2011.07.27 国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦
(書き起こし文元データ)
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754131.html
わたくしは東京大学アイソトープ総合センター長の児玉ですが、3月15日に大変に驚愕いたしました。
私ども東京大学には27箇所のアイソトープセンターがあり放射線の防護とその除染などの責任を負っております。それでわたくし自身は内科の医者でして、東大病院の放射線施設の除染などにずっと数十年関わっております。
3月15日に、まずここの図にちょっと書いてあるんですが、我々最初にまず午前9時頃、東海村で5マイクロシーベルトという線量を経験しまして、それを第10条通報という文科省に直ちに通報いたしました。その後、東京で0.5マイクロシーベルトを超えるその線量が検出されました。これは一過性に下がりまして。
次に3月21日に雨が降り、0.2マイクロシーベルト等の線量が降下し、これがこんにちにいたるまで高い線量の原因になっていると思っています。
それでこの時に枝野官房長官は「さしあたり健康に問題はない」ということをおっしゃいましたが、わたくしはその時に実際にこれは大変なことになると思いました。
なぜかというと、現行の放射線の障害防止法というのは、高い線量の放射性物質が少しあるものを処理することを前提にしています。このときは総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度が問題になります。
ところが今回の福島原発の事故というのは、100キロ圏で5マイクロシーベルト、200キロメートル圏で0.5マイクロシーベルト、さらにそれを越えて、足柄から静岡のお茶にまで汚染が及んでいることは、今日、すべてのみなさんがご存じの通りであります。
われわれが放射線障害をみるときには、総量を見ます。それでは東京電力と政府はいったい今回の福島原発事故の総量がどれぐらいであるか、はっきりとした報告はまったくされておりません。
そこで私どもはアイソトープセンターの知識をもとに計算してみますと、まず熱量からの計算では広島原爆の29.6個分に相当するものが漏出しております。ウラン換算では20個分のものが漏出していると換算されます。さらにおそるべきことにはこれまでの知見で、原爆による放射能の残存量と、原発から放出されたものの放射線の残存量は1年に至って、原爆が10分の1になるのに対して、あ、すいません、原爆が1000分の1程度に低下するのに対して、原発からの放射線汚染物は10分の1程度にしかならない。
つまり今回の福島原発の問題はチェルノブイリ事故と同様、原爆数十個分に相当する量と、原爆汚染よりもずっと大量の残存物を放出したということが、まず考える前提になります。
そうしますと、われわれはシステム生物学というシステム論的にものをみるやり方でやっているのですが、総量が少ない場合には、ある人にかかる濃度だけを見ればいいです。しかしながら総量が非常に膨大にありますと、これは粒子です。
粒子の拡散というのは、非線形という科学になりまして、われわれの流体力学の計算ではもっとも難しいことになりますが、核燃料というのは、ようするに砂粒のようなものが、合成樹脂のようなものの中に埋め込まれております。
これがメルトダウンして放出されるとなると、細かい粒子がたくさん放出されるようになります。そうしたものが出てまいりますと、どういうことがおこるかというのが、今回の稲藁の問題です。
例えば岩手の藤原町では、稲藁5万7千ベクレルプロキログラム、宮城県の大崎1万7千ベクレルプロキログラム、南相馬市10万6千プロキログラム、白河市9万71千プロキログラム、岩手6万4千プロキログラムということで、この数値はけして同心円上にはいかない。どこでどういうふうに落ちているかは、その時の天候、また例えばその物質が水を吸い上げたかどうか。
それで今回の場合も、私は南相馬へ毎週末700キロメーター行って、東大のアイソトープセンターは現在までに7回の除染をやっておりますが、南相馬に最初にいったときには1台のNaIカウンターしかありません。農林省が通達を出したという3月19日には、食料も水もガソリンもつきようとして、南相馬市長が痛切な訴えをウェブに流したのは広く知られているところであります。
