相手の気持ちも受け取りやすい気がする。

そして、目の前にいる相手だけに集中すればいい。


3人以上のグループ 1対多人数の場合は、
自分と目が合うのは、1人。目が合わない人が多い。
自分が見ているのはほんの数人、見えていない人が多い。
自分が多くの人に見られているか、見られていないか

多くの人が、自分のどこを見ているのかわからない。
多くの人が何を見ているのかわからない。
人それぞれで視点が異なり、自分のありとあらゆるところを
同時に見られているかもしれない。

1対多人数だと、人の視点の位置がわかりにくい。

目線が合わないと、目が合わないと、
お互いに見ているものが一緒かどうかわかりにくい
だから、
気持ちが伝わりにくいし、相手の気持ちも受け取りにくい気がする。

そして、一人の人だけに集中することはできず、拡散してしまう。


別の捉え方をすると
1対1の視点は、ミクロ、集中、限定、
1対多人数の視点は、マクロ、拡散、大量、
他にもいくつか考えられるだろう。

どっちの方がいいと述べるつもりはなく、
両方持ち合わせる、組み合わせられるようにした方がいいと思っている。
時と場合によって、使い分けることも重要だったりするだろう。


1対1の視点だけで見たときと、
1対多人数の視点だけで見たときと
出来事やものの見え方、感じ方、捉え方は変わってくるだろう。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
自分自身について、インタビューしてみよう
をお届けする予定です。
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シンプルに考えられる人は、基準を捕らえられる

2010-02-27 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子と保育園に向かって歩いているときに、
ときどき、「なぞなぞ」をしています。

先日の問題は、「そち」の中に隠れている動物なんだ? でした。
息子は一生懸命に考えたり、知っている動物を言うのですが、当たらず、
「抜けているものはなんだ」とヒントを出してあげた。

すると、息子は「抜けているもの」を今度は考え、言い始めた。
「髪の毛」「草」「歯も抜ける」と動物ではないものを言い始めた。
最初の問題を忘れ、ヒントの連想ゲーム見たいになった。

違うヒントを出してあげると、また同じようにヒントの連想ゲームになり、
一向に最初のなぞなぞの答えに近づかず、そのまま保育園に着いてしまいました。




さて、本日の贈り物について

あなたは、
出来事や物事をシンプルに捉え、考えていますか?

出来事や物事をシンプルに捉えようと、考えようとしていますか?

それとも、
出来事や物事を複雑に捉え、考えてしまいますか?

出来事や物事を複雑に捉えようと、考えようとしてしまいますか?


2009-08-10の贈り物で
『 シンプルに考えられる人は、基本を捉えられる 』

昨日の贈り物で
『 シンプルに考えられる人は、原則を捕らえられる 』

とお届けいたしました。

シンプルに考えるとは、
すごく単純に出来事、物事を捉え、考える。

込み入った考え方をせず、理解や扱いが容易になるよう考える。
時間や手数のかからないように物事を行えるように考える。
他種のものが混ざらないように考える。
何か一つのことからは、
必ず一つの理由、一つの判断、一つの答え、一つの行動として考える。

今までの勉強、体験、知識、経験という自分の中に蓄積してきたものによって、
 出来事や物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと、基礎的なこと
 出来事や物事の標準となるように事柄、きまりみたいなもの
 出来事や物事が一定の条件のもとで、必ず成立する相互の関係
といった、
基本、原則を捉える、捉えようとしてしまう。考え、考えようとしてしまう。


どうして、シンプルに捉えるのだろう 捉えようとするのだろう?
どうして、シンプルに考えるのだろう 考えようとするのだろう?

