恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
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恐怖日和 第六十話『生き魂』

2021-05-29 13:42:43 | 恐怖日和




 深夜の静寂の中、近くに住む赤ん坊の泣き喚く声が響いてくる。
 止まることなくずっとだ。
 いったい何が原因でこんなに泣くのか。
 腹が空いたのならミルクを飲ませればいいだけだ。おしめが汚れたのならそれを交換すればいいだけで、眠れなくてぐずっているのなら抱いてあやせばすぐ眠る。
 一度それらを行えば、しばらくは泣き止むはずなのに赤ん坊はずっと泣き続けている。
 母親はいったい何をしているのだろう。産みたくて産んだ子だろうに。もしかして早くも育児ノイローゼ? 愛する夫との子供なのにそれはだめよ。もっと頑張らないと。
 三週間前に目撃した母親と赤ん坊の姿をわたしは思い返す。彼女の結婚も妊娠、出産も知らなかったが、里帰りし、両親たちと幸せそうな笑顔を咲かせながら隣近所にあいさつ回りしていたので気付いた。
 わたしは以前からお高く留まったその一家が嫌いだった。隣接する近所ではなく、顔が合えば頭を下げるくらいで、どうでもいい関係だったのだが、ある日からどうでもよくなくなった――

 何のトラブルもなかったはずが、恋人から突然別れを突き付けられ、わたしは捨てられた。
 結婚という二文字が目の前にちらついていた矢先のことで、家族から憐れまれ、一時のこととはいえ同僚たちのもの笑いの種になった。悲しみと恥ずかしさで身の縮む思いをしながら、何が原因だったのだろうとわたしはずっと自分を責めていた。
 その彼があの家の娘と交際しているのを街で偶然目にした時、理由がわかった。どういういきさつでそうなったか知らないが、彼の心変わりだったのだ。わたしが悪かったわけではなかった。
 何とも言えない気持ちが心内で沸き起こり、大きなショックを受けたけれど、縁がなかっただけだと自分に言い聞かせ続けた。
 住宅が密集しているこの地域は班を分け、他班の冠婚葬祭の情報も回覧板で回って来る。
 いや、回覧される前からその手の噂は否応なしに耳に入ってくる。なのに、彼と彼女のそういった情報はいっさい入ってこなかった。聞き耳頭巾といわれている母の耳にでさえも、今回の彼女の里帰りをわたしから聞くまで一切入ってこなかったというのだ。
 ナゼ?
 めでたくて嬉しい情報は普通、家族の中から周囲へと速やかに流れ出ていくものだ。だが彼女や両親、あと二人いる姉妹たちは一切流さなかったのだろう。家族からの流出がなければその周囲に知られることはない。意図して隠したということか。
 ナゼ? ワタシニ知ラレタクナイタメ? ワタシガ元カノダト知ッテイタノ? 知ラナクテ付キ合ッテタンジャナイノ? 
 もしかして彼がわたしとのことを告白していた結果、そうなったのかもしれなかったが、もうそんなことはどうでもいい。
 ナニ? ナンナノ? ワタシヲ憐レンデイルノ? ソレトモ――陰で、ワタシヲ嗤ッテイタノ? ソレトモ恐レタノ?
 わたしが二人の結婚を知ったからといって、どうすることもできないのに。
 どうにかしてやろうと思うほど彼に対して執着はなかったし、すでに立ち直りかけ、彼とのことは終わろうとしていたのに。
 でも、消えかけた火に油を注がれた――
 あの人たちは失敗した。隠す必要などなかった。もしくは隠すのであれば徹底すればよかった。
 隠すだけ隠しておいて、いまさらこれ見よがしに幸せを見せ付けるから――

 深夜の静寂の中で赤ん坊が泣き続けている。
 いったい何が原因? 
 わたしの問いにワタシが笑う。
 フフフ、ワタシハズット、アノ女ノ赤ン坊ノ側ニイル。コレカラモドコニ行ッテモ、ズット。未来永劫、ヤツラニ安ラギナド与エルモノカッ。
 ひときわ大きく赤ん坊が泣き喚く。傍らに立った母親が疲れ切った顔で途方に暮れている。
 その隣に立つワタシと自室のベッドに寝転ぶわたしは憎々し気な眼差しで我が子を睨みつける彼女の顔が面白くて面白くて笑い続けた。