そのような中で通達1枚を出しても誰も見ることができないし、誰も知ることができません。稲藁がそのような危険な状態にあるということは、まったく農家は認識されていない。農家は飼料を外国から買って、何十万という負担を負って、さらに牛にやる水は実際に自分たちが飲む地下水にその日から代えています。
そうするとわれわれが見るのは、何をやらなければいけないのかというと、まず汚染地で徹底的な測量ができるようにすることを保障しなければいけません。われわれが5月下旬に行ったときに先ほど申し上げたように、1台しか南相馬になかったというけれど、実際には米軍から20台の個人線量計が来ていました。しかしその英文の解説書を市役所の教育委員会で分からなくて、われわれが行って、教えてあげて実際に使いだしてはじめて20個での測定というのができるようになった。それが現地の状況です。
それから先程から食品検査と言われていますが、ゲルマニウムカウンターというのでなしに、今日ではもっとイメージングベースの測定器が、はるかにたくさん半導体で開発されています。なぜ政府はそれを全面的に応用してやろうとして、全国に作るためにお金を使わないのか。3カ月経ってそのようなことが全く行われていないことに私は満身の怒りを表明します。
第二番目です。私の専門は、いわゆる小渕総理のときから内閣の抗体医薬品の責任者でして今日では最先端研究支援ということで、30億円をかけて、抗体医薬品にアイソトープをつけて癌の治療にやる、すなわち人間の身体の中にアイソトープを打ち込むのが私の仕事ですから、内部被曝問題に関して、一番必死に研究しております。
そこで内部被曝がどのように起きるかということを説明させていただきます。内部被曝というのの一番大きな問題は癌です。癌がなぜ起こるかというと、DNAの切断を行います。ただしご存知のように、DNAというのは二重らせんですから、二重のときは非常に安定的です。
これが細胞分裂するときは、二重らせんが1本になって2倍になり、4本になります。この過程のところがもの凄く危険です。そのために妊婦の胎児、それから幼い子ども、成長期の増殖の盛んな細胞に対しては、放射線障害は非常な危険性を持ちます。
さらに大人においても、増殖の盛んな細胞、例えば放射性物質を与えると、髪の毛、貧血、それから腸管上皮に影響しますが、これらはいずれも増殖の盛んな細胞でして、そういうところが放射線障害のイロハになります。
それで私どもが内部に与えた場合のことで具体的に起こるので知っている事例を挙げます。これは実際にはですね、一つの遺伝子の変異では癌はおこりません。最初の放射線のヒットが起こったあとにもう一個の別の要因で、癌への変異が起こるということ、これはドライバーミューテーションとか、パッセンジャーミューテーションとか、細かいことになりますが、それは参考の文献をつけてありますので、後で、チェルノブイリの場合や、セシウムの場合を挙げていますので、それを見ていただきますが、まず一番有名なのはα線です。
プルトニウムを飲んでも大丈夫という東大教授がいると聞いて、私はびっくりしましたが、α線は最も危険な物質であります。それはトロトラスト肝障害というかっこうで、私ども肝臓医は、すごくよく知っております。
要するに内部被曝というのは、さきほどから一般的に何ミリシーベルトという形で言われていますが、そういうものは全く意味がありません。I131は甲状腺に集まります。トロトラストは肝臓に集まります。セシウムは尿管上皮、膀胱に集まります。これらの体内の集積点をみなければ全身をいくらホールボディスキャンやっても、まったく意味がありません。
トロトラストの場合、このちょっと小さい数字なんで大きい方後で見て欲しいんですが。これは実際にトロトラストというのは造影剤でして、1890年からドイツで用いられ、1930年頃から日本でも用いられましたが、その後、20から30年経つと肝臓がんが25%から30%に起こるということが分かってまいりました。最初のが出て来るまで20年というのが何故かと言うと、最初にトロトラストはα線核種なのですが、α線は近隣の細胞を障害します。そのときに一番やられるのは、P53という遺伝子です。
われわれは今、ゲノム科学ということで人の遺伝子、全部、配列を知っていますが、一人の人間と別の人間はだいたい三百万箇所違います。ですから人間を同じとしてやるような処理は今日ではまったく意味がありません。いわゆるパーソナライズドメディスンと言われるやり方で、放射線の内部障害を見るときにも、どの遺伝子がやられて、どのような変化が起こっているかということをみることが、原則的な考え方として大事です。
トロトラストの場合は、第一の段階でP53遺伝子がやられて、それに続く第二、第三の変異が起こるのが20年から30年かかり、そこで肝臓癌や白血病が起こってくるということが証明されております。
