10歳くらいの痩せた少年。
被害を受けた数人の幼児たちが口をそろえてそう証言した。
みな3~5歳くらいなので、ただ「おにいちゃん」というのが実際の言葉なのだが、警官や親たちがなんとか訊き出し、ようやくその風体を形作った。
だがショックを受け過ぎて放心状態の子もいるという。
ほとんどの幼児は親と一緒に公園に来て、目の届く範囲で遊んでいるが、被害児たちはほんの瞬間目を離した隙にいなくなってしまったのだそうだ。
彼らは遊び場から離れた遊歩道の途中にある公衆トイレのそばに引き付けられるように集まり、そこでその少年に出会ったという。
これも拙い証言から要約したものだ。
「ここ見てみ」
謎の少年は被害児たちを見ながらそう言い、トイレ横の側溝を指さした。
幼心に不審を抱きながらも好奇心に駆られ、被害児たちはつい側溝を覗いてしまった。
コンクリートで囲んだありふれた側溝はグレーチングという鉄格子の蓋がはめられていた。中は暗くて何も見えない。一体何を指さしたのかわからず、被害児たちは視線を上げ、首を傾げながらお互いの顔を見合わせた。
少年は「よう見てみ」と、もう一度側溝を指さす。
夥《おびただ》しい数の蟻が列をなして四方八方から側溝へと侵入していく様を横目に、グレーチングの奥へと焦点を合わせた被害児たちの見たものは、やはりただの闇の黒だった。
しかし、その闇はぞわぞわ蠢いて見えたという。
少年がしゃがみ込み、ふうううっと大きな息を吹きかけると暗闇がざああと散らばった。
深い側溝の陰だと思っていたものはすべて蟻だった。
実際は浅かった底に転がる蟻群の下から出てきたものを被害児たちはもろに見てしまう。
それは額がぱっくり割れた女性の頭部で、へこんだ白い眼球がきょろりとこっちを見たという子もいた。
恐怖で悲鳴を上げたり、泣き叫んだり、被害児がパニックに陥っている間に少年も頭部も跡形なく消えていたという。
警察は手の込んだ悪質ないたずらと判断し、目撃者や地域に住む少年たちを調べてみるも証言に合う少年は特定できなかった。また女性の頭部も見つかっておらず、両方とも実在しているのかどうかいまだわからずじまいで、心に傷を負った幼児たちだけが残された。
その男は未来から来たという。
SF的だが、そんな科学的な話ではなく、未来といってもほんの十数年後らしい。
男は生首を入れたレジ袋を持っていた。
そんなものを持って、なぜ突然僕の部屋に来たのか、男自身もわからないと言った。指名手配されての逃亡中、気づいたらここにいたという。
今は男にとって過去だから、追い出しても逮捕される心配はないだろうが、ヤバそうなバキバキの目をしているし、持っているものからして職質でもされたら一発アウトだ。
だから追い出しはしなかった。
男は幼い頃に受けたトラウマで外に出られなくなったらしい。常に頭の中がぞわぞわ落ち着かず、殺人衝動に駆られていた。
そしてとうとうある日の夜遅くに家を出て、帰宅途中の女性を鉈で襲って首を切断したのだそうだ。首から下は道端に放置、その場を後にして逃亡した。
頭の中のぞわぞわが消えていたという。
僕も幼い頃、男と同じトラウマを負っていた。もう十歳にもなるのに小学校に通うどころか、玄関から出ることすらできなくなってしまったのはそのためだ。
あの日あの時、側溝の女の生首を見たせいで外に出られなくなったのだ。まともな食事もできず、肉を食べても吐いてしまう。口にできるのはお菓子類だけ。
頭の中がぞわぞわと落ち着かず、こんな気持ちをわかってくれるのはこの人だけと思ったが、レジ袋を置いたまま、男は来た時と同じく唐突に消えた。
袋の中身を確認する。あの時の、額がぱっくり割れた女性の生首だ。白く濁った目が虚ろに開かれている。
でもただそれだけだ。
きょろりと動いたように見えたのは、幼い恐怖心が見せた錯覚なのか。それとも眼球内に入り込んだ蟻が蠢いていただけなのか。
僕は生首の髪を引っつかんで勢いよく立ち上がった。
ぐらりと立ち眩みがして、気づけば遊歩道の、あの公衆トイレ横の側溝脇に立っていた。
遊び場から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
僕はグレーチングを持ち上げ、側溝に生首を転がした。
腐肉の匂いに誘われた蟻がすぐに集《たか》り出し、いくつも列を作る。生首は瞬く間に真っ黒になった。
しばらくして幼い子供たちが集まり始めた。
あの中のどこかに自分もいるのだと思いながら、
「ここ見てみ」
そう言って、僕は側溝を指さした。