恐怖日和 第五十九話『鵺』

2021-05-28 08:28:52 | 恐怖日和




 ギィヤァッ
 ベッドで布団にくるまれ読書していた美路《みち》は顔を上げた。
「なんの声?」
 横にいる剛生はすでに熟睡しているので返事はない。
 ギィヤァッ
 また聞こえたので、今度は起き上がって窓に近付き耳を澄ませた。
 ギィヤァッ
「なに? こわっ。ちょっとたけちゃん起きてよ。変な声がするの」
 肩を揺すると剛生が眉をしかめ、細く目を開けた。
「なんだよ? まだ起きてんの? さっさと寝ろよ」
「外でなんか変な声がするの」
「ネコだろ?」
「この辺りにネコはいないよ」
「じゃ鳥だろうよ」
 剛生は布団に顔を埋めようとしたが、美路は布団の端を押さえてそれを阻止した。
「今は真夜中よ。鳥なんか鳴くはずないじゃない」
「お前知らないの? アオサギとか夜にも鳴くんだぞ」
「え、そうなの? って、アオサギって何?」
「ははは。お前は街生まれの街育ちだからな」
「あんたは田舎生まれの田舎育ちだもんね」
「ははは。アオサギって、オレの実家の田んぼに白いのよく見かけるだろ、あれ。
 ゴイサギやトラツグミって鳥も夜に鳴くんだ」
「へえ、鳥は夜になんか鳴かないと思ってたわ」
「ふつうはそう思うよな。だから昔の人は鵺とか呼んで怖がってたんだよ」
「あ、頭がサルとかトラとかいうやつね」
「ははは。頭がサルでトラは胴だったかな。尻尾が――」
「ヘビっ」
「そうそう。今でいう都市伝説なんだろうな」
 美路は剛生の話を聞きながら、再び声がしないか耳を澄ませていたが、もう聞こえてくることはなかった。