次にヨウ素131。これはヨウ素はご存知のように甲状腺に集まりますが、甲状腺への集積は成長期の甲状腺形成期がもっとも特徴的であり、小児に起こります。しかしながら1991年に最初、ウクライナの学者が甲状腺癌が多発しているというときに、日本やアメリカの研究者は、ネイチャーに、これは因果関係が分からないということを投稿しております。なぜそういったかというと1986年以前のデータがないから統計学的に有意だということが言えないということです。
しかし統計学的に有意だということが分かったのは、さきほども長瀧先生からお話しがありましたが、20年後です。20年後に何が分かったかというと、86年から起こったピークが消えたために、過去のデータがなくても因果関係があるということがエビデンスになった。いわゆるですから疫学的な証明というのは非常に難しくて、全部の事例が終わるまでだいたい証明できないです。
ですから今、われわれに求められている子どもを守るという観点からはまったく違った方法が求められます。そこで今、行われているのは国立のバイオアッセ―研究センターという化学物質の効果を見る、福島昭治先生という方がずうっとチェルノブイリの尿路系に集まるものを検討されていまして、福島先生が、ウクライナの医師と相談…集めて、500例以上の、前立腺肥大のときに手術をしますと膀胱もとれてきます、これを見まして検索したところ、高濃度の汚染地区、尿中に6ベクレルパーリッターと微量ですが、その地域ではP53の変異が非常に増えていて、しかもその、増殖性の前癌状態、われわれからみますと、P38というMAPキナーゼと、それからNFカッパーBというシグナルが活性化されているのですが、それによる増殖性の膀胱炎というのが必発でありまして、かなりの率で上皮内の癌ができているということが、報告されております。
それでこの量に愕然といたしましたのは、福島の母親の母乳から2から13ベクレル、7名で検出されているということがすでに報告されていることであります。次のページお願いします。
われわれアイソトープ総合センターでは、現在まで毎週700キロメーターだいたい1回4人ずつの所員を派遣しまして、南相馬市の除染に協力しております。
南相馬でも起こっていることはまったくそうでして、20キロ、30キロという分け方がぜんぜん意味が無くて、その幼稚園ごとに細かく測っていかないと全然ダメです。それで現在、20キロから30キロ圏にバスをたてて、1700人の子どもが行っていますが、実際には南相馬で中心地区は海側で、学校の7割は比較的線量は低いです。
ところが30キロ以遠の飯館村に近い方の学校にスクールバスで毎日100万円かけて、子どもが強制的に移動させられています。このような事態は一刻も早くやめさせてください。今、一番その障害になっているのは、強制避難でないと補償しないと。参議院のこの前の委員会で当時の東電の清水社長と海江田経済産業大臣がそのような答弁を行っていますが、これは分けて下さい。補償問題と線引の問題と、子どもの問題は、ただちに分けて下さい。子どもを守るために全力を尽くすことをぜひお願いします。
それからもう一つは現地でやっていて思いますが、緊急避難的除染と恒久的除染をはっきりわけて考えていただきたい。緊急避難的除染をわれわれもかなりやっております。例えばここの図表にでています滑り台の下、滑り台の下はここは小さい子どもが手をつくところですが、滑り台から雨水が落ちて来ると毎回濃縮します。右側と左側にずれがあって、片側に集まっていますと、平均線量1マイクロのところですと、10マイクロの線量が出てきます。それで、こういうところの除染は緊急にどんどんやらなくてはなりません。
それからこういう様々なコケが生えているような雨どいの下、これも実際に子どもが手をついたりしているところなのですが、そういうところは、例えばですね、高圧洗浄機を持って行ってコケをはらうと2マイクロシーベルトが0.5マイクロシーベルトにまでなります。
だけれども、0.5マイクロシーベルト以下にするのは非常に難しいです。それは建物すべて、樹木すべて、地域すべてが汚染されていますと、一か所だけを洗っても全体をやることは非常に難しいです。
ですから除染を本当にやるというときに、一体どれぐらいの問題がかかり、どれぐらいのコストがかかるかということをイタイイタイ病の一例であげますと、カドミウム汚染地域、だいたい3000ヘクタールなのですが、そのうち1500ヘクタールまで現在、除染の国費が8000億円投入されています。もしこの1000倍ということになれば一体どれだけの国費の投入が必要になるのか。
