恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

恐怖日和 第五十四話『心霊居酒屋』

2021-03-31 19:04:57 | 恐怖日和




 岩橋が心霊話を仕入れて来た。しかも写真付きで。
「ほらな、ここ」
 居酒屋の店内を映した画像を指さす。一つのテーブル席に座る『人のようなもの』が映っているが、手ぶれで撮影に失敗したようにも見える。
 だが、それだと周囲の景色もぶれてないとおかしい。その写真は『人のようなもの』以外すべてピントが合っていた。
 岩橋は神妙な顔つきをしているが、どうも胡散臭いような気もする。
 わざとそのような仕上げにしている、つまりフェイクだと俺は判断した。
「で?」
「で? って、才能ないホラー作家志望の親友のためにネタを仕入れて来てやったんだぜ」
「さ、才能ない? 親友がディスるか?」
「ディスりじゃねえよ。真実だ」
 岩橋は豪快に笑った。
 俺は舌打ちした後、やつが持参した缶ビールを喉に流した。久しぶりのアルコールが体に滲み込んでいく。
「じゃ、お前もこの写真で騙されてるんじゃないか」
「いや、これオレが撮ってプリントした写真。つまり当事者ってわけ。
 けど初めは友達の友達に聞いたってような話で、オレも信じてなかったよ。だから実際見に行ってカメラで撮ったんだ。で、これが写ったってわけさ。マジもんだろ?」
「そんなで、わかるかっ」
 ふんと鼻で嗤って、これも岩橋持参のつまみを口に入れた。
 ちゃんと味のあるものを口にしたのは何日ぶりだろう。
 ここ最近ずっと白米だけ食べていたから。しかも残りが少なくなってきているのでほんの一握りずつ――
「それがマジなんだって――ところで田舎の親御さん元気? 米送ってくれてんの見たら元気なんだろうけど」
 岩橋が隅に置いた米袋に気付いたらしい。
「元気過ぎるくらい元気だよ。米だけしか送ってくれないけど」
「おいおい三十まわった大の男にそうそう米も送ってくれないぜフツー。孫でもいれば何でもかんでもホイホイ送ってくれるかもだけど。
 ろくでもないお前にこれでもずいぶんな期待かけてくれてるんだよ、きっと」
「お前の言葉、なんかいちいち引っかかるな」
 かっとなった俺は岩橋に空いた缶を投げつけようとしたが、思いとどまり底に残っている雫をすすった。
「情けないな――おい、谷本。お前まだホラーで一旗揚げてやるとか思ってんだろ」
「もう思ってねえよ。何も思ってねえから、すべてにやる気が出ねえんだよ」
「そうだよな。お前ホラー一辺倒で生きてきたもんな。それを糧にできなかったら人生見失うのも当然だ。
 というわけで、この大親友がネタを仕入れてやったんだ。いっぺんその居酒屋に行こうぜ。
 詳しくは誰も知らないらしいんだけど、居酒屋にする前は事故物件だったっていうウワサがあるらしい。殺人事件があったとか、自殺者が出たとか――昔から忌み地だったからっていう証言もあるし。ウソかマコトかわからんけど、心霊現象は本物だ。
 な、行こうぜ」
「いや、別にいいよ」
「あ? 担がれてると思ってるのか?」
「うん? まあ――」
「ホントにホントなんだって。それで店長もオーナーも困ってるんだから。来客数が減ってくるし、店員たちもすぐやめていくし、霊障のせいか店長たちの心身も具合が悪くなっていくしで――」
「でもなぁ、俺、霊感ないからなんも見えん」
「ところがこれが誰でも怖い思いするんだってよ。オレだって背中の怖気がまだ取れてないんだ。
 な、一度経験してみろ。心境が変わって新たな着想が生まれるかもしれないぜ」
「あーいや――ていうか、行く金がないんだ。教えてくれたお前に協力費として奢らないといけないしな」
「なんだよ、なんだよぉ。オレに気を遣ってくれんのか? まだそんな気持ち残ってんだな。
 よしわかった。オレが奢る。で、オレへの奢りは出世払いでいい」
 というわけで岩橋に誘われ、その居酒屋とやらに後日行ってみることになった。

