姉御のばたばた日記

美味しい物とお酒のためなら東奔西走!姉御のとっても忙しい毎日をリポート

一周忌+納骨が終わりました

2012年03月01日 | 姉御とその仲間

娘の優季です。

今日、ちょうど母が亡くなって1年が経ちました。

去年は本当に色々なことがあり、正直この1年が長かったのか短かったのか、

よく分かりません。

 

先月の25日に、私と弟と叔母の3人で、

母の一周忌、父の四十九日と納骨、祖母の七回忌を大谷本廟で行いました。

 

これでお父さんは、お母さんの隣に並ぶことができました。

きっとしばらくの間は、お父さんはお母さんにコッテリ絞られることになるでしょう・・・

お父さん頑張れ!!(笑)

 

法事の後は、いつものお寿司でいつもの宴会。

お父さんもお母さんも楽しく騒ぐことが大好きだったので、

仏壇の前で、3人で大盛り上がり。

2人の姿は見えなくても、心は一緒のところにある!

一緒に宴会楽しんだよね、お父さんお母さん!

 

次は夏のお盆かな。

お盆は親戚がもっと集まってくれると思うので、

またみんなで盛り上がりましょう。

 

 

最後になりましたが、

父と母へお供え物等を送ってくださった方々、

本当にありがとうございます。

 私が少しばたばたしていたために、

お礼の連絡がほとんどできていない状況です。

ごめんなさい。

少し落ち着いたら、改めてご連絡いたします。

 

 

娘 優季 

 

 


初盆が終わりました

2011年08月14日 | 姉御とその仲間

8月13日、家族と母の妹一家が見守る中、無事に初盆が終わりました。

 

 

毎年この時期は家族と親戚が集まり、酒盛りや水遊びなで大はしゃぎすることを楽しみにしていました。

今年は母はお酒を飲んだり遊んだりすることはできないですが、

その分、私たちが盛り上がって楽しんで、母を喜ばせたいと思います。

 

ということで、初盆のお勤めが終わったあとは、恒例のひろせへ、美味しいものを食べに行ってきました!

    

お母さん、悔しがってるかも!?(笑)

 

 

 

母がいなくなって、もう5ヶ月が過ぎました。

本当に早いものです。

このまま一周忌なんてすぐに来てしまうんやろうなぁ。

 

一周忌のときも、また親戚で集まって盛り上がって、お母さん一緒に楽しもうね。

 

 

 

最後になりましたが、暑い中母のお参りに来てくださった方

ありがとうございます。

 

                             娘  永野 優季


四十九日が終わりました

2011年04月20日 | 姉御とその仲間

 

4月18日に,姉御こと永野麻也子の四十九日の法要と納骨が無事に終了しました.

現在,母は京都の大谷本廟で眠っています.

 

これで母がこの世を去って7週間が経ちました.本当に早いものです.

きっと今頃は,成仏して天国で母の両親と酒盛りをしていることでしょう.

はたまた,ジロウやココ,チョッパーたちと一緒に遊んでいるのかな・・・.

 

母の職場や友人の方々には大変お世話になりました.

今でも感謝でいっぱいです.本当にありがとうございました.

 

大谷本廟へ直接母に会いに来られる方がいらっしゃいましたら,

場所をお教えしますので,父(國松)または私(優季)に,直接ご連絡ください.

 

 

                            娘   永野 優季

 


姉御のGAN☆GAN日記

2011年04月04日 | 姉御とその仲間

 

みなさんご存知のとおり,「姉御」こと永野麻也子は

去る2011年3月1日にこの世を去りました.

 

遺品の中から,姉御が闘病生活中に書いた「姉御のGANGAN日記」を見つけ,

これこそが,長年にわたって書いてきた「姉御のばたばた日記」の最後にふさわしいと思い,ここに掲載します.

 

最後に,長年にわたってこの「姉御のばたばた日記」をご愛読してくださって

本当にありがとうございました.