ですから私は4つのことを緊急に提案したいと思います。
第一番目に国策として、食品、土壌、水を、日本がもっている最新鋭のイメージングなどを用いた機器を使って、もう半導体のイメージング化は簡単です。イメージング化して流れ作業にしてシャットしていって、やるということでの最新鋭の機器を投入して、抜本的に改善してください。これは今の日本の科学技術力でまったく可能です。
二番目。緊急に子どもの被曝を減少させるために、新しい法律を制定してください。私のやっている、現在やっていることはすべて法律違反です。現在の障害防止法では、核施設で扱える放射線量、核種などは決められています。東大の27のそのいろいろなセンターを動員して南相馬の支援を行っていますが、多くの施設はセシウム使用権限など得ておりません。
車で運搬するのも違反です。しかしお母さんや先生に高線量のものを渡してくるわけにはいきませんから、今の東大の除染では、すべてのものをドラム缶に詰めて東京にもって帰ってきています。受け入れも法律違反、すべて法律違反です。このような状態を放置しているのは国会の責任であります。
全国には、例えば国立大学のアイソトープセンターというのは、ゲルマニウムをはじめ最新鋭の機種を持っているところはたくさんあります。そういうところが手足を縛られたままで、どうやって、国民の総力をあげて子どもを守れるでしょうか。これは国会の完全なる怠慢であります。
第三番目、国策として土壌汚染を除染する技術を、民間の力を結集して下さい。これは例えば東レとかクリタだとかさまざまな化学メーカー。千代田テクノルとかアトックスというような放射線除去メーカー、それから竹中工務店などさまざまなところは、放射線の除染に対してさまざまなノウハウを持っています。こういうものを結集して、ただちに現地に除染研究センターを作って、実際に何十兆円という国費をかかるのを、今のままだと利権がらみの公共事業になりかねない危惧を私はすごくもっております。
国の財政事情を考えたら、そんな余裕は一瞬もありません。どうやって本除染を本当にやるか。七万人の人が自宅を離れて彷徨っているときに国会は一体何をやっているのですか。以上です。
(書き起こし、ここまで)
参考資料 スライドショー
http://www.slideshare.net/ecru0606/ss-8725343
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足利事件、国会で明らかになった重大事実 足利事件キャンペーン(3)
ついに始まった法務・検察への国会追及。副大臣の驚くべき答弁とは――
静寂な闇が広がる住宅街に、砂利を踏む音だけが響く。晩秋の北関東のとある街。気温は下がり、白く見える自分の息の向こう側に、一軒の家が次第に近づいてくる。四歳の幼女が殺害された「足利事件」。その発生当日、現場で目撃された漫画のルパン三世に似た男がいる。真犯人の可能性が高いその男を私は探し続けた。男は、「北関東連続幼女誘拐・殺人事件」の犯人の条件をも満たしていた。
周辺取材に一年をかけた後、私は、その男と直接対峙することにした。それはまだ、菅家利和さんが事件の犯人とされ、千葉刑務所に閉じ込められていた二年前の秋のことだ。
事件から十八年。突然の記者の訪問に若干の狼狽を見せながら、男はその姿を現した。ルパンの面影を残す中年男に私は尋ねた。
「十八年前の事件について伺いたい……」
*
「一九七九年から九六年にかけて、栃木県の足利市、隣接する群馬県太田市で、連続幼女誘拐・殺人事件が起きていました。いずれの事件も、この県境二十キロ圏内に集中しており、菅家さんの事件はその一つ……」
十一月十一日、参議院の行政監視委員会。質問はそこから始まった。
マイクに向うのは風間直樹参議院議員だ。日本テレビの報道と本誌連載で報じ続けてきたこの事件。風間議員は北関東に封印されていたこの事実を初めて知った。
更に、私が足利事件の“真犯人”を特定し当局に情報を伝えているが、検察、警察は捜査に後ろ向きである現状も知った。衝撃を受けた風間議員は「政治の責任として放置することはできない」と、この日の質問に臨んだ。
答弁するのは小川敏夫法務副大臣。「個別の事件の内容については、答弁を控えさせて頂きます」「法と証拠によりまして……適正な対応をする」と歯切れの悪い答弁を繰り返す。
■法務省が守る真犯人の“人権”
