象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

寒波の中での孤立〜真夜中の訪問者”その125”

2023年02月25日 09時54分38秒 | 真夜中の訪問者

 まるでロングムービーを見てるような長く長く感じた夢だった。
 夢の舞台は、バラエティ番組のとあるロケ地で、私は”とんねるず”の石橋と木梨と共に、バイクツアーの収録をする事になっている。そこに、アイドルタレントの女が1人加わる訳だが、誰だか覚えていない。だが、この奇妙な組み合わせに変な予感がしなくもなかった。
 しかし寒波が明け、春を感じさせる頃だったので、バイク日和には丁度良いと思われた。

 午前中は順調だ。
 石橋とタレントの女は免許を持っていないので、私が石橋を木梨が女を後ろに乗せて走る。高速という事で約2時間ごとに休憩を取り、私と木梨がツッコミを入れ、石橋とアイドル女がボケるというツーリングバラエティならではの展開だ。
 インターチェンジで昼食をとった後、いきなり天候が変わった。雨が降り出し、私達4人は雨ガッパを着る羽目になったが、雨の日のバイクは最悪である。
 予想された如く、お尻の辺りから雨水が染み込んできた。ディレクターを含む他のスタッフらは車に乗ってるから、何ら不自由もストレスもないが、我等4人は不満タラタラである。

 私は”今日は収録を中止にしよう。雨の日はただでさえレンズが曇るから撮影にはならんね。苦労するだけ無駄ってもんだ”とディレクターに言い放った。
 これには、とんねるずの二人もアイドルの女も賛同する。
 特に木梨は、”雨の日の高速はタイヤがスリップするから余計に危険だよ。初日という事で、ここら辺で今日は止めにしよう”
 しかし、ディレクターは引かない。
 ”初日をボツにすると予定が狂うし、それに唯でさえ少ない予算を無駄にしたくはないんだ”
 ”芸能界も不況なんだよな”
 石橋がため息をつく。


 しかし、ディレクターの願いが通じたのか、晴れ間が覗いてきたではないか・・・
 雨合羽を脱いで、その後は順調に収録が進んだ。晴天の元でのバイクツーリングは、最高の一時を齎してくれると皆が信じ切っていた。
 石橋が後ろから囁く。
 ”俺も大型バイクの免許取ろうかな”
 私は”中型で十分だ。大型は転倒した時が怖いから・・”
 事実、夢の中の私は中型の免許を持ってはいるが、実際の私は原チャリすら運転できないでいる。

 車の中のスタッフらは、私達が羨ましく思えたらしく、収録の合間にはバイクを操る者も現れた。カメラマンがバイクを運転し、後ろに乗った私がカメラを抱え、撮影する。やがて車の中の石橋がツッコミを入れ、木梨が我らのバイクを煽る。全く楽しくも愉快な一時であった。
 しかし、愉快だったのはそこまでで、我らをあざ笑うかのように、天候が悪化する。
 みぞれ混じりの雨が降り、冷え込んだ強風と共に我らの身体を容赦なく叩きつけた。
 やがてみぞれは雪へと変わり、獰猛な寒波となっていく。
 夕方になると、高速には雪が積もり始め、バイクのタイヤはスリップし、収録どころではなくなった。
 最悪を回避する為に、スタッフらは押し問答の議論の結果、高速を下りる事を決断する。

 近くにカーショップなどがあればチェーンを用意できるのだが、店という店が殆どないような片田舎だったので、とにかく宿泊するホテルを探し、収録を一旦中止する事にした。
 日が暮れると急激に冷え込み、道路には雪が更に降り積もっていく。このままじゃ、バイクだけでなく車も身動きが取れなくなる。
 我らは、道路沿いの空き地に車とバイクを一旦留めた。

 こうなると2台のバイクは邪魔なだけである。押して行く訳にも行かないし、車の中はスタッフと機材で満杯である。我らが乗り込むスペースは殆どない。
 アイドル女が泣き顔になる。
 ”このままここで凍え死にするのかな”
 私は最悪を想定した。
 ”収録を全て中止し、バイクと機材をビニールシートで覆って、何処かに置いていこう。とにかく今は我ら人間の命が最優先だ”
 ディレクターは迷っていた。
 ”そうは言っても、車だってチェーンがなければ走れないし、走れたとしても泊まる所が見つからなければ、車の中で凍え死ぬだけだろう”
 ”しかし今は他に選択肢はない”
 スタッフを含めた我ら8人は、機材を全て降ろし、2台のバイクと共に、雪や風が吹き込まない所へ運んでいき、ビニールシートを被せた。
 我らは車の中に潜り込み、冷え切った体を温めるが、中々暖かくならない。 

 石橋が言い放つ。
 ”まさか、今夜は皆が寄り添って車中泊ってなるのか?”
 木梨が首を降る。
 ”車中泊でなくとも、このまま運転して渋滞にでも巻き込まれれば、一酸化炭素中毒で全員死亡だね。あの時、諦めときゃよかったんだ”
 私は、皆の不安を紛らわす為に陽気に振る舞う。
 ”しかし高速を下りたのは大正解だった。今頃高速は渋滞で大パニックだろうから。それに比べれば、見通しはまだ明るい。とにかく、この田舎道を何とか走り続け、暗くなる前に宿を探そう。今はそれしかない”
 スタッフの1人が口を挟む。
 ”でもこの近くに、8人が泊まれる宿なんてあるのかな”
 あるスタッフは1つの提案をする。
 ”公民館でも図書館でも市民センターでもいいから、寒さをしのぐ施設を探そうよ。もし見つからなければ、近くの村役場に電話して救助を頼むとか・・・”
 私はため息をついた。
 ”とにかく、今夜を越せれば何とかなるだろうから、コンビニでもスーパーでもあれば助かるんだけど・・”