  

 

             永野麻也子の娘 永野優季

 

 

 

 

 

********

 

  

1.晴天の霹靂

 

晴天の霹靂だとか、寝耳に水だとか、そんな言葉では表されないぐらい、

201012月の3週目は姉御の人生最大にして最悪の展開を迎えた。

 

自分がどんな状況に置かれているか判断できなくて、

どうすべきなのか迷っている時間も無いままに、検査・入院・治療が始まった。

 

 「元気な」とか「病気知らず」は姉御のためにある言葉。

 

自分も含めてみんながそう思ってきた53年間。

入院といえば中学2年の盲腸と2回のお産(自然分娩)。

大津市の社会保険課から表彰が来るぐらい国民保険も使わない。

 

そんな姉御は数年前からじわじわ癌細胞に犯されていたらしい。

 

 

 

 

 

2.一人ぼっちの戦い

 

21日の胃カメラ検査に端を発し、初めは「肝臓に影」その後すい臓癌の烙印を押されるまでの4日間。

姉御の中では「いかに家族や周りに迷惑をかけないか」が最重要課題になった。

 

生協の理事・学習塾の講師(冬期講習目前!!)・公立中学校新任教師の後補充・

地域の子どもたち相手の発明発見の体験授業講師・いくつかの市民活動・・・・。

 

突然のリタイアは確実に「迷惑」をかける。

申し訳なさと途中で放り投げる悔しさでいっぱいだった。

 

検査入院のスケジュールが決まった24日の夕方からあちこちへ電話。

家族や親戚の驚きと動揺も手伝って「姉御がしっかりしなければ!」

 

 

 

 

 

3.気がつけば、ちっぽけなめしべ

 

まず理事長へ。

本来なら辞任しなくてはいけないほどの病状なのに、

「分かりました、あなたの思うようになさってください」と

継続したい姉御の気持ちを大切にしてくれた。

 

塾でも「大丈夫!代わりなんて何とかなるんやから、先生の体のことだけ考えてよ」

 

せめて最後の授業で生徒に直接謝りたいというわがままも聞き入れてもらって25日は最後の授業。

授業終了後に事務所に下りたら、今までの教え子たちまでもが集まっていて、

握手と激励とハグの嵐。

 

「私物は持って帰ったらアカン!必ず復帰!!」と

私物をまとめかけたら、叱られる始末。

 

 

私を取り巻く溢れる笑顔・・・一人じゃない。

 

姉御というちっぽけなめしべをこんなに素敵な花びらが幾重にも包んでくれているんだ!

 

現状を正しく伝えて、後はみんなに任せることが大切なんだと気がついた。

 

 

 

 

 

4.戦うんじゃない

 

これまでのさまざまな活動で知り合った仲間。

 

本当なら一人ひとりに病状を伝えて、活動を休止しなくてはいけないのだけれど、

年末の押し迫ったこの時期に到底無理!

 

だからブログで公開することに。

 

掲載したとたん、夜中にもかかわらずメールの嵐。

 

「何ができる」「知らなかった、ごめん」

「頑張れとはいわないよ・・・でも、ファイト!」

「困ったことがあったら、近いからいつでもSOSして」

 

 

 アメリカインディアンの言い伝え、

「鏡に自分の姿が映っているのは、世界のどこかで誰かが自分のことを思っているから」というのを思い出した。

 

差し詰め今の鏡の中の姉御は眩しくって目を開けられないぐらい光り輝いている?

 

家族・仲間・知人の思い、こんなにすごいものが私を包んでいるのかと思うと、

癌への恐怖がどんどん薄らいできた。

 

戦うんじゃないんだ・・・・そう確信。

 

 

 

 

 

5.北風と太陽

 

姉御が癌への恐怖とこれからのことへの不安でコートの襟を立てて、

癌という病気に向かっていっても、虚しいだけじゃないかな?

 

姉御には家族の深い愛情と友人や知人の無限の優しさという太陽がある!

 

その太陽に向かって両手を広げて立っていると、

癌細胞が温かさとパワーでヘロヘロになるんじゃないかな?

