電気工事の仕事に就くようになったのは、クーラー取り付け工事のバイトからです。
1浪して東京で新聞配達しながら予備校に通って大学受検したけど、失敗して沖縄に戻って2浪するか就職するかブラブラしてた頃に、家計を助けるために夏場だけクーラーのバイトをしました。
新聞にシャープのクーラー取り付けのバイトの募集が載っていて日給4,000円でした。
最初は恩納村の保養所で2日間くらい缶詰になって、クーラー取付方法の講義と実技を受講しました。バイトに応募したのは40名くらいいたと思います。
それから、自分は那覇市久茂地にあったシャープの電化製品店に配属されました。今は無いけど・・
朝8時半から夜は9時まで、クーラーの取り付けの助手でした。
クーラーは室内機と屋外機がセットになっています。屋外機が重いです。
重い屋外機を運ぶのが自分の役目でした。
それと室内機と屋外機をつなぐクーラー配管用に穴を開けるのも自分の役目です。
今はアパートや住宅にはクーラー用の配管穴は最初からあるけど、昔はほとんど配管用の穴はなく、電気ドリルで50~75mmの穴を開けていました。
といっても沖縄の家はほとんどがブロックかコンクリート壁です。簡単には穴は開きませんです。
ブロック壁だと鉄筋に当たらなければ10分、鉄筋があると15分、コンクリート壁だとほとんど鉄筋に当たるので30分以上、電気ドリルで穴を開けましたよ。
ドリルの先端が鉄筋に当たると、手をとられて手首をねんざするので緊張します。というか穴開けは怖かったですよ~
3ヶ月くらいのバイトでしたが、終わるころには胸と両腕は太くなってましたね~
最初のころはクーラー運びとか穴開けばかりでしたが、2ヶ月目くらいから屋内機の据付を任されるようになりましたが、これがまた難しかったです。
ちゃんと排水の勾配を考えて取り付けをしないと、部屋のなかに排水がポタポタと垂れて床が水浸しになります。やり直したこともたくさんあります。
一番難しいのは屋内機と屋外機のクーラー用配管の接続です。
クーラー用配管は銅配管で低圧用は太い配管、高圧用は細い配管です。
接続してからクーラー配管の内部を真空状態にしないといけないです。接続が不完全だとそこからフロンガスが漏れます。
自分の場合は力の加減がわからなくて、高圧用配管の接続部分を締めすぎて銅パイプにヒビがはいり、そこからフロンガス漏れがよくありました。
今はトルクレンチといって規定の力を超えるとカチンと空回りする便利な工具がありますが・・
当時はモンキーレンチしか無かったのですよ。力の加減を覚えるのに時間がかかりました。
最悪だったのはクーラーを取り付け後は異常がなく、翌日に冷えないよ~と苦情があり、調べてみると自分が接続した箇所がつぶれてフロンガスが漏れてたことが判明して、お客さんにあやまって取り付けをやり直したことです。
フロンガスの充填も難しかったです。よくフロンガスを漏らしてました。
今はオゾン層の破壊に大きな影響を及ぼすとしてフロンガスの規制が厳しいです。
もしかしたら、今の地球温暖化の原因は見習いのころにフロンガスを大気中にいっぱい放出した自分にあるかもしれませんね~ 環境省に通報しないでくださいね(笑)
そのように失敗ばかりして、役にたたないこ自分は先輩や店主の怒られて、泣いてしまいましたが・・・
普通なら、この仕事は向いていないとやめるところですが、負けずきらいだったので・・・
悔しくてたまらないときは、バッテイングセンターでボールを先輩や店主に見立てて、「このやろ~!誰にでも失敗はあるさ~」とバットを振りましたね~ 結構ホームランをとばしましたよ~(笑)
今だから笑い話で話せるけど、本当に失敗しながら怒られながら仕事を覚えました。
それに完璧にクーラーを取り付けたあとでお客さんに「うわ~涼しい~ クーラー屋さん、ありがとう」とお礼を言われたときは、うれしくて「お金はいりません」と言いそうだったさ~
3ヶ月ほどのバイトでしたが、それが今の自分の原点です。
あの暑い夏に100台以上のクーラー取付け工事をがんばったことは時々思い出します。
それに初めてのバイト料で友達とビアガーデンにはじめて行ったことも・・・ うんうん
その後は大学はあきらめて、公務員試験の勉強しながらテレビ屋さんのバイトをしてました。
(見習い編その2)へ続く・・・