込み入った考え方をせず、理解や扱いを容易にするためだろうか
時間や手数のかからないように物事を行えるようにするためだろうか
他種のものが混ざらないようにするためだろうか
原因と結果のように、何か一つのことから、
一つの理由、一つの判断、一つの答え、一つの行動を見つけるためだろうか

出来事や物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと、基礎的なこと
出来事や物事の標準となるように事柄、きまりみたいなもの
出来事や物事が一定の条件のもとで、必ず成立する相互の関係
といった、基本、原則を捉えるためだろうか


人間は、未知なる物、驚き、好奇心を抱くが、同時に恐怖、不安を覚える。
そして、必ず理解しようと何らかの答えを探そうとする。

出来事や物事に対して、必ず理解しようと何らかの答えを探そうとする。

その理解する過程の中で、
「これは、こういうもの」
「こうすると、こうなる」 と
出来事や物事の判断の目安、見当、基礎となる基準を創りあげる。

例えば、
「塩は、しょっぱい。」
「砂糖は、甘い。」   みたいな。

そして、
出来事や物事の判断の目安、見当、基礎となる基準を創りあげて、
その出来事や物事を理解できるようになると、
それは、もう未知なる物でなくなるので、恐怖や不安は消え去ってしまう。
理解できると安心してしまう。
安心してしまうから、それ以上考えたりしなくなる。

つまり、パターンみたいなものを創りあげる。

また、別の出来事や物事に対して、理解しようと
何らかの出来事や物事の判断の目安、見当、基礎となる基準を創りあげて、
パターンみたいなものを創りあげる。

だから、シンプルに
「これは、こういうもの」「こうすると、こうなる」 と
自分が創りあげたパターンに当てはめようと捉えるのかもしれない。


他にも、シンプルに捉え、考えてしまう理由は、
いくつも考えられる。

いくつも考えられると言ってしまっているらいおんさんは、
シンプルに考えていないかもしれないですね、、、。


話を元に戻して、
いずれにせよ、
シンプルに捉え、考える人は、出来事や物事の基本、原則を捕らえられる。

だからこそ、
シンプルに考えられる人は、基準を捕らえられる


けれど、
シンプルに考えられる人は、基本、原則、基準に捕らわれてしまい、
それ以外、考えられない、考えない
その考えに縛られる
なんてこともあるのでご注意ください。

しかし、出来事や物事を突き詰めて考えていくと、
シンプルな考えにまとまっていくとも思ったりします。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
1対1の視点 と 1対多人数の視点
をお届けする予定です。
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シンプルに考えられる人は、原則を捕らえられる

2010-02-26 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子が、モノを探すときは、
それが、おもちゃであろうと、本であろうと
ベッドに居ても、キッチンに居ても、リビングに居ても、
いつも決まって、今いる場所で、今見ているところから探す。

そこに、ないだろうとらいおんさんは思うのだが、
息子は、不思議と今いる場所で、今見ているところから探す。

そして、見て探しているものがないと「どこにもない。」という。
正確に言うと見えていた箇所にないと「どこにもない。」という。

モノの下や裏に隠れていると見つけられない。
モノの下や裏まで、探したりしない。

息子は、見えたものを単純に信じて、見えていないものを疑ったりしない。
だから、見えたものが全てになっているのだろう。




さて、本日の贈り物について

ある人が、泣いている。

それを観て、あなたは、どう思いますか?


悲しいことがあったのだろうと思うかもしれませんね。

泣く = 悲しい という方程式のように感じることでしょう。

けれど、
泣く = うれしい
泣く = 痛い
泣く = 笑う
ということも少なからず可能性として考えられる。


ある出来事や物事を
方程式のように、常に一本道を歩いているように、機械のように
必ず一つのこと しかも毎回同じように感じ、考えてしまう。

それは、ときには
形式的な繰り返し、いつも決まっているような印象を与えてしまったりする。


それはまるで、
飲食店に行って、いつも決まったメニューを注文し、食べているかのよう。

常に規則正しく生活し、自分のルールにしたがって生活しているかのよう。

こういう人は、出来事を物事を、
すごく単純に捉えているのだろう。
込み入った考え方をせず、理解や扱いが容易になるよう考えるのだろう。
時間や手数のかからないように物事を行うのだろう。
飾り気などなく、他種のものが混ざらないようにするのだろう。

何か一つのことからは、
必ず一つの理由、一つの判断、一つの答え、一つの行動になるのだろう。
方程式のように、常に一本道を歩いているように、機械のように毎回同じになるのだろう。