「な、なんか異様な空気だろ?」
 店に入ったとたん、岩橋が訊いて来たが、やはり俺には何も感じなかった。
 危険だと怯えながら止めようとする店長を無視して、何事も経験だと岩橋が俺を件の席に座らせようとする。
「お前本当に俺の親友か?」
 なんて奴だと呆れながらも、どうでもいい人生を生きている俺はためらいもなく座ってみた。奴のおごりで来ているのだから逆らう理由もない。
 座ったとたん、ぐにゃりと空間が歪むように目が回ったが、それ以外になにもなく――いや、身体の奥から力がみなぎり、頭の中で浮遊したまままったくまとまらなかった恐怖に関するワードたちが自ら整列し、どんどん文章になっていく。
 書きたい。早く帰りたい。
「どう?」
 興味津々で岩橋が笑顔を向ける。
「いやなにも」
 俺は素知らぬ顔をした。
 実際執筆の欲求以外何もなかったので、これは心霊現象ではなく、岩橋の言う通りただの心境の変化だと思ったからだ。
「なんだつまらないな。お前、本当に大丈夫か? こんなことも感じなくなってしまったのか? 曲がりなりにもホラー小説書いてんだろ? もっと真剣に興味を持ってだな――」
 説教しながら岩橋が向かい席に座る。
 戦々恐々と見物していた店長と店員たちがいっせいに「あっ」と叫んだ。
「――なんのために俺がここを紹介したと思ってんだ。どん底のお前を心配してだな――」
「ちょ、岩橋さん」
 俺に説教し続ける岩橋に向かって店長が話を遮った。
「なに? オレ今こいつを諭してんですから黙ってて――」
「あの――その――何ともないんですか? 以前、そこに座ったお客さん突然泡吹いて倒れて救急車呼んだこともあるんですよ」
「え? 別になんもないけど――」
 ぽかんとする岩橋に俺は笑った。
「ほら、お前もなんもないじゃん。ははは」
「あ、ほんとだ。ははは」
 俺たちの笑い声につられて店長たちも笑い出し、その後も何もないまま、その席で酒と晩飯を奢ってもらい家路についた。

 数日後、岩橋からあの店に行かないかと誘いの電話があった。俺も行きたくてたまらなかったが、先立つものがなく、かといってこちらから誘っておいて奢ってくれとまでは言えない。
 逸る気を抑えつつも奢りかどうかをしっかり確認して承諾した。我ながら情けないと思うが仕方ない。
 なぜ俺があの店に行きたくてたまらないか?
 その理由はあれから帰宅後、いそいそと原稿用紙に向かったのだが、みなぎっていた創作意欲がまったく消えてしまっていたからだ。あの時浮かんでいた言葉や文章を思い起こそうとしても煙のようにつかめない。
 あれは心境の変化ではなくて霊現象だったのかもしれないと俺は推測した。なぜそんなことになるのかはわからないが、もしそうなら俺にとっては素晴らしい現象だ。
 もう一度あの感覚を味わいたい。できるならあのテーブルで執筆したい、そう願っていた。
 俺は原稿用紙と筆記用具をバッグに入れて部屋を出た。

