象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

パンストの幾何学と極小曲面〜ポアンカレ予想の奇悲劇、ちょっと休憩

2021年03月26日 07時08分45秒 | 数学のお話

 前回”その6”に寄せられたHoo嬢のコメントに、”パンストの幾何学って、パンストって針を突き刺すと伝線するけど、そのパンストが特異点という針に触れて伝染しない様に用心深く手術しようとしたんだけど、ピーンと(極限に強く)張ったパンストならば変形のしようがない。
 つまり、境界を持たないシームレスのパンストは単連結だから変わりようがないって事よね。これがポアンカレの幾何学でサーストンの幾何学は必要なかったって事???”
とあった。
 数学のセンスを匂わせる、見事な質問である。

 正直言うと、私も100%理解して書いてる訳でもない。ひょっとしたら半分も理解してないのかもしれない。
 でもそういったコメントが届くと、何かを閃いたりするもんだ。
 事実、若い人の感性というのは、老いた脳を活性化させるに十分すぎるものではある。
 勿論、”パンストの幾何学”とは”石鹸膜の幾何学”を勝手に捩ったものだ。


石鹸膜の幾何学

 しかし私は答えに困った。パンストの幾何学をどうポアンカレの幾何学に結びつけようか迷ったのだ。
 前回の復習になるが、paulさんの言葉を拝借して、ポアンカレ予想の解法を簡潔に説明する。
 ペレルマンは新たに、放物線リスケーリングという観察の効果とエントロピーという計量の概念を使い、サーストンの壁をうまく回避したんですが。エントロピーで得られた多様体の不変な計量の様をハミルトンのリッチフローで時間を逆行させ、リスケーリングという魔法の顕微鏡でスロー再生し、じっくりと観察しました。
 そこで得られたのが、「局所非崩壊定理」という(葉巻型特異点の様な)”多様体の崩壊はあり得ない”という事でした。
 これは、葉巻型特異点が一瞬にしてパッと消える事はあっても、パフっと萎んで(局所的に)潰れる事はない。
 これを証明する事こそがサーストン予想(野心)に代わる最大の壁になったんです。当然、無限回の手術を有限時間内に終わらせるのは不可能です。時間の始点と終点を結びつけても、ループを延々と回り続けるだけですね。
 これこそがハミルトンが陥った大きな罠でした。

 ペレルマンは思考を変換し、”自明な基本群を持つ閉(コンパクト)多様体は無限界の手術を必要としない”という近道を模索します。
 そこで閉曲線を境界とする”極小曲面”である石鹸膜の幾何学を使ったんですね。
 因みに極小曲面とは、与えられた閉曲線を境界とする面積最小の曲面の事で、平均曲率が曲面上の至る所でゼロとなる曲面です。
 例えば、針金に張る石けん膜は表面張力により面積が極小になり、平均曲率は0となります。言い換えれば、針金の枠の形が決まれば、枠内の曲面の形は1通りだけ(この部分は”とね日記”サンを参照です)。
 故に、極小曲面では小さな鋭い突起(特異点)が出ようとすれば、石鹸膜が弾けるのと同じ原理ですね。
 つまり、閉じた極小曲面は位相的にはですが、変形のしようがない。これは、手術痕の切断面(ネック)から胴体を伸ばす事が出来ない事を意味します。それだけの面積がないから明らかです。
 この事は、”多様体が位相的には変化しない”と同義ですね。
 以下でも述べますが、この現象は石鹸膜でなくてもパンストでも応用できます。 

 それに閉じた極小曲面であるには、”閉(コンパクト)多様体が境界を持たない単連結である”必要があります。故に、多様体が球面である事を(有限時間内に)確かめる事が出来る。
 これこそが「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相である」というポアンカレ予想の解法である事は明白で、結局ポアンカレ攻略には、石鹸膜の幾何学が必要であって、サーストンの野心(予想)は必要なかったんです。


パンストの幾何学

 そこで、石鹸膜の幾何学を”パンストの幾何学”に置き換えて説明してみます。
 あまり堅苦しく考えずに、エロい光景を浮かべながら眺めて下さい。

 ハミルトンプログラムを逆行させ、リスケーリングとエントロピーという2つの新たなツールを駆使し、多様体というパンストが伝線しない様に、特異点という針を用心深く取り除きながら、最終的には満遍なく均一に張り詰めた”極小曲面”という平均曲率0のパンストに仕上げます。
 この”安定”した極小曲面は、(位相的には)それ以上変形のしようがないから、この作業は延々と続く事はない。
 故に、ここまで来るとパンストが中途にビーッと伝線する様な、ハミルトンを終生悩ませた”葉巻型特異点”が介入するスペースを全く与えない。確かに、不安定な引っ張りがパンストを伝線させますもんね。
 これを数学的に言えば、「局所非崩壊定理」(多様体はリッチフローの最中に崩壊できない)というポアンカレ予想の中核をなす定理をペレルマンは経由し、”葉巻型特異点”は崩壊しない。つまり、そんな特異点は発生しない事を証明します。