つまり、
出来事や物事をシンプルに捉えてしまっているのだろう。
出来事や物事をシンプルに捉えようとしているのだろう。

だからだろうか、
出来事や物事をシンプルに捉える人の考えや話、やっていることは、
簡単、簡潔、判を押したような風に見えてしまう、思ってしまうのだろうか


ただ、
出来事や物事をシンプルに捉え、考えてしまうということは、
勉強、体験、知識、経験という自分の中に蓄積してきたものによって、

出来事や物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと、基礎的なことを
捉えられている、見つけられているのかも知れない。

出来事や物事の標準となるように事柄、きまりみたいなものを
捉えられている、見つけられているのかも知れない。

出来事や物事が一定の条件のもとで、必ず成立する相互の関係を
捉えられている、見つけられているのかも知れない。


だからこそ、
シンプルに考えられる人は、原則を捕らえられる とも言える。


情報がたくさんあり、いろいろなことが同時に、しかも複雑に絡み合って
さらには、時間の経過とともに複雑さが増していく
そんな出来事や物事が多い現代にとって、
出来事や物事の原則を見つけていくのは非常に困難だったりする。

そういった意味からも、
出来事や物事をシンプルに捉えられる人、考えられる人は、
非常に貴重な存在かもしれない。


出来事や物事をシンプルに捉えられる人、考えられる人の意見は、
かなり的を得ている と思う。

だから、
自分自身も、
出来事や物事をシンプルに捉え、考えるようにしていきたい。
出来事や物事をシンプルに捉え、考え、原則を見つけていけるようにしたい。
そんな風に思う。

または、よき相談相手として、
出来事や物事をシンプルに捉え、考え、原則を見つけられる友人を持ちたい。
そんな風に思う。


あなたは、
出来事や物事をシンプルに捉え、考えていますか?

出来事や物事をシンプルに捉え、考え、原則を見つけられていますか?

出来事や物事をシンプルに捉え、考え、原則を見つけられる友人がいますか?



それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
シンプルに考えられる人は、基準を捕らえられる
をお届けする予定です。
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1つの評価は、1つの側面、見方でしかない

2010-02-25 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子が、自分で洋服を準備し、着替え、着ていたものを洗濯機へ、
洗濯物を自分でたたみ、押入れにしまう。
ご飯の準備、片付けも手伝わせる。

出来る限り、自分の身の回りのこは、自分でさせ、
家事にも参加させている。

そのおかげ? だろうか
息子は、5歳にしては「しっかりしている」「賢い」とよく褒められる。

らいおんさんにしてみたら、
必要に迫られて、らいおんさん一人では行いきれないので、
仕方なく息子にしつけ、自立という名目でやっている。

だから、息子に申し訳なく思うこともあるし、
シングルファーザーという家庭環境だから致し方ないと思うこともあり、
息子が大人になり自立した暮らしを始める時に、きっと役に立つと思ったり、
いろいろな思いが交錯しています。

息子は、どんな風に思っているのだろう?




さて、本日の贈り物について

自分の仕事に対して、
自分は、どんな風に、思い、感じていますか?

自分は、どんな評価をしていますか?

自分の仕事に対して、
同僚は、どんな風に、思い、感じていますか?

同僚は、どんな評価をしていますか?

自分の仕事に対して、
上司は、どんな風に、思い、感じていますか?

上司は、どんな評価をしていますか?

自分の仕事に対して、
会社は、どんな風に、思い、感じていますか?

会社は、どんな評価をしていますか?

自分の仕事に対して、
お客様は、どんな風に、思い、感じていますか?

お客様は、どんな評価をしていますか?


自分の仕事に対して、
自分、同僚、上司、会社、お客様は、同じように思い、感じていますか?

自分の仕事に対して、
自分、同僚、上司、会社、お客様は、同じように評価をしていますか?


