恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

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恐怖日和 第四十話『終末』

2020-04-29 01:54:23 | 恐怖日和


終末

 始まりは数年前の異常に大型の台風からだった。
 その年だけのものかと思っていたが、その後毎年発生、しかも一件だけでなく同じ年に何度も各地を吹き荒らした。
 季節を無視した酷暑に極寒の日々が繰り返され四季がなくなり、未知の病の蔓延、食糧不足などで世界の人々は減り続けた。
 俺はいたって健康とは言えないまでも、薄汚れた寝床に寝転んでいまだに生きながらえていた。
 特に行動したわけではなかったが、もともと雨戸を閉め切って家に籠っていても苦ではなかったので精神が崩壊することもなかった。
 食にもこだわりはなく閉じて久しい近所のコンビニで買い溜めたカップ麺やお菓子類だけで十分しのいでいけたのは、運動不足で腹も減らなかったからだろう。
 電気は止まってしまったが水は今でも水道の蛇口から出てくる。とはいえひどく濁ってはいた。延命は早々とあきらめていたので飲用し続けたが、初めの二日ほど腹を下しただけでその後は何もない。
 もう自分は死んでいるのではないか、もしかしてゾンビにでもなったかなどと空想したが、そういうわけでもなさそうだ。
 時々外で物音がするのでまだ近所には生きている人がいるのだろうが会って話しする気にはならなかった。
 辛うじてまだ発信しているラジオから今夜来る嵐の予報が聞こえてきた。今までにない大型だそうだ。毎回言っているし、事実その通りになっている。
 長い間耐えてくれたこの家もこの前の嵐でだいぶガタが来ていた。もうそろそろ倒壊するかもしれない。
 自分をずっと守ってくれた家とともに死ぬのも悪くないな。
 枕元に散らばったゴミの中からお気に入りの本――何百回と読んで表紙もページもぼろぼろ――を取り出して布団の中に入れる。
 だんだんと強くなってくる風に鳴る家鳴りを聞きながら目を閉じた。
 ベりべりばりばりという音で目覚めたが、目は開けなかった。どうせ開けても真っ暗闇だ。
 どーんがたーんと家の崩れる音が聞こえ、すごい衝撃を感じたが痛いという感覚はない。
 やっぱり俺はもう死んでるんだな。
 そう思ったがガタンという大きな音と共に頭部にすごい衝撃を受けた。
 はは、まだ生きてるじゃん。
 そう思ったがすぐ意識が遠のいていった。

 目の前には闇が広がっていた。閉じた瞼の闇だと気付いて目を開ける。
 真上には夜明け前の濃い水色の空が広がっていた。
 俺まだ生きてるのか?
 身体の真上に梁が落ちていたが、家具が支えとなって崩れた屋根から身を守ってくれていた。
 雨で湿った枕から濡れた頭をもたげた。落ちてきたもので頭を打っていたが少し痛いだけでそれ以外に異常はない。
 身を起こし梁と家具の隙間から外に出た。
 東の空から朝日が差し込んでくる。その眩しさに目を細めた。
「おーい。あんた運がいいな」
 がれきの向こうから手を振る人たちがいる。
 こんな終末に生き残っているのは運がいいのか悪いのか。
 あのまま死ねればよかったのに。まだまだ生きていかなければならないなんて。
 そう思いながらも俺は笑って彼らに手を振り返した。

