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”バーゼル”の難関に挑んだ3人の男たち〜猿でも解る?バーゼル問題”その2”

2021年09月23日 14時44分39秒 | 数学のお話

 昨日の「その1」では、”バーゼル問題”の起源と歴史と、その難関に最初に挑んだヤコブヨハンを始めとしたベルヌイ一家の苦難を紹介しました。
 そして今日は、このバーゼルの壁に果敢に挑んだ3人の数学者を紹介したいと思います。 
 昨日とは異なり、いきなりハードルが高くなりますが、悪しからずです。


ダニエルとゴールドバハ

 スイスのバーゼル在住のベルヌイ一族の長であるヤコブの努力も虚しく、その解決を一族や地元の数学者たちに託した為、”バーゼル問題”と呼ばれた。
 バーゼル問題に関しては、多くの優れた解説がありますが、ポリア及びヴェイユ、ダンハムの著書を参照にした、「バーゼル問題とオイラー」(杉本敏夫、2007、PDF版)から一部抜粋して説明します。

 現代では、望遠鏡の鏡筒の畳込みに似た、長い級数の隣り合う項同士が互いに帳消になる”望遠鏡級数”の和をTとすると、
T=1/2+1/6+1/12+1/20+1/30+・・・=(1−1/2)+(1/2−1/3)+(1/3−1/4)+(1/4−1/5)+(1/5−1/6)・・・=1となる。
 そこでTとQを項目別に比較判定すると、1/4<1/2、1/9<1/6、1/16<1/12、1/25<1/20、1/36<1/30、、、から、Q<1+T=2が導き出せる。
 これは、Q=1+1/2²+1/3²+・・・<1+1/1・2+1/2・3+・・・=1+(1−1/2)+(1/2−1/3)+・・・=2、とした方が判り易いですかね。
 ヤコブは「無限級数の扱い」の中で、上の”比較判定法”を用いて、逆平方数の級数Q<2を証明します。つまり、この級数の無限和が収束し、かつ2よりも小さい事までは何とか漕ぎ着けました。

 ヤコプの甥でヨハンの2男のダニエル(1700−82)は、ヤコブの死後23年の1728年に”Q〜8/5”を与え、同年にクリスチアン•ゴルドバハ(独、1690−1764)は、”41/25<Q<5/3”を与えたとされます。
 事実、これを確かめる為に、Qを様々に変形し計算してみます(各値は元のQに等しい)。
 Q₁=(1+Q)−T=1+(1−1/2)+(1/2)(1/2−1/3)+(1/3)(1/3−1/4)+・・・=1+1/1・1・2+1/2・2・3+1/3・3・4+1/4・4・5+・・・=1+1/2+1/12+1/36+1/80+・・・、
 Q₂=(1+Q)−T=2+(1/2)(1/2−1)+(1/3)(1/3−1/2)+(1/4)(1/4−1/3)+・・・=2-1/1・ 2・2−1/2・3・3−1/3・4・4−1/4・5•5−・・・=2−1/4−1/18−1/48−1/100−・・・、
 Q₃=(1/2)(Q₁+Q₂)=(1/2)(3+1²・2²+1/2²・3²+1/3²・4²+1/4²・5²・・・)=1/6+1/8+1/72+1/288+1/800+・・・、
 Q₄=(1/3)(Q₂+2Q₃)
=5/3−0−(1/3²)・(1/2²)−(1/4²)・(2/3²)−(1/5²)・(3/4²)−(1/6²)・(4/5²)−・・・=5/3−1/36−2/144−3/400−4/900−・・・、
 Q₅=(1/5)(2Q₃+3Q₄)=(1/5)(Q₁+2Q₂+2Q₃)
=8/5+1/5・1²・2²+1/5・2²・3²−1/5・3²・4²−2/5・4²・5²−3/5・5²・6²−・・・=8/5+1/20−1/720−1/1000−1/1500−・・・、