自分は、今ひとつと思っていたりしても、
同僚、上司、会社、お客様は、良い評価をいただけたり、

自分は、良く出来たと感じていても、
同僚、上司、会社、お客様は、今ひとつと思っていたり、

十人十色、千差万別、
自分、同僚、上司、会社、お客様で、それぞれで違った思いを持ったり、
自分、同僚、上司、会社、お客様で、それぞれ違う風に感じたり、
自分、同僚、上司、会社、お客様で、それぞれ異なる評価をしたりすることがある。

つまり、出来事、物事、結果に対して、
人によって、異なる思いを持ったり、感じたり、評価することがある。

だから、
1つの評価は、1つの側面、見方でしかない と思う。


だからこそ、
らいおんさんは、誰かに良い評価、良くない評価を頂いた場合には、
その相手は、こうすれば、こう思う、感じる、評価するという風に
捉えるようにしている。

特に、良くない評価をいただいたときは、
その相手にとっては、そんなふうに思われた、感じられた、評価されたと捉える。
そして、その相手に良い評価をいただく、喜んでいただくには、
どうすればいいか 考え始める。


1つの評価は、1つの側面、見方でしかない

違う側面、違った角度、視点から見れば、
自ずと評価は、変わってくる。

自分は、どんな側面、どんな角度から、どんな視点で物事を見ているだろう?

違った側面、違った角度、視点からみたら、どんな評価になるだろう?


コップに半分水が入っている。
それを
 もう、半分しかない。と思うのか
 まだ、半分もある。と思うのか
 足りるかなぁ。と思うのか
 足らせよう。と思うのか

1つの評価は、1つの側面、見方でしかない ということをお忘れなく。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
シンプルに考えられる人は、原則を捕らえられる
をお届けする予定です。
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継続して行動できる環境や仕組みを創っているか

2010-02-24 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子が、帰宅して自分で手洗い、うがいが出来るように、
洗面台の前には、踏み台を置いている。
そして、手の届く範囲にハンドソープ、コップなども置いている。

らいおんさんにとっては、時たま邪魔に思うこともあるけど、
息子のためなので仕方ないと思っている。

息子が、自分で洋服をしまったり、出したり出来るように、
息子の洋服は、押入れの下の段に入れている。
高いところに干してあったものも、息子が手の届く低い位置にして、
自分で外して畳んでしまえるようにしている。

さて、次は掃除かな? 料理かな?




さて、本日の贈り物について

ある仕事をAさんに引き継ぐために
Aさんにやって見せ、行わせてみて、確認しながら一緒に行った。

大体の手順、注意すべきところは、覚えてもらえたので
大丈夫だろうと思っていたが、
引継ぎ後、Aさんからその手順について、同じことを
何回も質問を受けたりすることがあった。

すぐには、覚えられないのかもと思いながら、
質問される度に、手順を伝えると、
Aさんは、「わかりました。ありがとうございます。」と言うので、
覚えてもらえた、理解してもらえたと思うですが、
しばらくすると、また、質問を受けたりする。

いいかげん、その質問のたびに、
自分自身の業務の手は止まってしまうし、
Aさんの仕事も止まってしまうので、
すごく時間をロスしてしまう。

「いいかげん、覚えてくれよ」と思ったりして、
それを口にして、言ったとしても、状況は悪化するだけですので、

覚えられないなら、覚えなくても出来るように
手順や注意すべき点をまとめてマニュアルやチェックリストを作ることにした。

そのマニュアル、チェックリストをAさんに渡して、
読んでもらって、読んでもらいながら
チェックリストでチェックしてもらいながら
仕事を行っていただくようにしました。

同じマニュアル、チェックリストをAさんの上司にも渡して、
精査して、改良していってください。と伝えました。

それからは、特にAさんから質問されることもなくなりました。

自分自身は、何気なく行ってきたことでも、
他の人が、同じように行うことは難しい。
ということを改めて認識しました。

今行っている仕事、業務をいつまでも、自分自身が行うとは限らない、
だから、いつでも引き継げるようにした方がいい、
そして、引き継いだ人が同じように行ってもらえるように、困らないように、
マニュアルやチェックリストなどを準備していこう。
そう思って、少しずつ作成しています。


誰かに引き継ぐわけではなく、
自分自身が何かを行おうと思って、始めるのだけど、
始めたときは、意識も気持ちも高いので、行うのだけど、
段々と意識も気持ちも薄れていく、
そうすると、行わなくなってしまうことってある。