「ねえ、美路ちゃん、昨日たまたま夜更かしして聞こえたんだけど――」
 高橋さんが門前の花壇に水を撒いている美路の肩を叩いた。ほぼ同年齢で新婚、まだ子供がいないという共通項で仲良くなったお隣さんだ。
「あ、叫び声ね」
「そうそう、美路ちゃんも聞いたの?」
「そうなの。怖くて旦那叩き起こしたわよ。旦那が言うにはね――」
 そこにお向かいの岩城さんが自転車で買い物から帰って来た。年は離れているが明るくて楽しいお喋り仲間だ。
「ねえ、ちょっとちょっと聞いて。夜中にね――」
「「叫び声が聞こえたんでしょ」」
 高橋さんと同時に言った後、「あはは、結構みんな夜更かししてるのね」と美路は笑った。
「たまたまよ」
 そう高橋さんがはにかむと、
「子作りに励んでんだね。いいね、いいね」
 岩城さんがうんうんうなずいた。
「もうやだわ、岩城さんったら――で、美路ちゃんの旦那さん、なんて?」
「鳥だっていうのよ。アオサギとかあと何だっけ――」
「ゴイサギとかね」
 岩城さんが後をつなぐ。
 高橋さんはエプロンのポケットからスマホを取り出し、検索し始めた。
「あ、ほんとだ。ほらこれ」
 優雅に佇む白い鳥の写真が名称とともに載っているのを見て「うん。田んぼでよく見かけるやつだ」と剛生の言葉を思い出し、美路はうなずいた。
「ちょっと待って――」
 高橋さんが再び何かを検索し、画面をこちらに向ける。
 夜中 鳥 鳴き声
 という検索項目の下に出てきた情報には、やはりアオサギやゴイサギといった名前があって、生まれてから一度も見たことない、これからもたぶん見ることはないであろうトラツグミという鳥やハクビシンやキツネなどの動物の名前まで載っていた。
「ハクビシンって割と民家にいるのよくテレビでやってるけど、キツネはこの辺にいないよね」
 高橋さんの音読が終わってから岩城さんが訊く。
「自分たちが知らないだけで、結構見たこともない動物が徘徊してるかもよ」
 美路が返すと岩城さんが「うわ、やだ」と眉をひそめた。
「ホントよね、こんな林や田んぼのないところでアオサギやゴイサギの声が聞こえるっていうのもおかしな話だし」
 高橋さんがスマホをポケットに戻して首をひねる。
「わたしはもうずいぶん前から夜中に読書してるけど、あんな鳴き声聞いたの初めてだったわ」
「開発、開発で、自然を追われた鳥や動物が民家の近くに潜まざるを得なくなってきてるってことか」
 美路の言葉に岩城さんがしみじみつぶやき、自分の言葉に自分でうなずいた。
「女性の叫び声ってこともあり得るかも。殺傷事件があったとか?」
 高橋さんがいたずらっ子のようににやりと笑う。
「いやいやいや、そんなことあったら今頃この近辺、大騒ぎになってるわ」
「ううん、まだ発覚してないだけで――」
 高橋さんが話を続けようとしていると、
「こんにちは」
 二軒隣の山原さんが赤ちゃんを連れて通りかかった。肩からかけたハンモックのような抱っこ紐の中で、赤ちゃんがおくるみに丸ごと包まれていた。
「山原さんったら、まだ肌寒いちゃあ肌寒いけど、そんなに包み込まなくても大丈夫よ。逆に暑すぎて汗かいちゃうわ」
 岩城さんが手を伸ばすと山原さんがそれを避けた。
「これでいいんです」
 ほんの少しだけ不愉快な表情を浮かべた岩城さんだったが「いえ、こちらこそごめんなさい」と謝った。
「ね、ね、ね、山原さんは聞いた? 夜中の鳴き声」
 雰囲気を変えようとした高橋さんが例の鳴き声のことを聞いた。
「子育てに忙しくて疲れてる山原さんが夜中に起きてるわけないでしょ」
 先に岩城さんが返事するも、今度は高橋さんが明らかに不快な表情を浮かべる。
「どうせわたしには子供ができませんよ。ええ、ええ、子作りだけ励んでるエロい女ですよ」
 目から涙がこぼれ落ちるのを見て美路は「そんなこと誰も言ってないよ」そう言って高橋さんの背中を撫でた。
「ご、ごめんね、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ホントごめん」
 岩城さんも慌てて高橋さんの手を握りしめた。
「うん、わかってる。ホントはわかってるよ。でも――」
 子供をよほど欲しているのだろう。もしくは実両親や義両親に急かされて追い詰められているのかもしれない。
 日頃は微塵も悩んだ姿を見せない高橋さんを立派に思いながら背を撫で続けた。
「すみません。この子夜泣きがひどくて、お騒がせしてしまって――昨夜、特にひどくて主人が怒り出したものですから、迷惑だと思いながらも外であやしてたんです」
「え? 違うわよ。赤ちゃんの泣き声じゃなくて、ぎょえーとかぎぃえーとか不気味な鳴き声のことよ」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながらきょとんとした顔で高橋さんは山原さんを見た。美路も岩城さんもその言葉にうなずく。
「ええ、だからうちの子です。ホントにもうっ、今頃すやすや眠るなんて」
 山原さんがそっと顔にかかったおくるみをめくった。とても小さくて愛らしい寝顔に美路は思わず微笑んだ。
 でも――山原さんの言ってる意味わかんないんだけど? なに? 冗談?
 そう思っていると、突然赤ちゃんが目を覚ました。
 つぶらな目が美路たちを見つめる。だがその瞳は黄色くてまん丸で、さっき画像で見た鳥と同じ目をしていた。