 

今はそんな気がしている。

 

 

抗がん剤投与も始まり、これからが正念場だけど、

姉御を取り巻く環境が恐怖や不安を一切感じさせない。

 

いま溢れてくる想いは「ありがとう」「感謝」「おかげさまで」。

 

だからいつでも笑っていられる。

 

姉御のGANGANはまだまだ続く。 

 

                (2011年1月18日)

 

 

この文章は,コープしが福祉ネットワークセンター発行『福祉ネットワーク』53号に掲載されました.)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


申し訳ありませんが・・・

2010年12月26日 | 姉御とその仲間

たくさんのメッセージを携帯に頂きました

心より感謝いたします

ただ、

今は身の回りのことに忙しく、返信できません

本当にごめんなさい

闘病中は時間がいっぱいあると思うので、その時まで待ってください。

 

今日は古くからの友人とランチ

入院グッズの買い出し

家の片づけ

 

気が付けば夜です。

お産と盲腸以外で2日以上の入院は初めてなので、

遠足前の気分です

 

皆様にお知らせしたものの、

食事は美味しいし、

普通にしゃべれるので、

 

体内の異変がウソのようです

 

次ブログするのは30日かな・・・・

じゃ、またです

 


幸せな頂き物

2010年12月23日 | 姉御とその仲間

季節がら、一年の感謝をこめていただいたり、

クリスマスだったりで、ハムやらぐい飲みやら

ここ数日は姉御人生最大の問題に立ち向かい

だから皆様の心遣いがとても嬉しく・・・・がんばれます

あ、問題の詳細は後日


素数じゃないし・・・

2010年11月13日 | 姉御とその仲間

マツが12日で54歳

あ「誕生日おめでとう」

ま「お、誕生日やったな・・・54になってしもた

あ「ええやんか、54は3やらの倍数で。53なんて素数やで。かなり嫌やねんけど

ま「お、ほんまに53は素数や

10日発売の琥珀エビスで乾杯

やっぱりけったいな夫婦やろか・・・


長ーーーーーーい一日

2010年10月21日 | 姉御とその仲間
深夜3時の電話から始まりました

義父の容体がおもわしくないのは、9月ごろから聞いていました

義兄からの訃報が遂に届きました



実は、

土曜日に甥の結婚式を控え、

金曜日からのJRの往復券を予約してありました。


今朝亡くなったら、お通夜は今日?明日?

連絡を受けてから、とりあえずベッドに横になってはいたものの

二人とも眠れず、

空が白んだ頃に始動

私も対岸の彦根近くで重層学習会の講師を予定しているので、

8時には家を出なくてはならず、

結局7時過ぎにマツを堅田駅に送り

そのまま甲良町へ

ここまでで63㎞


学習会の後は、

日曜日に開催される「豊かなうみづくりフェスティバル」の準備で南郷水産センターへ

湖東の湖岸を一気に南下、走行距離は120㎞オーバー

日曜日に試食品としてふるまう「アメノイオご飯」に使うビワマスをセンターで受け取る

予定では、そのまま夜の仕事に向かうつもりだったけど、

ビワマスは発泡スチロールじゃなくて、

段ボール箱に入っている!

しかも50㎝オーバーが4匹

車に積んであるクーラーに入るはずもなく、

仕方がないから、一旦帰宅

ここまでで173㎞


さすがに睡眠時間3時間余りで、この距離の運転は疲れているので、

30分の仮眠


再び南下して仕事

21時に帰宅、走行距離は237㎞

配達されていた生協の荷物を冷蔵庫に入れて、

たまとダービーに餌をやり、

お風呂を沸かしていると・・・・

「ぴよ」

ぴよ????

オクタゴン(孵化器)で2羽、ごそごそ動いてま~す

マツに連絡して、どうするか指示を仰ぎ、

やっとエビスタイムにこぎつけました

御義父さんの冥福を祈ることもさることながら、

この一日を無事乗り切った自分に乾杯

義姉の趣味

2010年09月13日 | 姉御とその仲間
マツのねぇちゃんの趣味は陶芸

以前も作品を頂いた

今回は、窯が違うとかで、


浅鉢
緑色は織部


ヤマモモの葉っぱを載せたり、
あとで色を重ねたりと、
手間のかかっている大皿

ねぇちゃんも、日本酒好き

だから、

作品も酒の肴を載せたら美味しそうなものが多い

・・・・と、思うのは私だけ?

ねぇちゃん、ありがとう!