「いらっしゃいませぇ、お待ちしてましたぁ」
 待ち合わせしていた岩橋とともに入店すると店長の表情がいっきに明るくなった。
 さあさあと急かされ、件の席に座らされる。
「ああ、やっぱり――」
 店長はほっとした表情でそう言い店員に目配せするとまだ注文もしていないのにビールとツマミの入った皿が出てきた。
「連れて来て下さってありがとうございます」
 岩橋に向かって店長が頭を下げる。
「いやいやお安い御用ですよ」
 そう言いながら岩橋が俺の向かいの席に座った。
 店長がいったん笑顔を消し、意味ありげな視線を岩橋に送る。岩橋が指でOKサインを出した途端にさっきよりも破願した。
「なにどういうこと?」
 二人の顔を見回すと岩橋が笑う。
「店長が言うにはね、もしかしてお前がいたら店が浄化されているんじゃないかって言うんだ」
「そうなんです。この間谷本さんたちがいる間、店内のどんよりとした重さが消えていたんです。空気が清々しくて僕たちも動きやすくて――奇妙な現象が起こることもなかったし。でも谷本さんが帰った後、店内の雰囲気が元に戻ってしまって――だからあの時、何もなかったんじゃなくて、谷本さんがいることでいいほうに何かが起こっていたんじゃないかってみんなで話し合ったんです。ただの推測だったんですが、今確信に変わりました。目の前が晴れていくように気分がいいです」
 そう言って店長は深呼吸した。
 それを聞いた俺も自分の推測が確信に変わった。
 何故かはわからないが、俺にも店にも良い影響が出るのだ。
「だからさ、お前ここで働けよ」
 岩橋がコップにビールを注いで差し出した。
 それを呑み干して、
「そんなこと言われてもな、接客業なんかできないし――」
「いえ、開店から閉店まで谷本さんはここに座っててくれさえすればいいんです。もちろん食事もお酒も提供します。ささやかですがお給料も出します。これは私だけでなくオーナーの頼みでもあるんです」
 店長は空っぽのコップになみなみとビールを注いで俺の顔を見つめた。
 ホラーの書ける場所にずっといられる? しかも食事付きで給料まで出るってか? 
 俺の胸は期待で高鳴ったが、岩橋にも店長にも悟られないよう困惑を装った。
「でもな――一応俺にも夢があって――」
「お前もうやる気ないって言ってたじゃないか。そうだ、なんならここで執筆させてもらえばいいじゃないか。やる気が出てくるかもしれないぞ」
「うーん」
 迷っているふりをしたが心は決まっていた。
 涙目で「お願いします」と懇願する店長、離れた場所で自分たちを見守る店員たちを見回してから、俺はゆっくりうなずいた。

恐怖日和 第五十三話『けんか』

2021-03-30 14:00:27 | 恐怖日和




「あんたさ、六年にもなってそんなこともわからないの?」
「うるせっ、ケバばあ」
「ケ、ケバばあって何よっ」
 麻友は弟の公太とつまらないことで口論になり、だんだん激化していた。
「ケバいばばあってことだよ。なんなら化粧オバケでもいいよ」
 その言葉に麻友はテーブルにあった新聞を手に取ると公太に投げつけた。だが、公太はそれをうまくかわしてベロを出す。
「ちょっとあんたたちやめなさい。まだお父さん寝てるのよ。
 あーあ、新聞ぐしゃぐしゃじゃないの」
 洗濯物を干し終わり、リビングに戻って来た母親が床に散らばる新聞紙をまとめ始めた。その後ろをずっとついて回って離れないトイプードルのモフィがしゃがんだ母親の膝にすがりつく。
「ちょっとモフィ、遊んでるんじゃないのよ。公太遊んでやって」
「えーめんどくさい」
「あんたが飼いたいって言ったんでしょうが」
 麻友が応戦するも公太はスルーして自室に戻ってしまった。
「まったく生意気になってきたわ」
 そう言いながらスナック菓子を持ってソファへ移動した麻友にモフィがついてくる。
「そんなもの食べてないで、ちゃんと朝ごはん食べなさい」
 新聞を整えた母親がため息をつく。
「だってテーブルに何もないんだもん」
「日曜くらい自分で作りなさい。ママには日曜も何もないんだから、ちょっとくらい手伝ってよ。
 ったく高校生にもなって、ほんと何もしないんだから」
 麻友は下唇を突き出して、いつものお小言を聞き流した。モフィがこぼれ落ちたスナック菓子を食べている。
「あらやだ麻友ちゃん、モフィにそんなの食べさせないでよ」
「わかってるわよ。
 モフィ、お前にはわんちゅるん上げるからね」
「あ、モフィのおやつ切れてるんだわ。
 ねえ、麻友ちゃんちょっとお使いに行って来てくれる?」
「えーめんどくさい」
「やっぱ姉弟ね、同じこと言って」
 くすくす笑いながら母親は財布を持ってきて、わんちゅるんとトイレシートを頼んできた。笑顔で有無を言わせぬ圧力には勝てない。
「わかったわよ。じゃ、わたしも買っていい? ハムタのペレットなくなりそうなの」
「あんた自分のバイト代あるでしょ」
「ね、お願い」
「もうしょうがないわね。無駄使いしないでね」
「やった」
 麻友は財布を預かるとジャケットを羽織って外に出た。