恐怖日和 第三十九話『寒行』

2020-04-20 13:03:52 | 恐怖日和


寒行

  こんなに吹雪くとは思いもよらなかった。
 ひどい積雪で道脇に停車し動けなくなったタクシー運転手の坂元は舌打ちしながら止みそうもない吹雪の空を窓から見上げた。
 積雪の情報は天気予報でもニュースでも言っておらず、チェーンの準備などしていない。
 山深いとは言ってもちゃんと整備された峠道で、雪がなければ十五分くらいで抜けられるはずだったのに。
 携帯は圏外、チェーンを巻いた他車も来ないし、歩いている地元民もいないので助けを求められない。
 今のところ車のエンジンは順調だがいつ何時トラブルによって止まるとも限らないし、マフラーまで雪が積もってしまっては酸欠死してしまう――それに思い当って、坂元は慌てて外に出た。積雪をへこませる足首の冷たさを我慢してバンパーの下を覗く。まだ雪はマフラーの口まで到達していないものの積み上がった雪を急いで手で退けた。
 凍えた手を息で温めながら運転席に戻る。エアコンは最大にしていたがさっきよりも効きが悪く思うのは気のせいだろうか。
 こんな場所通らなければよかった。
 坂元は大きなため息を吐いたが。
 あれ? 俺なんでここを通ったんだ?
 冷暖の差が眠気を誘うのか、頭がぼんやりして思い出せない。
 なんでだったかな――
 瞼が重く塞がりかけた時、遠く真っ白い景色の中に黒いものが動いているのが見えた。
 はっと目覚めた坂元はハンドルに身を乗り出し、目を凝らした。それで黒いものが十人ほどの托鉢僧の列だったとわかった。網代傘には雪が積もり、白に映えた黒い袈裟が風になびいている。
 近くに寺でもあるのだろうか。行きか帰りかわからないが列はこちらに向かって歩いてくる。
 助かったと坂元はほっとした。
 彼らに救援を頼もう。
 坂元はクラクションを鳴らし、車を出て「おーい」と手を振った。
 だが、吹雪く音が邪魔をして僧たちには届いていないようだ。
 エンジン音に紛れ、唸るようなお経の声と時おり重なるお鈴の音が徐々に聞こえてくる。
「おーい」
 もう一度呼んでみたが、僧たちは坂元にまったく気付かず横道に反れて列が消えた。
「うそだろ」
 坂元は「おーい」ともう一度叫んで、その場から一歩踏み出そうとしたが積雪がそれを阻む。
 運転席に戻って何度か激しくクラクションを鳴らしてみたが、真っ白い雪景色の中に黒い列は戻ってこなかった。
 お経もお鈴も聞こえない。初めから何もなかった――つまり坂元の幻覚、幻聴だった――かのように白い景色と静寂がそこにあるだけだ。
「くそっ」
 もう一度力いっぱいクラクションを鳴らしてみたが、坂元の鼓膜を痛いほど響かせただけでどこへともなく消えていった――

「しまった」
 坂元はハンドルにもたれうつむいたまま、はっと目を覚ました。
 定期的にマフラーの点検をしようと思っていたのにうっかり眠ってしまった。慌てて顔を上げる。
「!」
 托鉢僧たちが車を取り囲み、窓を覗き込んでいた。
 つるんとした顔には口に似た切込みがあるだけで目鼻はない。なのに全員が自分を見ていると感じた。
 爪も皺もない手に持ったお鈴を鳴らし、切込みがぱくぱくと動き始める。
 お経とお鈴の音が車内に反響した。
「うぎゃぁぁっ」

               *

 坂元は自分の叫び声で目が覚め、倒した背もたれから勢いよく身を起こした。慌てて窓を確認したが誰もおらず――どころか、周囲は雪に埋もれた峠道ではなく、花期の過ぎた桜に囲まれる児童公園の脇だった。
 全部夢か。
 運転に疲れ、仮眠するためタクシーを止めたことを思い出し、ネクタイを緩め深呼吸する。
 窓から葉桜を見上げると、まだちらほら残っている淡いピンクの花が夕焼けの空の下で微かな風に揺れていた。
 やけにリアルで薄気味悪い夢だったな。
 雪の峠道なんかニュースでしか見たことないのに――
 額に流れる汗を拭う。
 こんなところでいつまでもぐずぐずしている場合じゃない。さっさと目的地へ行かないと。
 坂元は喧嘩のあげく絞め殺してしまった妻を捨てるため、ある山へと向かっている途中だった。トランクには死体を積んでいる。
 ここで職質なんて受けたらえらいことだ。
 首や肩を軽く回して身体をほぐすとリクライニングをもとに戻し、キーに手を伸ばした。
 りんと耳元で音がして目を上げる。
 托鉢僧たちがタクシーの周囲をぐるぐると回っていた。唸るような読経がすぐ耳元で聞こえる。
 背筋にぞぞっと怖気が走り、思わずクラクションを鳴らした。
 僧たちが足を止めて窓を覗く。つるんとした目も鼻もない顔――ではなく、全員が妻の顔をしていた。

               *

 えっ? タクシー運転手なら怖い体験の一つ二つはあるだろうって? 聞きたいんですか? お客さんも酔狂ですねぇ。実は私もその手の話は好物でして――
 で、自身の体験じゃないんですが、不思議な話をひとつ――あ、怖くはないですけど――いいですか?
 ではでは。
 殺人を犯した同僚がいましてね、タクシーのトランクに死体を積んで逃げてたらしいんですが、某児童公園の脇で死んでいるのが見つかりまして。
 いえいえ、自殺じゃありません。仮眠をとってるようにただ横になってただけみたいなんですが、もうすぐ夏がくるっていうのに車内でカチコチに凍死していたそうです。