例えば、
ダイエット、習い事、勉強、運動、節約、貯金、
新しい取り組み、目標など

こういったときも、始める前に、
継続して行えるような仕組みを考えた方がいいなぁと思う。

そうすれば、
意識や気持ちに左右されずに
段々と意識も気持ちも薄れていってしまっても、
継続して行え、身につくだろうし、目標を達成したりできるだろう。


朝起きるときに、目覚まし時計をかけると思いますが、
目覚まし時計が鳴ると、目を覚まし、起きる。

それも、朝起きるということを
意識や気持ちに左右されずに
段々と意識も気持ちも薄れていってしまっても、
継続して行える仕組みです。

目覚まし時計1つで起きないなら数を増やしたり、
目覚まし時計を離れた場所に置き、ベッド・布団から出ないと止められないとか、
ちょっとした工夫をすればいい。

ちょっとした工夫で、
継続して行え、身につく、目標を達成する仕組みを創れると思います。


今、自分の身の回り、仕事などで、
継続して行動できる環境や仕組みには、どんなものがありますか?

継続して行動できる環境や仕組みを創っていますか?

継続して行動できる環境や仕組みを創った方がいいものありますか?


自分自身のため、係わる人のために、
継続して行動できる環境や仕組みを創っていこう。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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考えて考えて考え抜いて、自分と勝負しろ

2010-02-23 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子に、
「何をどうしたいのか?」「それを手に入れるためにどうしたらいいのか?」
考えろ、考えろ と言っている。

「君は、賢いし、どうしたらいいのか、自分自身が良くわかっている。」
だから、自分でよく考えなさい。
と言っている。

最近、息子が「僕ね。○○と思ったから、□□にしてみたよ。」
と言うようになってきましたよ。




さて、本日の贈り物について

なぜ、仕事をするのか?

 その自分なりの答えに対して、「なぜ?」と2~3回深堀していく。

例えば、
なぜ、仕事をするのか?
→収入を得るため。
 →なぜ、収入を得るために仕事をするのか?
  →豊かな生活をしていくため。
   →なぜ、豊かな生活のために仕事をするのか?
    →自由を得るため。
     →なぜ、自由を得るために仕事をするのか?
      →やりたいことを好きなことをして過ごしたいから

この例えの場合は、深堀したら、
やりたいことを好きなことをして過ごすために仕事をする。となった。

次に、深堀した自分の思いからさらに考えていく。

やりたいことを好きなことをして過ごすための仕事とは、何だろう?

やりたいことを好きなことをして過ごすために、どんな仕事をすればいいのだろう?

やりたいことを好きなことをして過ごすためには、仕事をどうすればいいだろう?

どうしたら、やりたいことを好きなことをして過ごすための仕事が出来るだろう?

と深堀したことを実現させるための手段、方法、道のりを考えていく。

途中で考えることが、面倒になってしまうかもしれないが、
考えることに疲れ果ててしまうかもしれないが、
難しい、無理だと思ってあきらめてしまいたくなるかもしれないが、
自分と向き合い、考えて考えて考え抜いてほしい。

今すぐに答えが見つからなくても、考えて考えて考え抜いていけば、
必ず手段、方法、道のりは見つかるし、
深堀したことを実現させていけるだろう。


仕事だけでなく、
どんな生活をしたいのか?

人生で何を手に入れたいのか?

家族とは何なのか?

そういったことも「なぜ?」と深堀していき、
考えて考えて考え抜いてその答えを見つけ、
深堀したことを実現させるための手段、方法、道のりを考えて考えて考え抜いて、
深堀したことを実現させていく。


考えて考えて考え抜いて、自分と勝負しろ


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どうしたら、その他大勢から抜け出せるか、常に考えよう

2010-02-22 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子と一緒に出かけると、らいおんさんも得することがいっぱいある。

例えば、
お店で、店員さんが息子に優しくしてくれ、
それによって、店員さんと会話がしやすくなったり、
そのお店にまた行くと覚えていてくれることも多い。

息子のおかげで、人との会話がしやすくなったりするのでありがたい。

息子自身も、いろいろな人からかわいがれ、
ときにはちょっとしたサービスを受けることもあり喜んでいます。




さて、本日の贈り物について

どこに行っても、飲食店はいっぱいある。

どこに行っても、スーパーはある。

どこに行っても、コンビニはいっぱいある。

どこに行っても、不動産屋さんはある。

どこに行っても、建築・土木・工務店などはいっぱいある。

どこに行っても、洋服店はいっぱいある。

新聞に毎日のように、スーパーのチラシが折りこまれている。

新聞に毎日のように、不動産のチラシが折りこまれている。

新聞に毎日のように、たくさんのお店のチラシが折りこまれている。


これだけ、たくさんのお店がある中で、
自分が行くお店と、自分は行かないお店があり、
たくさんのお客さんが集るお店と、そんなにお客さんが集らないお店がある。


自分が行くお店と、行かないお店の違いは、何だろう?

