恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

怪異収集家 【路地に立つもの】

2019-03-31 12:44:02 | 怪異収集家




  K美さんは幼い頃、風呂好きのお父さんに連れられて夜の銭湯へよく行ったそうだ。
 手を繋いでお喋りしたり、歌を歌ったりしながら路地を歩いていくのが楽しく、風呂上がりのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳も楽しみにしていた。
 だが、塀や空き地だけに囲まれた銭湯までの道のりは薄暗い街灯が照らしているだけで子供心に少し怖かったという。

 その夜も手をつなぎ、幼稚園であった出来事をお父さんに楽しく話をしていた。
 一区切りついておしゃべりをやめたK美さんはいつもと違うことに気付いた。
 K美さんの話が終わると今度はお父さんが面白い話を聞かせてくれるのだが、一向に始まらない。
 洗面器の中でカタカタ鳴る石鹸箱の音がやけに大きく聞こえていた。
 首を傾げつつ歩いていると数メートル先の電柱の陰に誰か立っているのが見えた。
 薄暗いのではっきりと見えないが、背の高い人だというのはわかる。
 近づくにつれ、その人がテレビで見たことのある日本兵の格好をしていることがなんとなくわかった。脚にゲートルを巻いているのが暗い中でもはっきり見えたという。
 通り過ぎる時、包帯をぐるぐる巻いた顔や手も見えた。包帯の間から片目だけ出て、その瞳が透き通った青い色をしていることもなぜかはっきり見えた。
 不思議でたまらず、確認のため振り返ろうとしたが、普段穏やかな物言いのお父さんに「見るなっ」と小声で、だが有無を言わせぬ強さで止められた。
 お父さんはいわゆる見える人で、気付いていることに気付かれてはいけないと常々言っていた。
 憑いてくるからだ、と。
 K美さんは幼いなりにお父さんの言うことを理解していたので黙ったまま進みつづけ、銭湯に着いてからも一切見たもの話はしなかった。
 薄気味悪さは残っていたが、大きな湯船の気持ちいい湯を満喫しているとすべて忘れてしまった。
 風呂上りにはフルーツ牛乳を選び、お父さんとともに甘酸っぱい味を味わった。
 帰りにも同じ路地を通ったが、さっきの電柱の陰にはもう兵隊の姿はなかった。
 だが電柱より高い、布が巻かれた丸太が二本並んで立っていることに気付いた。
 あれなんだろう?
 K美さんは通りすがりにしげしげと眺めた。
 丸太の下にも何か二つ並んでいる。
 それが丸太の履いた軍靴だとわかった瞬間、顔が引っ張られるように上を見上げかけた。
「K美っ!」
 お父さんの声に我に返ったK美さんはしっかり前を見据え、つないだ手を離さないようにぎゅっと握ってそこを無事に通り過ぎた。
 その後もたびたび銭湯に通ったが
、見たのはその夜の一度きりだったという。

掌中恐怖 第六話『ドレスアップ』

2019-03-31 12:40:11 | 掌中恐怖

ドレスアップ

「あ~ん。どれにしよ~」
 ドレッサーの前に座り、真珠やダイヤなど宝石が散りばめられたいくつもの髪飾りを着けたり外したりしてわたしは悩んでいた。
 クローゼットから出したドレスもまだベッドに広げっぱなしだ。
 早くしないと間に合わない。
 ネックレスや指輪も見なくちゃいけないのに。
「まだやってるのか」
 ドアが開き、呆れた顔のパートナーが顔を出す。
「ねえ? どれが似合う?」
「バカかお前。全部バッグにぶち込め。さっさとしねえと旦那が帰ってくるぞ」
「わかってるわよ、もうっ。女心わかんない人ね」
 わたしはドレッサーの前から立ち上がり、腹から血を流して倒れている女を跨ぐと金目の物を全部ボストンバッグに詰め込んだ。