 そこで、収束の速さを比較する為、各級数の初めの5項までの和を比較すると、Q₁=1.623611・・・、Q₂=1.663611・・・、Q₃=1.643611・・・、Q₄=1.6175・・・、Q₅=1.647611・・・、
 すると、Q₃とQ₅の値はQに比較的近く、しかもQ₄<Q₁<Q₃<Q<Q₅<Q₂の関係にある。
 故に、Q₅の初項8/5はダニエルの、Q₄の初項5/3はゴルドバハの右辺の根拠であるが、ゴルドバハの左辺41/25は、もう少し複雑なQの変形である事が解る。
 昔の偉大な数学者たちは、様々に級数を変形する事で(気の遠くなる様な試行錯誤の結果)、Qの値の近似を(ヘビが真綿を締め付ける様ににして)求めていったんですよね。


スターリングの差分法

 ダニエルやゴールドバハ以外で、オイラーと同時代の数学者もこの超難関の”バーゼル問題”に取り組んだ。
 ジェームス・スターリング(英、1692−1770、イラスト)の「差分法、又は総和と補間の論考」(1730)の”差分法”は、そのいい例である。
 A/(x(x+1))+B/(x(x+1)(x+2))+C/(x(x+1)(x+2)(x+3))+・・・=A/x+B/(2x(x+1))+C/(3x(x+1)(x+2))+・・・という命題(差分法)をまず証明します。
 スターリングは、逆平方数の級数Qを求める為に、差分法と関連付け、級数を巧妙に変形しました。
 即ち、Qの級数を途中まではまともに計算し、或る項の1/u²から後の項の和をP(u)と置いた。
 このP(u)これを求める為、補助変数a,b,c,d...をa=1/u、b=a/(u+1)、c=2b/(u+2)、d=3c/(u+3)、、、の関係式で定めれば、後の項の和P(u)は(上の命題を使えば)、”加速式”P(u)=a+b/2+c/3+d/4+・・・を得る事を証明します。
 これは、先述した級数Qの様々な変形にも似た、巧妙な技巧による賜物でもある。

 実際に数値例として、Q(12)=1+1/4+1/9+・・・+1/144=1.5946976638までは普通に計算する。
 これに、後の項の和P(13)=1/169+((1/169)/14)/2+(2((1/169)/14)/15)/3+•••=0.079957427を加え、Q=1.644934065を示した。
 結果の先取りではあるが、Q=π²/6=1.644934067であるから、スターリングが計算した値は少数点以下8位まで一致し、オイラーの少数以下11位に次ぐ、非常に精度の高い値でもあったんですね。
 勿論、項数を増やせばそれだけ計算もややこしくなるが、精度も高くなる。故に、スターリングのこの近似値こそが、バーゼル問題攻略の一刺しになったと言えなくもない。

 逆平方数級数の近似値として、初めて?精密な値を弾き出したスターリングですが、同時代のオイラーにとっては大きな刺激になった事は間違いないですかね。
 確かに、1928年のダニエルやゴールドバッハの近似値である8/5(=1.6)や41/25(1.64)~5/3(1.666・・・)とは一線を画す程の精度の高さでもある。
 ただ、スターリングはバーゼル問題の精密な値を求めたが、バーゼル問題の素性そのものを突き止めたオイラーは、やはり群を抜いてたと言わざる終えません。


 珍しく短いんですが、キリのいい所で今日はお終いです。
 まだ”バーゼル問題”の序盤戦を紹介しただけですが、ヤコブ・ベルヌイと弟のヨハンに始まり、その甥のダニエルや同世代のゴールドバハ、それに(ダニエルの友人で大学の後輩でもある)オイラーと同世代のスターリングらの偉大な数学者たちも、既にこの難関に取り組んでたんですね。
 つまり”誰でも解る”というのは、嘘でもあり本当でもあり、バーゼル問題を攻略するには、ヘビの様な獰猛な考察と真綿を締付ける様な洞察力とが求められるという事ですね。