 どんな基準、評価で選んでいるのだろう?

たくさんのお客さんが集るお店と、集らないお店の違いは、何だろう?

 どんな基準、評価で選んでいるのだろう?

自分は、どんな基準、評価でいろいろなことを選んでいるのだろう?


就職難、就職の求人数が少ない。
とは言っても、求人は全くのゼロということはない。
(エリア・職種・業種などを絞り込むとほぼゼロということはあるかも)

就職活動では、採用される人と、採用されない人がいる。

採用される人と、採用されない人の違いは、何だろう?

 どんな基準、評価で選んでいるのだろう?

既に会社で働いている人は、どんな基準、評価で採用されたのだろう?

会社の中で出世、評価される人と、出世、評価されない人がいる。

 どんな基準、評価で出世、評価されているのだろう?


砂浜の上に、次の2つがあったら、どちらに目がいきますか?

 白い貝殻 or 赤い貝殻

真っ白い雪の上に、次の2つがあったら、どちらに目がいきますか?

 白い貝殻 or 赤い貝殻


砂浜の上であれば、自分自身の感性、好みの方に目がいくでしょう。

真っ白い雪の上であれば、ほぼ赤い貝殻に目がいくでしょう。

周囲と同じようにしていたら、いくら素敵なものであっても、
見つけてもらえる確率は低くなる。
選ばれる確率は低くなる。

他といい意味で区別ができたり、
他とはいい意味で目立ったり、
他とはいい意味で抜きん出る何かがあったり
そういったことがあれば、
見つけてもらえる確率は高くなる。
選ばれる確立は高くなる。


つまり、
どうしたら、その他大勢から抜け出せるか ということ。

だからこそ、
どうしたら、その他大勢から抜け出せるか、常に考えよう

どんぐりの背比べでは、選ばれることは少ない。
何か1つでも、どんぐりの背比べから抜け出せるものがあるはず、
個性があるのだから。

個性とは、
性格、思考、感覚、能力、知識、経験、技術、身体、表現といった
自分自身のあらゆるものである。

後は、その個性を選ぶ基準、評価してくれる
場所、人たち、環境に身を置ける、行けるかどうかだろう。


あなたは、
その他大勢から抜け出せている個性がありますか?

 どんな場所、人たち、環境に身を置けば、行けば
 その他大勢から抜け出せるでしょうか?

 どうしたら、その他大勢から抜け出せて選ばれる、評価されるでしょうか?

さあ、これからは、
どうしたら、その他大勢から抜け出せるか、常に考えよう。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
考えて考えて考え抜いて、自分と勝負しろ
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やってもいないことを評価するのはやめよう

2010-02-21 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子は、一度チャレンジして、
出来なかったり、上手く行かなかったり、思ったとおりにならないと
「できない」「わからない」とすぐにあきらめてしまうことがある。

あきらめてしまうと、同じようなこともやる前から、
「できない」「わからない」と言うこともあるので、

「一度で出来なくても、出来るようになるから、やってごらん」
「大丈夫、出来るから」とらいおんさんが言って、見守り、
ちょっとだけ手助けすることもある。

「やれば、できる、出来るようになる」という経験をたくさん積ませていきたい。




さて、本日の贈り物について

息子が、本屋さんやおもちゃ屋さんで、
「あれが、ほしい。」とか見た目で選ぶけど、
けっこう、今の年齢では難しいだろうなぁと思うものを選んだりするし、
特に、買ってあげるつもりで行ったわけでもないので、
「年齢的に、まだ難しいと思うよ。」と言ってあきらめさせることがある。

まあ、サンプルがあって、実際に遊べたりして、
難しいと言うことがわかると息子も納得させられるのですが、
ときには、「難しくてもいいの。」と息子から反論されることもある。