 ホームセンターのペット売り場に来ると、犬用のおやつ数種類といつも使っているトイレシートをカートに入れ、小動物系のコーナーで、自室で飼っているジャンガリアンハムスターのペレットとちゃっかり干し草もカートに放り込んだ。レジに向かおうとしたが、モフィのおもちゃがいくつか壊れていたことを思い出し、犬用のコーナーに戻った。
「モフィたら、すぐ噛み切っちゃうからな」
 いろいろ手に取り、モフィが好みそうで丈夫そうなボールのぬいぐるみを選んでカートに入れ、清算をすませた麻友は岐路についた。

「ただいま」
 あいつまだ機嫌悪いかな? ったく、気難しくなってきてめんどくさいわ。弟じゃなく妹だったらよかったのに――
 リビングに入るとソファの上で公太がモフィと遊んでいた。
「おかえり、お姉ちゃんっ」
 機嫌のいい弟の声に麻友はほっとし、心配して損したと心でつぶやいてテーブルに買い物袋を置いた。
「ほーら取ってこい」
 ぴいぴいぴい
 袋から買って来たものを出しながら、公太の投げた音の出るおもちゃをモフィが咥えてくるのを目の端に捉えていた。
 そのおもちゃを再び公太が投げる。
 壁にぶち当たり床に落ちたおもちゃを咥えたモフィは、今度は戻って来ず、それを振り回し前足で押さえ込み噛み千切っている。
 もうそういうことするからすぐ壊れるのよ。習性だから仕方ないかもだけど――
 麻友はぶつぶつと言いながら、
「ほら新しいの買って来たげたわよ」
 袋から出したおもちゃをモフィに見えるように掲げた。
 新しいもの好きのモフィが噛んでいたおもちゃを放り捨てて駆け寄って来た。
「あら? あんたそれどうしたの?」
 麻友はモフィの口元が赤く染まっていることに気付いた。おもちゃ代わりにペットボトルの蓋を噛み砕き、歯茎から出血して驚かされることがあったが、それにしては量が多い。
 麻友は新しいおもちゃを欲しがり飛び跳ねるモフィを無視し、今まで噛んでいたおもちゃが落ちている床を確かめに近付いた。
 ソファにゆったりもたれて公太がにやにやしている。
 やだっなに? なんなのこれ?
 そこにはぐちゃぐちゃに噛み千切られ血まみれになった灰色の小さな塊があった。

山路譚【きょうも山道を走るのだ・4】

2021-03-08 11:47:03 | 山路譚




 山道をよくドライブする。
 トンネル内を走っていた時、歩道用通路にそこそこ大きな黒い塊が置かれているのを目にした。
 それが何なのかはすぐ通り過ぎてしまったのではっきり見えなかった。黒い布をかぶせていたように思えるが、それもはっきりわからない。
 誰かが置き捨てたゴミなのか、それとも凍結防止剤なのか。
 まったく何かはわからないが、誰かがうずくまっているように見えなくもなかった。
 んなことないか。
 進む道にはトンネルがいくつもあり、次のトンネルに入っても同じような塊があった。次もその次も。
 いやこれもう、真冬に向けて準備された凍結防止剤に決まりでしょ。
 そう独り言ちるも、気になるのが、その黒い塊の高さが見る度に伸びていることだ。まるでうずくまる人が立ち上がっていくかのように。
 最後のトンネルに入る。
 ずっと先にいる黒い布を被る人のようなものが遠目に見え、思わずスピードを緩めてしまった。
 激しくクラクションを鳴らしながら追い越す後続車に瞬間気を取られ、視線を戻した時にはトンネル内にもう何もいなかった。


