
養護学校の裏を通り、周囲を一周し西側の道に戻った。
そこから西へ伸びる道があり、その先に神社の森が見えた。
その道を西へ進み、「散歩」にある四辻を過ぎて、この写真を撮った。
神社の森は、手前の民家を覆いつくす大きさがあった。

民家と神社の間の道に左折する。道は境内にそって蛇行し、神社の入口に出た。
一の鳥居から石敷きの参道が真っ直ぐに伸び、その先に二の鳥居が見えた。

境内の右、今来た道沿いに新しい神楽殿が建っていた。

その左には、覆い屋の中に小さな末社があった。

二の鳥居の先には塚があり、そこへ上る石段があった。
「本殿をはじめ、建物は実に立派で、広い境内には樹木もたくさんある。塚は、水塚だといわれていたが、大正年間社殿の造営工事のとき、直刀(同神社保管)が出土しており、現在では古墳と考えられている。」