恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

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恐怖日和 第六十九話『お祖母ちゃん』

2022-09-29 18:51:24 | 恐怖日和



 母の手助けで介護していた認知症の祖母が亡くなった。
 九十も半ばを超えていたので、わたしたちとしては大往生だと思うけれど、本人はどうだったのだろうか。
 どんなに歳を経ようと、どんな状態になっていようと、ただただ生きたいと思っていたかもしれない。
 そんな祖母の気持ちを慮《おもんばか》りはするけれども、介護疲れで大変だったわたしたちには「お祖母ちゃん、逝ってくれてありがとう」だった。
 もちろんそれは大往生だから言えることであり、けっして憎くて言っているわけではない。
 七十代後半から約二十年の介護生活。母や父のことだけでなく、かわいがってくれた孫のわたしのことですら忘れ、時には暴れ出し、時には泣き叫び、どんなに尽くしても報われることがなかった。それほど介護は大変だった。
 手助け程度のわたしでもため息だけでなく、悪態をつきたくなったのだから、母のつらさはいかばかりか。
「一番つらいのはお祖母ちゃんなんだから」
 そう言って母は愚痴一つ吐かなかったが、しんどいことはわかっていた。
 葬儀の際の母の号泣は悲しみの他にやっと肩の荷が下りたという嬉しさもきっとあったはずだ。
 そんなこと言うと母に叱られるかもしれないが。
 とにかく、この世の介護に携わる人たちに幸あれと思わずにいられない。

               *

 祖母の葬儀後一週間ほど経ってから、電化製品に不具合が生じ始めた。
「もう古いからね――同じ時期に買ったものだから、故障もだいたい同じくらいなのかも」
 父も母もそう言って買い替えを検討しているようだが、今の今まで調子がよかったのに、いきなりそんなことになるものだろうか。
 不思議なことにしばらくすると元に戻り、またしばらくすると不具合を起こすということを繰り返した。
 使用できるのであればと買い替えに躊躇しているが、原因不明なのは気色悪い。
 そんなある日、仕事や介護の手伝いやらのわたしの都合で長い間会っていなかった友人が訪ねて来てくれた。
 水鏡《みか》は玄関に入るとなり浮かべていた笑みをふっと消して顔をしかめた。
 長い間の介護で湿っぽい臭いが家中に染みついているのだろうか。
 わたしたち家族に気づかない臭いがするのかも、そう申し訳なく思ったが、
「最近いろいろあるでしょう?」
 と訊いて来た。
 わたしにはそれが例の電化製品の不具合のことだとピンときた。
 水鏡には不思議な力――いわゆる霊感があったからだ。
 ということは、家電の不具合は『そういうもの』が原因なのか。
「うん、ある。原因不明の家電の不調」
「それね、亡くなったお祖母ちゃんがあっちこっち触りまくっているからよ」
 そう言えば、認知が出始めの、まだ足腰が達者で歩き回っていた頃、いろんな家電を触りまくっていたっけ。
 機械本体をいじるのもさることながら、リモコンで設定を変えられていたりもした。一番頭に来たのはテレビ番組の録画予約を解除されていたこと。怒っても仕方ないとわかっていても怒らずにいられなかった。
 今回の状況はそれではなく、機械の不具合だけれど、祖母の仕業という水鏡の話はすんなりと信じられた。
「生きてる人が触《さわ》れない場所まで触るので原因不明の不調になるのよ。
 四十九日が過ぎればそういうのなくなっていくから。
 もしお祖母ちゃんがあの世に旅立つのを忘れたとしても、一年経つ頃までにちゃんと逝くから心配いらないわ」
 と、水鏡が笑う。
 わたしもつられて笑いながら、
「まあ言わば、お祖母ちゃんのいたずらみたいなもんね。
 じゃ、夢かと思ってたんだけど、夜中にわたしの顔を舐め回すのもお祖母ちゃんだったんだ。夢でも気色悪くて嫌だったんだけど」
「あ、それは違うわ」
 すっと真顔になって、水鏡がそう言った。


恐怖日和 第六十八話『自販機前の子供』

2022-09-03 10:19:29 | 恐怖日和



 一人暮らしを始めて三日目に駅からアパートへの近道を発見した。会社からの帰宅がどうしても夜遅くなるので、ショートカットできるのはありがたかった。
 街灯の少ない薄暗い路地だが、ちょうど中ほどに自販機が三台稼働していて、わりと視界が明るい。
 廃業した酒屋の閉まったままのシャッター前に置かれた自販機の二台は缶コーヒーやジュースなどの清涼飲料水で、もう一台はビールなどのアルコール類を販売していた。
 雨除けのテントは破れ、ぶらぶらと風に揺れている状態だが、自販機自体は最新で、明りに引き寄せられた虫の侵入もなく気持ちよかった。
 きょうは喉が渇いてないからいらないけど、欲しい時はここで買って帰ろうなどと思いながら通り過ぎた。