山路譚【きょうも山道を走るのだ・3】

2021-03-08 11:39:28 | 山路譚




 山道をよくドライブする。
 昼間でも深夜でも、どこの山道を通っていても今まで怪異に出会ったことはない。
 だが、「ん?」というようなことは多々ある。気のせい、目の錯覚、そう言ってしまえばそれまでだが、さっきのは何だったのだろうと後々まで気になって仕方ない。あの時あの場で確かめておけばよかったと後悔するが、もしそうしていたら無事では済まない怪異に出会っていたかもしれない。
 ドライブコースのほとんどが心霊スポットと呼ばれる場所のある地域を通る。知って通っていたわけでなく、後になってそこがそう呼ばれていると知るのだが、すぐそばを通っていたと思うと感慨深い。
 だからと言って、明らかな怪異に出会うことはないだろうが。

               *

 山中には殺人事件の遺体遺棄現場もあり――後に心霊スポットになっている――やはりこれも知っていて走るわけでなく、こちらのほうのドライブコースに遺体を遺棄する事件が発生するのだ。山中はいろんな意味で怖い場所だと痛感する。
 だが、ドライブし始めた頃は狭く険しかった山道も今や広くきれいに整備されずいぶん走りやすくなった。その分、怪しさは薄れた。
 最近、家の近くで今までいなかったカラスを見かける。付近の自然が開発され消えてなくなったからだろう。
 深い山も開発され、畏怖が消えた時、追われた怪異が街に流出するのはもうすぐかもしれない。

怪異収集家【峠の怪異】

2021-03-07 12:11:40 | 怪異収集家




 学生時代の友人、Dの話。
 「あれは、マジ怖かった」と開口一番、Dは言った。
 だが、見た目がチャラいせいなのか、あの場所はマジやばいと訴えても誰も信じてくれないらしい。
 あの場所とはP県とQ県の境にあるX峠だ。
 そこは峠道と並行して高速道路も走っている。
 あたりに民家はなく、街灯も自動販売機も設置されていないため、光源といえば高速から漏れてくるオレンジ色の光と走行車のヘッドライトだけだった。
 鬱蒼と茂る雑木林の重なった枝に隠されて昼間は走行音しか聞こえないような山中だが、一か所だけ枝の重なりが途切れている場所があり、金網や防壁もないそこからガードレールと走行中の車が少しだけ見える。

 ある深夜、Dは急に思い立って隣市に住む友人に会いに行こうと車を飛ばした。
 広くて走りやすい国道は遠回りになるため、先を急いだDは近道だが狭い上にカーブの多い酷道と呼ばれているX峠をルートに選んだ。
 ドライブが得意なのでどんな道でも走るのは苦痛でなかったが、峠に入ったあたりで急に尿意をもよおして困ってしまった。
 もちろんコンビニなどあるはずもなく、真夜中の山中を薄気味悪いと思いながらも立小便しようと停車し、車外に出た。
 そこがちょうど件の場所だったという。
 雑木林に向かって小便していると走行音が聞こえ、通過するヘッドライトの逆光でガードレールが黒く浮かび上がった。
 そこに人影も見えた。
 高速道路の方を向いてガードレールに座っている。
 チャックを上げながらDは老人が迷い込んでいるのかもしれないと思った。
 警察に連絡しないといけないな。
 尻ポケットのスマホを探っているとまた走行音とヘッドライトが近づいてきたのでDは顔を上げた。
 人影がこちらを向いて座っている。
 その頭がごろっと落ちた。
 信じられなかったが、次に来たヘッドライトに浮かぶ影にはやはり頭がない。
 震えが足元から這い上がり、Dはその場から動けなくなってしまった。
 見ちゃいけない。
 そう思い、無理やり足元に視線を落とした。
 薄暗いオレンジ色の光が下草の生えた地面に枝葉の影を映している。その中で男の生首がじっとDを見上げていた。
 悲鳴を上げると同時に身体が動き、Dはすぐさま車に飛び乗った。急いでその場を離れると猛スピードで峠を越えた。運転が下手なら事故っていたかもしれないが、無事に友人の住むアパートに着いた。
 蒼い顔で訪ねて来たDを見て友人は驚いたが、話を聞くと大笑いし、まったく信じてくれなかったという。
 だが、確かに見間違いではなかった。
 自分をじっと見ていた男の顔は今でもありありと思い出せるし、思い出すと怖気が走ると言ってDは身震いした。