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恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

掌中恐怖 第二十七話『魚臭』

2019-05-21 11:23:59 | 掌中恐怖

魚臭

「あら、いやだ。マチ子さん、ほーんとあなた、魚の食べ方汚いわね」
 姑の声にわたしはいつものようにただうつむく。
 魚は見るのも食べるのも嫌いだった。あの生臭いにおいが我慢ならない。嫌々食べるから魚の食べ方がどうしても雑になる。
 マグロの値が高騰した、サンマの水揚げが悪いなどのニュースを見ても何とも思わず、むしろ、この世から魚が消えてくれてもいいとさえ思っている。
 なのに姑は毎日毎回嫌みを言う。
 だから子供たちの箸使いも下手になるのだと。
 そのせいで魚がもっと嫌いになった。
 同居した時、一つの家にふたりも主婦はいらないと姑は自分だけ自由に遊び歩き、家にいなかった。
 だが、わたしが魚料理を食べない、作らないと知るや出かけることがなくなり、一日中いて台所にしゃしゃり出てくるようになった。
 そして魚料理ばかりを食卓に並べ始めた。料理上手というわけでもないので下処理や味付けが悪く、生臭みがいっそう増している。
 誰もいない昼食にまで手の込んだ料理などいらないのに、菓子パンかカップ麺のほうがマシなのに、この女は毎日毎回わたしの目の前にぷんぷん生臭い魚料理を置く。
「さあ、マチ子さん、まだまだあるわよ。たーんとお食べなさい。魚の食べ方上手くならなきゃ。子供たちのお手本になれなくてよ」
 姑は焼き魚の皿を退け、煮魚を突き出した。
「わたしは魚が嫌いなんです――」
「えっ、なんですって?」
「魚が大嫌いなんです――」
「なに? ぼそぼそ言ってちゃ聞こえないわ」
「だぁかぁらぁ、魚もお前も大っ嫌いってんだよっ」
 流し台に置かれたままの出刃包丁を引っつかむと姑めがけて振り下ろした。

 魚は触れないし、さばいたことがない。
 これからも絶対触ることはないし、さばくこともないだろう。
 でも肉は好きだ。だから触れる。
 どんな肉でもさばける。
 さあみんな、きょうからずっと肉料理よ。

掌中恐怖 第二十六話『のぞき』

2019-04-28 19:03:32 | 掌中恐怖

のぞき

 深夜までテレビを観ていて風呂に入るのが遅くなってしまった。
 ああ、眠い。
 窓に映る枝の影を見ながら湯に浸かってうつらうつら。
 何となく違和感があったが、寝ぼけた頭ではそれが何かわからない。
 かたん。
 外の物音で目が覚める。
 のぞきが出没するからと今は亡き父が窓の下にバケツを置いていたのを思い出す。もうずいぶん経つがバケツはお守りのように置いたままだ。
 窓は施錠しているので開けられる心配はないが気味悪いことに変わりはない。
 窓ガラスの向こうにゆっくりとごつい男の顔が張り付いた。ぎょろぎょろと目の動きがガラス越しでもわかる。 
 枝の影が男の後ろで揺れた。
 あっ。
 さっきの違和感がわかった。窓のそばに木なんてない。
 のぞき男の目と口に黒くて長いものが巻き付き、どこかに連れて行かれるようにすっと消えた。
 バケツだけでなく、父も守ってくれているんだと思った。

掌中恐怖 第二十五話『ミスではないミス』

2019-04-24 11:35:19 | 掌中恐怖

ミスではないミス

「いえ、けっして医療ミスではありません」
「でも、ただの盲腸炎だとおっしゃったじゃないですか。ちょっとお腹を切って一週間もすれば退院できるって」
「ええ、そうでした。あなたに説明した時は確かにそうでした」
「では、検査で見誤ったと? 盲腸ではなく重篤な疾患だったとか?」
「だからそうではありません。
 検査で見誤りもしていないし、手術中にミスをしたわけでもありません」
「だったら、なんなんですか。こんなひどいことになるなんて」
「あなたの恋人のせいですよ」
「恋人? わたしの恋人がなんで関係あるんですか? 
 いえ確かに関係なくはないですよ。もうすぐ結婚する相手なんですから。わたしをすごく心配していました。
 でも、それと先生のミスとの関係がわかりません。へんな言いがかりをつけないでください」
「だから、医療ミスではありませんって。あなたもしつこいですね。
 実はあなたの恋人は昔僕の彼女を奪った男なのです。
 ショックでした。食事も喉を通らないくらい。初めて愛した女性でしたし、結婚しようと誓っていましたからね。
 奪われて以降、僕は彼女以上の女性に出会いませんでした。だから僕は今でも独り身です」
「知りませんよ、そんなこと。先生の過去なんてわたしには関係ないし。
 それに奪われたなんておっしゃいますけど、恋人を引き付けておく魅力が足りなかっただけのことでしょう?」
「そうですね。あなたの言う通りです。
 僕もそう思いました。奴に敵わなかっただけのことだと。それだけなら長い時間がかかっても、まだあきらめがつきました。
 ですが、奴は、あなたの恋人は、僕の彼女を手に入れた途端すぐに飽きて捨てたんですよ。
 まるで汚いゴミのように。
 そのために彼女は電車に飛び込んで自殺しました。美しい彼女が見るも無残な姿になって――」
「ち、ちょっと待って。
 診断を見誤ったのでもなく、医療ミスでもないって、もしかしてわたしを彼への復讐の道具に使ったんですか?
 先生たちの因縁にわたしはただ巻き込まれただけ?」
「まあ、そういうことです。あなたにはお気の毒でしたが。
 僕も名医としてのプライドがありますから、ただの盲腸炎を死に至らしめるのは結構大変だったんですよ。
 おかげで医療ミスをしたわけでもないのに、ヤブ医者のレッテルを張られてしまいました。
 ですが、これで本望を遂げました。同じ苦しみを奴に味わわせてやれて嬉しいです。
 ただし、僕も奴に殺されてしまいましたがね」
「ひどいわっ、何の関係もないのにっ。
 わたしの命を返してっ」
「冥途で文句言っても仕方ないですよ。今度生まれ変わったら恨みを買うような男を好きにならないことです」