掌中恐怖 第五話『兄貴』

2019-03-30 02:57:18 | 掌中恐怖

兄貴

 兄貴が死んだ。身内に迷惑をかけっぱなしの人生で、たぶん地獄に落ちるだろう。
 数日して伯父が死んだ。そのすぐ後に伯母が死に、兄貴の唯一の親友も死んだ。
 あまりに不自然な死の連鎖。次は誰なのか戦々恐々としていたら、父が死に母も死ぬ。
 これは兄貴の祟りなのか。
 確かに兄貴の死にみな安堵し、当然の報いだと喜びもした。だが我々が殺したわけでなく祟られる筋合いなどない。
 次は僕か。
 そう考えていたら兄貴が目の前に立った。
 手には大鎌を持っている。
 地獄行きを免れるために魂を集める契約をしたと笑う。
 死んでまでも身内に迷惑をかけるとは本当にひどい兄貴だ。

怪異収集家 【ドアの向こう】

2019-03-29 11:04:13 | 怪異収集家
 


 看護師Mさんの話。
 以前勤めていた病院には何年も寝たきりで亡くなるまで個室に入院していた患者Bさんがいた。
 Mさんが勤めるずっと以前からいたというのだから、かなり長いのだが、家族に会ったことはなく、見舞客もいないので、金はあっても身寄りや友人はいないのだろうと思った。
 Mさんがちょうど夜勤明けでいない日にBさんはあっけなく亡くなった。
 遺体は処置を施されて運び出され、その後どう弔われたのか、Mさんにはわからない。
 ずっといたBさんがいなくなったので「なんだかさみしいね」などとみんなで話し合っていたが、それもほんの数日だけで、後は忙しさに紛れてしまった。
 病室はしばらく開け放され、長年の澱んだ空気も古いマットレスなどとともに交換された。
 閉め切っていたブラインドを上げて明るくなった病室にやがて初老の男性患者Fさんが入院してくる。
 Mさんが夜勤のある夜、その病室からのナースコールが鳴り響き、担当の新人ナースが素早く駆けていった。
 だが、すぐ戻ってきてFさんが寝ぼけていると笑う。
「わけわからんこと言うてはるねん」
 誰かがドアの前に立っているのが小窓に映っているのだという。
「わたし行ったときは誰もおらんかったし」
 新人ナースはそう言うと次の仕事に移った。
 その後もFさんは間髪入れず何度もコールを鳴らしてきて、その度に駆け付けていた新人ナースがべそをかき始めた。
「Mさん何とかしてぇ。誰か立ってる言うねん。怖くて眠れやんって。誰もおりませんよ言うても、いてるって聞かへんねん。背の高い紺色の寝巻着た人やって、ガラスのとこにぴったり張りついてずうっとこっち見てるって。
 カーテン引いても、見える言うて聞かへんねん」
 Mさんは持っていたペンを落とした。
 Bさんが紺色の寝巻を着た背の高い老人だったことを思い出したのだ。
 大きくナースコールが響き、Mさんはびくりとした。戸惑いつつも行こうとする新人ナースを手で制し、今度はMさんが行った。
 部屋を変えてくれと訴えるFさんの手を握り、今夜は無理だからとなだめる。
 明日、明日換えますから。
 Fさんにではなく、自分には見えないドアの向こうに立つBさんに懇願した。
 すると、すうすうFさんの寝息が聞こえ始め、Mさんはほっとした。
 翌朝申し送りの際、昨夜の一件を師長に伝え、Fさんの病室は速やかに交換された。
 その後Mさんが辞めるまで、どんなに満室でもその部屋だけは病室として使用しなかったという。
 ただ今はどうなっているのかわからない。