恐怖日和 第五十八話『ありがとう』

2021-05-14 02:41:40 | 恐怖日和




「今まで応援ありがとうな、滝本。オレやっと決めた。正真正銘、彼女を自分のものにする」
 そう言って箕輪がビールを飲み干した。
 正真正銘? とうとうプロポーズするのか?
 心の中だけでつぶやき返事をしない俺に、箕輪が「もちろん応援してくれるよな」と口元を歪めた。
 応援? 今までそんなものしたことないけど。
 再び心でつぶやいてジョッキを傾ける。
 箕輪とは小学生からの親友だ。『だった』と言うべきか。というのは高校時代、同じ女子を好きになり、その子への告白を出し抜かれ、俺の中で終わった関係だからだ。
 いや、そうじゃない。こいつは俺の気持ちを知らなかった。だから失恋は勇気がなかった自分のせいだ。思い切って行動し、成功したこいつを恨む筋合いはない。
 そう何度も考え、憎しみや彼女への想いを断ち切ろうとした。だが、彼女の一挙一動を嬉しそうに報告する顔を見ていると憎しみがますます募るばかりだった。
 本当は俺の気持ちを知っていてわざとじゃないかとさえ思え、卒業して三年、それが今もずっと続いている。
 ふつう彼女が出来れば親友関係が薄くなりそうなものだが――もし俺ならきっとそうなる――こいつは彼女だけに専念せず、俺との付き合いも継続していた。親友想いのいいやつと言えば聞こえはいいが、今まで一度も飲みの場に彼女を同席させたことがないので、やはりこっちの想いに気付いているのかもしれない。隙あらば二人の仲を裂くかもしれない俺を見張るためか――応援するような言葉などただの一度も吐いたことがないのに、こうやって言ってくるのは俺を牽制しているに他ならぬのではないか。
 堂々巡りのいつもの答え。
 ああ、俺は今も彼女を忘れられずにいる。もし喧嘩話でも聞こうものなら、すぐ駆けつけてあんな男とは別れちまえと言ってやるつもりだ。
「いつするんだ?」
 お代わりしたビールを飲み干してから聞いた。
「今晩、この後すぐ。もう準備もできてる」
 箕輪は隣の椅子に置いたバッグをぽんぽんと叩いた。
 指輪か――
 どんな指輪かわからないが、それをはめた彼女の白くて細い指を想像し頭がかっとなる。
 プロポーズが成功すればますます手の届かないところへ彼女は行ってしまうのだ。
「じゃ、こんなとこで飲んでちゃいけないだろ。早く行かなきゃ」
 情けないことに、嫉妬する気持ちとは裏腹の言葉が口を衝いて出る。
「そうだな。そろそろ行くか――お前まだ飲んでるんだろ? ここで成功を祈っててくれ。じゃあな」
 箕輪がポケットから出した一万円札を置いて席を立つ。
 喧嘩もない睦まじいカップルが失敗に終わるわけないだろ。
 箕輪の背に尖った視線を投げかけたが、やつが振り返ることはなかった。

 特別な物が入っているのはやつのバッグだけじゃない。
 箕輪を追ってすぐ店を出た俺は少し離れた位置を保ちながら自分のバッグの中身を確認した。
 箕輪に会う際には必ず入れている物――研ぎ澄まされたサバイバルナイフ、だ。
 手を入れて柄を握る。
 もう我慢の限界だった。彼女のすべてが箕輪のものになる前にやつを殺す。実行すればもう二度と彼女に想いを伝えられないが致し方ない。
 ふっと自分自身を鼻で嗤う。
 同じ殺るならもっと早く実行しておけば、ここまで嫉妬に苛まれることはなかったのに。
 彼女の住むハイツが視界に入ってきた。
 箕輪がドアの前に立ち、おずおずとインターホンを押している。開くと同時に指輪のサプライズをするのかバッグに手を入れていた。
 俺もナイフを握りしめ、物陰から飛び出した。
 気配に振り返った箕輪が驚いた表情を浮かべたのと強靭な刃が深々とやつの脇腹に押し入ったのが同時だった。
「なんで――」
 困惑を浮かべたままの箕輪が崩れ落ちる。
「ずっとお前が憎かった。わかってんだろ?」
 痛みに引きつった箕輪の顔がすっと緩んだ。
「いや――でも――ありがとう滝本」
 荒い息を吐きながら言う。
「はあ?」
 今度は俺が戸惑う番だった。
「お、お前が止めてくれなきゃ、オレは彼女を――」
 バッグが落ちて箕輪の手が出ていた。
 握られているのはエンゲージリングではなく、ナイフ。
「ど、どういうことだ? おいっ」
 身体を揺さぶったが、箕輪の息はすでに止まっているようだった。
 その時かちゃりとドアが開いた。
 隙間から見えるチェーンの奥に彼女が立っていた。
 大人っぽくなってはいるが、あの頃と変わらず清楚で可憐な少女がほんの目の先にいる。
 想い焦がれた彼女を前にして俺の身体が緊張で固まった。足元には死体も転がっている。
「あなたが助けてくれたの?」
「え?」
「こいつ高校時代に告ってきたやつなの。タイプじゃないからふったのにわたしをストーキングしてきて――卒業してからもずっとよ。
 いろいろ対策はしたけど、全然だめ。
 ああっ、キモっ――
 警察なんか頼りにならないってわかって、怖さよりだんだん腹が立ってきて――自分の身は自分で守らなきゃってね――今度来たら目にもの見せてやるって思ってたわけ」
 彼女は右手を掲げ、ドアの隙間から包丁を見せた。
「でも――どこのどなたか知りませんがありがとうね、こいつを殺ってくれて。もう少しでわたしが犯罪者になっちゃうとこだったわ。ほんっと助かった。ありがとう。
 じゃ、わたし、かかわりあいたくないから自分で警察呼んでね」
 そう言うと彼女はドアの奥に消えた。