 この均一に張り詰めた状態のパンストが(ポアンカレ予想を満たす)閉じた極小曲面である為には、境界のないシームレスなパンストである必要がある訳で、これをトポロジー理論で置き換えると、”閉じた(コンパクトな)多様体が(境界を持たない)単連結である”となる。
 堅苦しく言えば、”自明な基本群を持つ閉(コンパクト)多様体”となる。
 これこそが”単連結な3次元閉多様体は球面と同相である”というポアンカレ予想だったんですね。そして、このパンスト(3次元閉多様体)が最終的には丸い球面に収まる事で、ポアンカレ予想に決着をつけたんです。
 トポロジー的に言えば、”多様体は位相的には変化しない”ですね。

 勿論、サーストンの幾何学(基本要素が決まれば3次元閉多様体の構造を特定できる)はハミルトンプログラムを走らせるのに必要でして、しかし(3次元閉多様体はたかだか8個だ)というサーストンの予想(野心)までは必要ではなかった。
 ペレルマンは証明の途中で、偶然にもサーストンの野心の裏を突いたんですね。
 

最後に

 大まかに、ペレルマンの石鹸膜の幾何学(極小曲面)を使った解法をパンストの幾何学?を交えて説明しましたが。
 前回”その6”のイラストでも紹介してますが、極小曲面といっても針金枠内の局面の中で最小面積の曲面となる訳ではなく、幾通りの石鹸膜を作る事が可能です。
 しかし、その膜を胴体を作る様に無理に引き延ばそうとすると、パーンと弾けて消え去ってしまう。その胴体こそがハミルトンを終生悩ませた葉巻型特異点でしたが、その厄介な特異点が発生しない(消える)事に運良くペレルマンは気付いたんです。
 つまり伝線しないパンストを、ペレルマンはトポロジー上で証明したんですね。確かに現実には、パンストが伝線する事なくパーンと消えてなくなる事はないんですが、伝線しないパンストを作る事は不可能じゃない?

 ペレルマンの解法は、余分な贅肉をバッサリと削ぎ落としたシンプルな証明だっただけに、多くの数学者がついていけませんでした。
 でもこの異常なまでのシンプルさこそが、これからの数学に求められる最も大切なものではないでしょうか。
 パンストの幾何学に見合ったイラストがなかなか見つからなかったので、仕方なく商品宣伝用の写真を載せてます(悲)。
 あしからずです。



12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
半分くらいは (HooRoo)
2021-03-26 17:16:43
なんとか当たってたってわけね
単連結のところがよく分かんなかったけど
まるで伝線しないパンストをペレルマン先生が発明したって感じかな

でもやっぱり難しいわ^_^;
返信する
パンストとトポロジー (hitman)
2021-03-26 17:42:07
パンストは女性の足をきれいに見せるだけでなく
トポロジーの分野でも大きく貢献したってことですよ
転んだサンはいつかトポロジーとは(穴を開けることなく)自由に粘土をこねるような作業と言ってたけど、パンストを伝線させることなく弄くりまくるエロチックな作業なんですかね

実際にはもっともっと難しいんでしょうがでも少し興奮してしまいました。写真もシンプルですし実にエロいですよぉ👅
返信する
極小曲面 (腹打て)
2021-03-26 19:15:54
には安定したものと不安定なものがあるけど
安定したものは曲率がゼロに限りなく平均してるし、不安定なものは曲率がバラバラ。つまり、歪みが大きいんだ。ジャボン玉もたわたわと揺れてるのはすぐに弾けちゃう。
これはエントロピーの定曲率の多様体の特性に通じる所なんだけど、これをペレルマンは数式を使って、前回で転んだ君が書いてる”多様体が強く湾曲できない”を証明したのかな。

結局、極小曲面は強く歪む事は不可能だから、普通の特異点は存在しても、厄介な葉巻型特異点は存在しない。
つまり通常の特異点は単連結の丸いシャボン玉みたいに1点でパーンと収束する。葉巻型特異点はエンドウ豆が挟まった傘みたいにべシャっと潰れる事はない。