 その間にも雪は降り積もり、道路と畑の区別できない程の白銀の世界になっていく。
 スマホを必死で弄ってたアイドル女がある施設を発見する。
 ”ここに店らしきものがあるわ。ココから10キロほど離れたとこだから、チェーンなしでも行けるかな”
 みんなが一斉に同意する。
 ”とにかくそこを目指そう。今はその店らしきものに頼るしかない”
 ゆっくりと車を田舎道に乗せ、スリップしないよう注意深く運転する。運良く田舎道は雪は降り積もったままの状態で、通行車も少ないから凍結だけは免れていた。
 速くても20Kほどしか出せないから、目的地につくのに1時間ほど掛かった。
 だが、”店らしい”と思った所は、廃墟と化したスーパーだった。
 皆が皆無口になる。
 ディレクターが叫ぶ。
 ”とにかく、警察か消防に助けを求めよう。でなければ村役場だ。1人1人が各自電話番号を調べ、電話すれば何かに引っかかる筈だ”

 しかし、回線が混雑してるせいか、電話が全く繋がらない。繋がったとしてもプープーとなるだけである。
 ガソリン車だったから車内は暖かくはあったが、アイドリングを続けてたので、ガソリンは次第に少なくなっていく。更に、スマホやタブレットのバッテリーも寒さからか急速に減っていく。
 ”電話が通じたとしても、救助を求めたとしても、この田舎じゃ物理的に無理だろう”(木梨)
 ”じゃ、この廃墟に泊まるってこと?”(アイドル女)
 ”死にたくなかったら、確率の低い救助を当てにするより、目の前にある廃墟を当てにしたほうが助かる確率は少しは高いと思うんだが”(私)
 ”幸運と奇跡は急げだ。廃墟の中を調べてみよう。4人は残り、電話を続けてくれ、さあダメ元で調べよう”(ディレクター)

 ディレクターと私は廃墟と化したスーパーの前に立った。閉ざされたままの分厚いガラス戸が仁王立ちした鬼のように思える。
 私は裏に周り、出入口を調べるも鍵が掛かったままである。車に戻りスパナを持ち出し、ガラスを叩き割った。
 店内はガラーンとしてて、食料品などの在庫は殆ど何もない。奥の事務所を見渡したが、廃墟にしては少しはまともだった。
 ”ココなら一晩は過ごせるかも・・”(石橋)
 ”でも何か燃やすものがないと寒さはしのげない。何か燃やすものでもあれば・・”
 私は裏の倉庫に周り、色々と探すがめぼしいものは何もなかった。


 スタッフの1人が、アルミ箔で薄いスポンジをコーティングした断熱風のシートを見つけてきた。
 ”これがあれば、断熱材にはなるかな”
 ”もし、このスーパーでの野宿がダメだったら、車を倉庫の中に入れ、アルミシートで車の窓を全て覆い、そこで車中泊でもするか”
 我等4人は裏口の古びて錆びついたシャッターを何とかこじ開け、車の中のスタッフらに裏の倉庫に車を入れるようスマホで指示した。
 寒波に長く晒され、冷え切った車だったが、分厚く積もった雪が保温剤の役目を果たしてたのか、思った程冷え込んではいない。積もった雪をかき分け、窓を全てアルミシートで覆うと、少しだが暖かくはなってきた。
 ”これで、少なくとも凍え死ぬ事はないだろうな”
 とスタッフの1人が安堵の声を漏らす。
 ”いや、俺たちは昼から何も食ってない。熱源がない上に胃袋の中も空っぽだ。何か温かいものでも食いたいんだが、何処探してもありそうにもないし・・・”
 ”ここで餓死する訳にも行かない。とにかく何でもいいから探そうよ”とディレクター。

 みな冷え切って衰弱した体にムチを打ちながら血眼で何かを探す。勿論、廃墟と化した倉庫の中に何かがある筈もない。
 皆が皆、寒さと作業で疲れ果て、体力は極限にまで消耗していた。
 寒さに耐えかねた木梨が車の中に入り込むと、残りもそれに続く。
 ”これで少しは温もるのかな” 
 スタッフの1人が後部トランクからキャンプ用のアルコールストーブを見つけ、焚いてくれていた。
 私は近くに散らばってる古雑誌を破って丸め、ジャンパーの中に詰め込み、防寒服にした。ある者はダンボールを敷いて、ある者はビニールシートを体中に巻きつけ、寒さをしのいだ。
 ”人はこうやって死に至るのか”と思ってる内に、ウトウトと眠くなっていく。

 しかしココからが変で、目が覚めるとあるお土産屋にいる。そこで、みんな元気にお土産を買い漁ってるではないか。
 ”あの寒さは何処へ行ったのか?どうやって俺たちは助かったのか?”
 アレレと思ってるうちに夢から覚めた。


最後に

 夢だったから良かったものの、実際にあんな場面に遭遇すれば、8人とも凍死してたであろう。
 人間は思ってる以上に簡単に死ぬ。呆気ないほどにあっさりと死ぬ。
 夢の中だったから、そこまで寒さを感じなかったが、意外にも皆冷静に振る舞ってたようにも思えた。
 今冬は、地球温暖化をあざ笑うような寒さである。2月末だというのに、深夜は0℃になる事も珍しくない。九州でこんなだから、東北や北海道は異次元の寒さだろう。
 夢の中だから良かったものの、現実にあの様な寒波が襲ったらと思うとゾッとする。



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