 次の夜、自販機の前に小さな男の子がいた。三台の釣銭出し口に指を突っ込んだ後、地面に寝っ転がって機械の下を覗き込んでいる。
 こんな暗がりじゃ見えないだろうと思いながら、後ろを通り過ぎた。
 にしてもこんな夜遅く、子供が一人で何をしているのだろう。
 飲み物がなくて買いにきた? 家が近所だとしてもこんな時間に? 親はどうしたんだ、親は?
 あまりに気になったので振り返ってみたが、帰ってしまったのか、もういなかった。

 次の夜もまたいた。手が届く位置の押しボタンを全部押している。購入しているわけでなく、アルコール類の機械も含め、三台全部押しまくり、しゃがみ込んで商品の出し口を開けて中を覗いている。
 いやいや出て来んよと思いながら後ろを通り過ぎた。
 しゃがみ込んだ小さな後姿は自販機の明かりでもはっきりとわかるくらい衣服が薄汚れていた。半袖から見える細い腕には煙草の火を押し付けられた跡がいくつもある。
 この子、虐待されてるのか――もしかして親が寝静まってから飲み物がないか探しに来ているのかもしれない。お金がないから買うことはできないけど、ワンチャン釣銭や商品の取り忘れがあるかもと期待して。
 そこまで考えて振り返ってみたが、もういなかった。

 次の夜もいた。何か見つけたのか地面に寝転んで機械の下に左腕を突っ込んでいる。後ろに立って見ていると、小さな指が100円玉を引きずり出してきた。
「それだけじゃジュース買えないから、おにいさんが足りない分、出してあげる」
 こんなご時世の夜遅く、親がそばにいない子供に声をかけるのを憚《はばか》っていた僕だったが、あまりにかわいそうで、とうとう声をかけてしまった。
 座り込んだまま手に入れた100円玉を見つめていた男の子が顔を上げて嬉しそうに笑った。
 自販機の明かりに浮かび上がるその顔には真っ黒な目が一つと歯がびっしり並んだ小さな口しかなかった。

 ばたん。ばたん。
 何の音? 
 ピンポーン。
 チャイム?
 ばたん。ばたん。
 もううるさいな、なんだよっ。
 ピンポーン。
 あ、やっぱチャイム?
 目を開けるとベッドの中だった。
 耳を澄ませても何も聞こえない。
 夢か――夢だったんだな。
 毎晩自販機前で子供を見てたから――いやそれすらも全部夢か?
 大きな伸びをして上半身を起こす。時計を見ると朝の七時だ。
 きょうは日曜だっけ、もう少し寝るか。
 ぼんやりした頭をぼりぼり掻きながら、再び横になりかけると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「あ、ほんとに鳴ってたのか――誰なんだこんな早く」
 ベッドから降りて玄関を開けると、にこやかな大家が立っていた。
「朝早く悪いね。君、日曜日しかいないからさ、今月のお家賃もらいに来たんだけど――」
「ああ、すみません。こちらから持ってかなきゃいけないのに――」
「いや構わんよ。わし暇だから。ところでさ、君、あそこの道通って通勤してる?」
「え? どの道?」
 バッグから財布を取り出しつつ、大家に視線を向ける。
「ほら大通りから外れた薄暗い路地。そこを通ればここまでだいぶ近道になるだろ? あれ、君に教えてあげなきゃって思ってたんだよね」
「あ、この前偶然見つけてもう通ってます。
 はいこれ、いつもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。君みたいにすぐ支払ってくれる店子さんは世話なくて助かるよ」
 数枚の一万円札と家賃帳を渡すと大家が捺印しながら話を続ける。
「それでね、あの路地のちょうど真ん中ぐらいに自販機あるだろ? 夜にあそこを通った時、もし子供を見かけても構っちゃいけないよ」
「えっ?」
「あれ、人間じゃないから」
「ええっ?」
 ばたん。ばたん。
 さっきチャイムと一緒に夢だと思っていた物音がキッチンのほうから聞こえる。
 ばたん。ばたん。
「それじゃ、また来月よろしくね」
 大家が玄関から去った後、そっとキッチンを覗いた。
「教えてくれんの遅過ぎだよ、大家さん――」
 自販機前のあの子供は夢ではなかった。
 その証拠に今は僕んちの冷蔵庫の前に立って、興味深げに扉の開閉を繰り返し遊んでいた。