何かを手に入れたら、それをずっと大事にしまっておくこと、それをひたすらやってたのが私の人生ではありました。
金は天下の回り物、ではないですけど、すべてのものは流転している。どんなに大事だと自分が思い、秘蔵していても、時間はどんどん過ぎていくし、やがて私はこの世からいなくなります。私の大事なものは、他人の不用品であったのです。
みんなにとって意味のないものを、大事そうに抱えて身動きが取れない、ヨタヨタ歩きのオッサンのぶざまな姿、それを自分では見えないのが痛いところです。すべては私がいなくなるまでの悲喜劇なんでしょう。
何十枚か、数えられない程度のたくさんのLPレコード、ずっと家に飾ってありますけど、今は少しだけブームなんだから、それに乗っかれば、少しはお金になるだろうけど、そんな換金するのも面倒だし、全くお金に換えるつもりのない私は、こうした死蔵を続けていくでしょう。
ちょっと前は、ヤマハのアンプが機能したんです。映像も音楽も、いろんなものを集中し差配する、それはもう優秀なアンプでしたが、もう使えなくなりました。何年前だったでしょう。それから、LPたちとの音のつながりはなくなって、ただ眺めるだけの関係になりました。
楽しい時間を共に過ごしたLPたちなので、今も好きなんですけど、今改めて音のつながりを持とうよと思っても、それができていない。だったら、アンプを修理に出せよ、と思うのに、それもやっていない。
何から何までグータラの私のせいです。過去との関係は絶たれたままです。修復しなくちゃ、といつも思っているのに、できていません。
泣き言を書いてても仕方がありません。そのうちに何とかします。そのうちです。
それよりも今は、80年代の夜の向こうから、聞こえてきた高橋幸宏さんの「神経質な赤いバラ」を思い出しました。
FMの「クロスオーバーイレブン」という番組が23時くらいにあって、ここから私たちの自分と向き合う時間があったのです。
本を読んでいるのか、インスタント焼きそばを食べてるのか、彼女と一緒にいるのか(そんな遅い時間はなかったかな?)、日記を書いてるのか、詩をひねくりだそうとしていたのか(それもあまりなかったかな?)、何かをしようとしていました。
眠くはありませんでした。たっぷり朝寝はしているし、昼寝はしてなかったけれど、まだ何かをしなくてはいけないとボンヤリ考えていたことでしょう。
勉強にすぐに取りかかればいいのに、勉強となると思考停止するし、勉強の遠い周辺で、何か関係のある、今自分の興味のある何か、それを探してみたい、そういう気持ちはあったと思います。
トンチンカンな音楽が聞こえてきます。音楽隊みたいな、遠くから太鼓やラッパ、ノコギリを湾曲させてたたいてみる「オマエハアホカ」みたいな、横山ホットブラザーズみたいな、少しおどけた音楽です。
少しずつ大きくなって、アジア的なメロディはどこかに向かうようです。私は知らない間にそのメロディを追いかけようとしている。音楽隊だから、ボーカルはありません。このメロディと一緒にどこかへ行こうよ、と誘ってくれている。
数分したら、音楽は終わり、番組のナレーションが聞こえる。津嘉山正種さんというしぶい声の俳優さんです。その中身はまるで頭に入って来なくて、ただ夜は更けていくよ。早く寝なさいよ。どこか遠くで生きてる人たちもいるけど、あなたはどうするの? と訊ねてくれているようです。
外を出歩いたりはしません。外は寒いのです。次の音楽がまた欲しくなります。次はどんな音楽? 私は何を求めているの? 私は今晩何をするの? あれこれ悩みながら、誰にもその気持ちを伝えられなくて、仕方がないから、ノートでも開いて、闇雲に何か書き込んでいたでしょうか。何かはしていたはずなんだけど……。
そんな夜の仲間の(気持ちだけ!)高橋幸宏さんが亡くなられました。LPは取り出してみました。中の解説みたいなもの、これがなかなかお洒落でした。また写真を撮ってみます。そんなことを40年後にしている私です。私の夜は、もうあんなに冗長ではありません。瞬時に終わり、すぐに朝になってしまう。夜は計算して寝るだけのものになりました。