でも、興味があって、買っても、
結局、おもちゃ箱から出さない、遊ばないおもちゃたちが家にはある。

だから、
最終的には、買わないことの方が多い。

でも、最近は
昔は、難しくて遊ばなかったおもちゃを取り出して、
遊んだりするようなときもある。

今は、難しくて遊ばなくても、
息子自身が興味を持ったものだから、
しばらくたってから、数年後にも興味を持って、遊ぶのかもしれないなぁ。

だからこそ、
一概に、今難しいということだけで判断するのは、止めようかなぁ。
と最近思い始めてきました。


「難しい」と息子に言っているけど、
らいおんさんも、「難しい」と言われていることがあるなぁ。

職場の会議で、
「自由活発な意見を出し合いましょう。」と言われて、
建設的に、前向きに思ったことや考えたこと、アイディア、イメージなどを
発言したり、提案したりするけど、

大抵、「それは、無理でしょう。難しいでしょう。」と言われて
一蹴されてしまう。

そんな風なことありませんか?


現状の体制だったり、システムだったり、設備では、
確かに、無理、難しいかもしれない。

けれど、
建設的に、前向きに思ったことや考えたこと、アイディア、イメージなど
なのだから、現状と照らし合わせて判断するのは、いかがなものかと思う。

また、やってもいないことを評価するのも、いかがなものかと思ってしまう。

それに、
自分の思ったことや考えたこと、アイディア、イメージなどを
頭ごなしに「無理でしょう。難しいでしょう。」とか言われると
何だか、自分を否定されたようにも感じてしまう。


やってもいないこと、行動してもいないのに、
「無理でしょう。難しいでしょう。」と人から言われたりすることもあるけど、
自分自身でも
やってみて、行ってみて、行動してみて、どんな結果になるのかを
想像、イメージしたりして、あきらめてしまっていることが
たくさんあるようにも思う。

望んでいる結果を想像、イメージできなかったからと言って
あきらめてしまうのもどうかと思う。

その想像、イメージした結果だけで、
やってもいないこと、行動してもいないことを
評価してしまうのはどうかと思う。

その想像、イメージした結果どおりのときもあれば、
違う結果になることだってある。


だからこそ、
やってもいないことを評価するのはやめよう


やってもいないことを評価して、
やらない、行わないのは、
本気でやってみたい、行いたいと思っていなかったのだろう。
単に自分自身に対して言い訳をしているだけのようにも思う。

望んでいる結果を想像、イメージできなかったのなら、
それは、望んでいる結果に対しての手段、方法、アプローチが
違ってたのかもしれない。

望んでいる結果となる他の手段、方法、アプローチがあるだろう。
それを見つけるようにすればいい。


それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。

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ちなみに、明日は、
どうしたら、その他大勢から抜け出せるか、常に考えよう
をお届けする予定です。
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贈り物一覧 0210~0220

2010-02-20 | Weblog
こんにちは。らいおんさんです。

【らいおんさんからの贈り物 「バージョンアップ編」】を
みなさんにお届けしております。

初めてご覧になる人や
しばらくご無沙汰の人や
過去の贈り物をもう一度という人

そういった人の為に、
毎月10日、20日、月末に贈り物一覧をお届けいたします。

贈り物一覧から、お好きな贈り物が決まったら
左のカレンダーの日付の贈り物の日をクリックしてください。


それでは、バージョンアップして
明日もHappyになりますように。



2010-02-11
 選択・決定・決断・判断することが目的ではない

2010-02-12
 どう思い、どう考え、どう行動するか、自分で決める自由がある

2010-02-13
 まっすぐ進むことも、方向を変えることも、進まないと決めることもできることを知る

2010-02-14
 ブレーキばかり踏んでいたら、目的地へは辿り着けない

2010-02-15
 今、目指している先には、何があるのかみえているか

2010-02-16
 迷ったら「人の人生を良くすることができるだろうか」と訊く

2010-02-17
 時には、考えるのをやめ、運に任せよう

2010-02-18
 賛辞を拒否することは、賛辞を述べてくれた人を拒否するのと同じ

2010-02-19
 当たり前だと思うと感謝しなくなる

2010-02-20
 どんな結果を求めているのだろうか
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