掌中恐怖 第二十四話『食品スーパーレジ係』

2019-04-22 11:31:22 | 掌中恐怖

食品スーパーレジ係

 ピッピッとバーコードを読み取る音を聞きながら、阿紗子は目の前の客から目を逸らせた。
 無口なその男の後ろに恨めしそうな表情をした女が三人立っていたからだ。どれも半透明をしている。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ。
 いらっしゃいませ、こんにちは」
 視線を逸らせたまま事務的に次の客へ挨拶する。
 だが、客はじっと立ったままで手には何も商品を持っていない。そっと目を上げると頭がかち割れ、砕けた脳みそを垂らせた男が立っていた。
 しまった。
 確かに目が合った。が、阿紗子は見えないふうを装ってすっと目を逸らせた。
「おまえ視えてるだろ」
 そう言いながら男は血のこびりついた顔を阿紗子に近づけてきたが、
「こんちわっ!」
 買い物かごをどんっと台に置いた常連のおばさんの出っ腹に押し消されてしまった。
 おばさん、グッジョブ!
 心の中で感謝する。

 きょうは外が曇っていた。
 こんな日は黒い人影のようなものがたくさん駐車場を徘徊する。
 帰る時にぶつからないように注意しないと。
 それに触れると怪我が増える。包丁で指を切ったり、鍋の縁で火傷をしたりと小さなものだが気持ちのいいものではない。
 やがてぽつぽつと雨が降り始め、客足が少なくなった。
 ぼんやり突っ立っていると入り口近くで小さな女の子が泣いているのに気付いた。
「あらあら迷子? お母さんは?」
 阿紗子はすぐさま女の子に駆け寄って聞いてみたが首を振って泣くばかり。
 一緒に通路を覗きながら探していると、「ちょっと何さぼってんのよ」と後ろからチーフにどやされた。
「あのぉ、迷子が」
 阿紗子が言い訳しようとしたその時、「あ、おかあちゃんだ」と少女が嬉しそうに駆け出した。
 その先にはカートにもたれゆっくり歩く寂しそうな老女がいた。
 ああそういうことか――
 レジに戻った阿紗子の前に置かれた老女のかごには苺とおまけ付きのお菓子が入っていた。
「娘の命日でな」
 支払いをする老女の横で女の子が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
 女の子が振り返って手を振った。

掌中恐怖 第二十三話『お兄ちゃん』

2019-04-20 12:21:11 | 掌中恐怖

お兄ちゃん

「お兄ちゃんどうしたの?」
 学校から帰ってきた恭子は驚いて、具合悪そうにソファにもたれる悟志のそばに走り寄った。
「いや、何でもない大丈夫」
 悟志は目をつぶったまま片手を上げて恭子の心配を制した。
「でも、具合が悪いから会社を早退したんでしょ」
「きょうは休んだんだ」
 そう返して悟志は咳き込んだ。
 空気が侵されていきそうな不快な咳だった。
 深夜だというのにリビングでスマホゲームに興じていた兄を恭子は思い返す。
 もう社会人だというのに母に注意されるまで夢中になっている姿に呆れたが、試験勉強の息抜きにココアを作りすぐ自室に戻ったので、恭子はその後の悟志を知らない。
 朝は朝で寝坊して慌てて出かけたので、やはり兄がどうしていたのか知る由もなかった。
「お兄ちゃんゲームのやりすぎよ。ママが帰ってきたら、うんと叱られるわよ」
 母は早朝ばたばた急いでパートに出かけるから、悟志が休んでいることに気付いてないだろう。
「ああ、ほんとにゲームのやりすぎかもしれな――」
 げぼりと悟志が嘔吐した。
「きゃあっ」
 恭子はかばんを放り出し、悟志のそばにしゃがみ込んだ。
「大丈夫っ、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ」
 顔面蒼白の悟志は恭子を少し見上げてすぐうつむいた。
「え――」
 兄の顔が縦横に伸びたり縮んだりでいるように恭子には見えた。
 一瞬だったので錯覚だろう。またはそれほど苦痛に顔を歪めたか。
 悟志はげぼりげぼりと何度も嘔吐した。
 恭子は兄の背中を擦り続けた。
 嘔吐物から動物園で嗅ぐようなにおいがする。
「お兄ちゃん、何食べたの?」
「きょうは何にも食べてない」
 悟志はうつむいたまま、苦しそうな声で答える。
 兄の背中がでこぼこ蠢いているのが手のひらに伝わってきた。空嘔吐きを繰り返しているが、そのせいでそうなっているわけではなさそうだ。
 身体が見る見る変化していく。
「お兄ちゃん、なに? なんなの?」
 恭子は震えながら悟志から離れた。
 目の前にはソファにもたれるアルパカがいた。
「お兄ちゃん――
 お兄ちゃん、いったい何のゲームしたの?」