葉巻型特異点が存在しない事でポアンカレ予想に決着をつけたんだけど、転んだ君が言ってるように、伝線しないパンストが存在する事を証明したようなもんだね。
返信する
Hooさん (象が転んだ)
2021-03-26 19:44:57
いえいえ、凄くいいとこ突いてると思いました。こちらこそ勉強になりましたよ。
伝線しないパンストこそがポアンカレ予想の中核だったんですね(冗談)。
ま、難しい所は私もわからないのでお互い様です。
返信する
hitmanさん (象が転んだ)
2021-03-26 19:50:46
言われる様に、数学とエロは不思議と引き合ってる気がします。
伝線しない様に弄り続けていれば、パンストの全容がなめらかなものであるべきという特質に行き着くんでしょうか。
3次元多様体とパンストは意外にも共通する部分がありますね。
返信する
腹打てサン (象が転んだ)
2021-03-26 20:01:31
確かに、パンストが伝染しない為には、安定した極小曲面である必要があります。
エントロピーの概念を使い、この安定した極小曲面を3次元閉多様体に置き換える事で、均一に張り詰めたパンストは強く変形できない事にペレルマンは運良く気付きます。
これが厄介な特異点が存在しないという決め手になり、ポアンカレ論争に決着をつけるんですが、石鹸膜を思い浮かべる所が凄いんですよ。

ペレルマンが描いた、ハミルトンフロー→リスケーリング→エントロピー→極小曲面という流れは見事すぎますね。
返信する
伝線したストッキング (tokotokoto)
2021-03-27 03:04:20
ってとてもセクシーですよね。
ヒロシの番組に出てた北欧のカップルがイチャツキすぎて、ミニスカートから伸びたストッキングが伝線しまくりでした。
いつもは冷静なヒロシも興奮してました。
向こうの人は全てにオープンだから、ストッキングの伝線なんて殆ど気にしないんでしょう。
でもとてもセクシーだったですね。
勿論もともとの体型もセクシーなんですが。

ということでテーマに添えず失礼しました。
返信する
tokoさんへ (象が転んだ)
2021-03-27 06:51:48
素足に自身がある外国人にとってストッキングは必需品でもなく、オマケみたいなもんでしょうね。
伝線しようがそれもお洒落になり、魅力になる。むしろ伝線を異常なまでに気にする日本人のほうが奇怪なのかもしれません。

まるで葉巻型特異点なんて無視すればいいと、ペレルマンに訴えかけてるようですね。
返信する
石鹸膜の幾何学 (paulkuroneko)
2021-03-27 07:41:09
現実にはパンストの場合、石鹸膜とは異なり、伝線という葉巻型のような厄介な特異点が存在しますね。
石鹸膜では、1点に収束してパーンと弾ける(なくなる)ような単連結な3次元閉多様体をイメージできます。それに極端な曲率を生む無理な変形が出来ないこともイメージ可能です。
しかし、トポロジーの粘土細工みたいに穴を開けることなく、自在にこね繰回すという点ではパンストのほうがイメージしやすいですね。

パンストと極小曲面の関係では、金魚すくいの網を思い出しました。これも究極の極小曲面ですよね。ただ、破れる様は究極の葉巻型特異点でもありますが。
返信する
ストッキングって (HooRoo)
2021-03-27 13:55:05
伝線しない方法として
ペレルマン先生がやったように
特異点という爪の先なんかの尖った点を出来るだけ避けること

意外に知られてないのが正しい履き方
ストッキングを伸ばした状態で履くと伝線しやすいから丸めて履くようにするの
でも素足に自信がある人は伝線なんか最初から気にしないわよね
返信する
paulさん (象が転んだ)
2021-03-28 01:12:33
確かにパンストは石鹸膜とは異なり、極端な変形にも耐えますね。
言われる様に、金魚すくいの網のほうがイメージしやすいです。
ただパンストも金魚すくいの膜も1点に集中して収束することはないので、単連結という訳にはいかないんですが。
パンストの幾何学とは、3次元の閉多様体としてみると少し無理がありますね。
返信する
Hooさん (象が転んだ)
2021-03-28 01:20:11
paulさんが言われたように、ストッキングの伝線こそが厄介な葉巻型特異点のようなもんですが。
ペレルマンはストッキングには細々な穴は修正できるが、厄介な伝線は存在しない事を証明しました。
つまり、Hoo嬢が言ってるように、ストッキングを丸めるようにして履くことで葉巻型特異点が現れないように用心深く成形したんでしょうか。
返信する

コメントを投稿