トンチンカンなことをしています。でも、奮起して、突然にやらなきゃと、新宮の町に出かけました。何度も行くようになりましたが、それらはクルマでした。ワイドビューでわざわざ行く、ということはもうなかったし、初めてだったかもしれません。
いや、大阪の実家から、松阪経由で三重県の南に行くということもあったから、ワイドビューに乗ったのは、初めてではなかったかも……。
でも、何十年ぶりというのは当てはまっています。もう長らく忘れていました。7月からはディーゼルと電気のハイブリッド車両になるようです。そちらは、乗ることがないかもしれないな。
あまり思い入れはないですから、そんなの乗るんだったら、クルマで行こうと思うことでしょう。
だったら、新型車両は誰が乗るんだろうな。新宮の駅にはお店はなくなるし、駅員さんはみんな引っ込んでお昼くらいはガラガラです。30年以上前、新宮の駅でお弁当を買って、はるばる大阪まで特急くろしおに乗ってた頃、あの頃は私も若かったのに、今じゃあ、こんなですから、まあ、それはみんな同じですね。
30年以上経過すれば、誰だってそれなりに年を取ってしまいますね。気持ちはそのまま続いているのに、自分はその気持ちの上にいるはずなのに、実はたくさんの坂道やら、崖やら、壁ができているんでしょうね。同じ平面にはもう私はいないようです。
なのに、気持ちは、ほら、家族で何度も来たでしょう。子どもの七五三もしたでしょう。なんて、思いたがるけれど、それは無理なんだ。もう、見えないところに私はいる。
たとえ、そこにかつていたかもしれないし、住んでたかもしれないし、生活があったのに、もう遠いところです。
つまらない感傷は要らないね。
私は、ワイドビューの最後を、私なりに見に来たんだった。うちの子のあこがれの電車でした。線路沿いにあったうちの家は、23時前くらいに名古屋からの最終便が通り過ぎるんでした。
「いつも通りやね」とか、
「今日は遅いね」とか、
そのころにはもう寝ているうちの子に、「ワイドビュー走ってるね」なんて言わなくて、改めてそんなことを言うのは、奥さんに対してだった。
だから、「もう寝なきゃ。明日はお仕事だから」とか、
「こんなにして、やっと一日が終わったね。お疲れさま」みたいな、ねぎらいのことば代わりのワイドビュー確認でした。
この車両は三十年ほど、それ以前には国鉄カラーのディーゼル特急があって、私たちはそちらにも乗ったことがあったかもしれません。何だか遠い昔です。
★ 昨夜、眠くなって書いてたから、今晩、できることなら書き直します。明日の土曜日は、どこにも行かないで庭仕事でしょうか。今日は何だか、朝からすごくいい天気で、割とさわやかです。でも、昼間は暑いでしょうね。
お仕事頑張ってきます。今晩ウキウキしている自分が見えて来るようです。せいぜいそれまでは、やるべきことをやって、しっかり夜まで過ごしたいです。(2023.6.16 6:45am)