恐怖日和 第三話『盆栽』

2019-03-29 01:13:01 | 恐怖日和

盆栽

 所用で元同僚の住む町にきた。
 用事を済ませた後、久しぶりに会いに行こうと渡辺の住む地区へと足を向けた。
 お互い定年退職をして賀状だけの関係になっている。今年の年賀状には、相変わらず息子は帰ってこないと愚痴が書かれてあった。
 彼の息子は大きな都市の大学に入り、卒業後もこの田舎町には戻ってこなかった。結婚して子供もできたらしいが滅多に帰ってこないらしい。
 孫の顔も長い間見ていないとも書いてあった。面倒がなくていいよと付け足してあったが本当は寂しいのだろう。
 渡辺の住む町はずいぶん変化していた。成長した子世代たちが建て替えたおしゃれな住宅が立ち並んでいる。
 我が家の近辺も同じような状況だ。
 渡辺宅に近づくにつれて子供の笑い声や泣き声が聞こえて来た。隣近所には三輪車や小さな自転車が乱雑に置かれ、ままごとのおもちゃが道路にまで散らばっている。
 以前私が訪ねた時はちょうど彼の息子が家を離れた後で、同じ世代の住む住宅地は巣立ち後の閑静な地区になっていた。今や子世代で騒々しく賑わっている。
 もし渡辺の家に息子が戻っていれば、同じように賑やかになっていただろうに。
そう思うと、以前のままの渡辺家が寂しく見えた。
 急に訪ねてきた私に渡辺は嫌な顔こそしなかったが、青白く覇気のない表情に老け込むにはまだまだ早いと少し心配になった。
 奥さんはカルチャーセンターに行っているらしく、構いはできないと言いつつ麦茶を入れてくれた。
 こちらも手ぶらだから気を遣わないでくれと笑ったが、渡辺はにこりともしない。
 昔はこんな奴ではなかったが、突然の訪問を怒っているわけでもなさそうだ。
「なんか心配事でもあるのか?」
「いや、別に」
「まさかどこか具合が悪いとかじゃないだろうな」
「どこも悪くない。血圧が少し高い以外いたって健康だよ」
 渡辺は微かに笑ったあと、灰皿と煙草を持って縁側に移動した。
 軒に吊るされた風鈴がちりんと鳴った。
 庭の棚には盆栽が並んでいた。大会で賞を取ったとはしゃいでいた当時の渡辺を思い出す。だが、自慢の盆栽は見る影もなく荒れ果てていた。
「もう盆栽やってないのか?」
 私の問いかけに返事もせず、彼は庭を向いたままただ黙って煙をくゆらせていた。
 認知症と言う言葉が浮かんだ。
 いやそんなことはない。同じ年齢の男としてそう信じたかった。
 私は立ち上がって縁側に出た。「これ借りるぞ」と、沓脱石の上のつっかけを履いた。
 盆栽棚の前に行き、素人目でもよくないとわかる枝の伸びまくった盆栽たちを眺める。
 私はため息をつき、そっと渡辺のほうを盗み見た。相変わらず視点のない眼差しで煙草を吸っている。
 どこかの家で赤ん坊が泣きだした。別の場所からきんきんした声で子供たちが喧嘩を始め、また別の家から子供向け番組の歌が大音量で響いてくる。
「ここらもえらく賑やかになったな」
 私は苦笑交じりの笑顔を渡辺に向けた。
「そうだろ」
 渡辺はこちらを見ることもなく煙を吐きだした。ぞっとするような暗い声だった。
 私は気持ちを切り替えるように、「なっ、これ切ってやれよ。こういうの全然わからんけど、ちょっと重そうだぞ」と、もっさりした枝の盆栽を指さした。
「ああ、もうちょっと待ってるんだ。気が向いたらばっさり切ってやるつもりだ」
 渡辺は盆栽を見もしないで低く笑った。
 私はしばらくしゃべりかけていたが、いっこうに距離が縮まらず、あきらめて渡辺宅を後にした――
 
 数か月後、渡辺は枝切鋏で近所の子供たちの首を次々と切りつけ逮捕された。