「で、好きなアイスってなんなん?」
「え、ほんまにおごってくれるん?」
「しゃあないやん」
「うーん、それがな、名前覚えてないねん」
「それでようおごってくれ言えたな。どんなか言うたらそれに似たやつ買《こ》うてくるかい――」
「あかん、ちゃんとオレの好きなやつやないと」
「え~、もうめんどくさいな――わかった。探すかい、どんなかゆうて」
「入れもんに入ってるアイスで、甘い氷みたいなやつや」
「みぞれ、いうやつかな?」
「氷だけちゃうで、とろっとした甘い乳も入っとんや」
「練乳入り? あれかなぁ?」
「それだけちゃうで、程よい硬さの小豆も入っとる」
「う~ん――商品名知らんけど、何となくわかったかい買うてくるわ」
「よっしゃ、たのんだで」
薄汚れたランニングを着た坊主頭の少年がにたっと笑うと、真っ黒な岩が音を立てずに開いた。
お父さんと遊びに来た山は怖いくらいセミが鳴いていた。
セミだけじゃなく見たことない虫もいっぱいで、夢中で追いかけているうちにお父さんとはぐれて迷ってしまった。
おまけに通り雨にもあってしまい、慌てて近くにあった洞穴の中に飛び込んだけど、入ったとたん出口が消えてなくなってしまった。
真っ暗な中で途方に暮れていると、ぽうっと薄ら光って坊主頭の少年が現れた。
だいぶ昔に山で迷って死んでしまった子で幽霊になってずっとここにいるという。
友達が欲しかったんだと喜んで僕を解放してくれそうにない。どうしても外に出たいとお願いしたら好きなアイスをおごってくれたら出してやると言って笑った。
たぶんアイスを持って戻ってきても僕を解放する気なんてないだろう。これじゃないと難癖をつけ、また閉じ込めるつもりかもしれない。
だってやつの言うアイスには似たようなものがたくさんあるし、それに昔のものなら、もうとっくに販売されていないかもしれないからだ。
いくつ買ってきても全部違うって否定されるのが目に見えている。
だから戻る気なんてさらさらなかった。
しばらく山の中を彷徨っていると、血相を変えたお父さんに発見された。
一人で勝手に行動したことをこっぴどく叱られたけど、後はしっかりと抱きしめてくれた。
洞穴の少年が不安と恐怖のせいで見た幻覚のように思えて来て、僕はお父さんや帰ってからもお母さん、その他の誰にもこのことは話さなかった。
数日後、コンビニでアイスのケースを覗いていると、
「お前まだ探しとるんか? 遅いんで見にきたで」
突然の声にぎょっとして振り返ると、あの少年が立っていた。
穴の中で見た時はそれほどに見えなかったランニングの汚れは明るい照明の下ではどろどろで、血のようなものもこびりついている。顔も身体も傷だらけで、あの時見えなかった側頭部は大きく陥没していた。
「あわわ」
慌てふためいて周囲を見回したけど、店員や他の客にはこの子が見えていないようだ。
「ふうん、今はこんななってんやな。おいしそうなんいっぱいあるけど、オレの好きなアイスないわ。他探しに行こっ」
アイスより冷たい少年の手が僕の手を握りしめた。
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