 次回は、オイラーによるバーゼル問題の深くて重い4つの考察について述べたいと思います。



6 コメント

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オイラーの加速式 (paulkuroneko)
2021-09-23 16:40:15
スターリングの加速式というのが、バーゼル問題攻略の火蓋を切った事は確かですが、ヤコブも様々な加速式を考案してたとされます。
オイラーもそういった情報は得てた筈ですから、様々な加速式を考案し、より精度の高い近似値を求める事に躍起になってました。
しかしどんなに近似値を求めても、直接の値になる筈もなく頓挫仕掛けた所に、πの二乗というバーゼル問題の素性が偶然目の前に現れたとオイラーは語ってますが、あくまで結果論のような気がしますね。

無限積と無限和、それにsinの級数展開とπの関係などは、常にオイラーの頭にあったんでしょうか。
しかし、精度の高い近似値を求める苦難の道のりがなかったら、バーゼル問題の素性を閃く事は不可能だった様に思います。
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paulさん (象が転んだ)
2021-09-24 02:00:24
そうなんですよね。
偶然というより、精密な近似値を求める流れの中での快挙だと思うんです。
そういう意味では、スターリングの加速式なんて凄い提案だと思うし、1674年のグレゴリ級数では(円上の)角度が級数の形で表される事が判ってましたし、バーゼル問題を解く土壌は揃っていたような気もしますが・・・
でも書いてても気の遠くなりそうな偉業ですよね。
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ライプニッツ級数 (UNICORN)
2021-09-24 10:26:08
ヤコブが調和級数の発散を証明したのは1689年で、平方数の逆数の級数が収束するのを証明したのが1692年でした。
そしてヤコブの甥のダニエルが平方数の逆数の級数が〜8/5との近似を出したのが1728年。
一方、1−1/3+1/5−1/7+・・・=π/4はライプニッツ級数と言われ、1674年に彼の手で正しく証明されていた。但し発見したのは15世紀のマータバである。
ライプニッツは微積においてヤコブの師であるから、オイラーものこの結果は知ってた筈である。

つまり、平方数の逆数の級数がπに関係することもオイラーは薄々は感じでたと思う。それにsinxの因数分解(無限積)がマクロリン展開(無限和)になる事から、バーゼルの級数展開を何とかπを含む式に帰着できないかと考えたのも容易に想像できる。
年代で並べると
1674(ライプニッツ)→1689(ヤコブ)→1692(ヤコブ)→1728(ダニエル、ゴルドバハ)→1730(スターリング)→1735(オイラー)と、ダニエルが大まかな近似値を出してから、僅か7年後にオイラーによりバーゼル問題が解かれた。つまり、転んださんが紹介した3人の辿った道が正しかったことになる。
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UNICORNさん (象が転んだ)
2021-09-24 12:02:54
グレゴリ級数θ=x−x³/3+x⁵/5−x⁷/7+・・・に、θ=π/4を代入すると、x=tan(π/4)=1からライプニッツ級数が導けるんですが。
オイラーはそれ以外にも、log(1+x)=x+x²/2+x³/3+・・・やeˣ=1+x+x²/2!+x³/3!+・・・の級数展開も理解してましたから、
着実にバーゼル攻略の階段を登ってたのは確かですよね。

詳しい考察にも近いコメントどうもありがとうです。
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そうは言っても (unknown)
2021-09-24 17:04:39
無限級数の和がπ²/6
との素性を暴いたオイラーの功績は
奇跡以外の何ものでもないと思うけど
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unknownさんへ (象が転んだ)
2021-09-24 21:53:31
確かにです。
精度の高い近似値とは言え、所詮はそのものをズバリ暴いた訳じゃないですもんね。
リーマン予想でさえ、証明できなかったら近似値に過ぎません。
そういう意味ではオイラーの偉業はもっと評価されるべきですかね。
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