質疑の終盤、風間議員が「再捜査を行って、真犯人検挙のために当局が動くことが、被害者ご遺族の心情に報いることと、そして何よりも再発を防止するため政治がなすべき当然の責務ではないか」と、その覚悟を問うと、小川副大臣はこう答えたのである。
「時効が完成していることが明らかだという場合に、訴追できる可能性もないのに、いたずらに、いたずらにという言葉はちょっと言いすぎかもしれませんが……被疑者を特定して、あるいは世間に晒すということが、今度は逆に人権問題も生じてくるのではないか」
なんと、殺人を犯し、なんら罪を償っていない真犯人の“人権”に言及したのである。これらの答弁の大半は、担当部局が用意したペーパーの丸読みのようだが、答えに窮すれば「個別の事案については……」「法と証拠によって……」と使い分ける実態を目の当たりにした。
このような国会での答弁について、柳田稔法務大臣が放言したのが、この三日後になる。
「二つ覚えておけばいい。『個別の事案については答えを差し控えます』これは良い文句です。あとは『法と証拠に基づいて適切にやっております』と。まあ、何回使ったことか」
この一言で辞任に追い込まれた。
十七年半もの間、殺人犯と決めつけられた菅家さんは、当事者ともいえる法務省が、時効と、真犯人の人権を盾にしたと聞いて、怒りを露わにする。
「冗談じゃない、おかしいです。私を刑務所に入れておいて、犯人は逃げ得ですか。ちゃんと捕まえてください。捜査してくださいよ」
誰よりも人権を蹂躙(じゅうりん)された菅家さんの腹立ちは当然と言えよう。そもそも「捜査ミス」「誤った起訴」「誤判」を重ね、事件を時効にしたのは国なのだから。
「時効ですから」。菅家さん釈放後の取材で、検察や警察から反吐が出る程その言葉を聞かされた。言われなくても分かっている。
私が、菅家さんの冤罪と、“真犯人”ルパンの存在に気がついたのは三年前の〇七年夏だ。その時点ですでに、事件発生から十七年。当時の事件時効を過ぎていたのだ。はるか前から、こうなる可能性は百も承知の報道だった。だが、菅家さんとは比較にならない程、容疑濃厚のルパンの存在は放置できない。そこで冤罪キャンペーン報道を続け、結果はやはりそのとおり。菅家さんの失われた人生は戻らず、真犯人は自由の身……。
不条理を「仕方ない」で終わらせたら、正義も一緒に心中してしまう。真犯人は、連続事件犯で、再発の危険性もある。そもそも、足利事件の実質的な捜査は、菅家さん逮捕までの一年半しか行われていないのだ。その捜査がいかに杜撰(ずさん)であったかは、これまで報じてきた。結果、栃木県警、検察庁、裁判所まで、揃いも揃って頭を下げる羽目となった。その間、真犯人は国のお墨付きで、笑って暮らしていたのだ。あまりに特殊なこのケースを、他の事件と同列に「時効です」で処理して良いのか、ということだ。
重大犯罪の時効制度の問題について、私は十年近く前から「見直すべき」という視点で報道を続けてきた。自首したらアウト。十五年間逃げ切ればチャラ。なぜそんな理屈がまかり通るのか納得できなかったからだ。いくつもの時効事件を取り上げ、ニュース特集やドキュメンタリーで報じてきた。
取材を開始した当初は関心も薄く、「法律だから仕方ない」と諦めていた事件遺族もいた。だが次第に風向きは変わり、〇五年に死刑に当たる罪などの重大犯罪の時効は延長。そしてついに廃止となった。足利事件の時効は、その狭間に置かれた、極めて特殊なものとも言えるのだ。
そして、この事件により、長期刑で誤判があった場合、判明後には真犯人は時効となっている……という致命的な法律の欠陥が露呈したことになる。
だが、刑事訴訟法には二五四条の二項というものがある。事件で容疑者が公訴(起訴)されれば時効は停止する。その停止の効力は、事件の共犯にも及ぶというものだ。これは、逃げ切った者だけが、時効で救われるという不公平を避けるための規定だ。この趣旨から、万一、人違いの公訴があった場合は、事件が同一である以上は、真犯人にも時効停止の効力が及んでいるという法律家の見解もある。
大坂正明という人物がいる。交番などに、ポスターが貼られている指名手配犯だ。罪名は「殺人」「放火」など。だが事件発生は、七一年なのだ。足利事件より、さらに十九年も前の事件が、なぜ今も時効になっていないのか? それは、先に逮捕された共犯の裁判が疾患のため停止になっているというのが理由のようだ。つまり二五四条の二項の適用ということになる。
だが、この長期間に及ぶ指名手配には、別の理由もあるように思う。実は、被害者は警察官なのだ。事件は過激派による暴動で、警察官を鉄パイプや火炎ビンで殺害したとされている容疑者なのだ。どうしても、犯人を逮捕したい、そんな気持ちからなのだろう。警察官だから、法を適用したのか……と、それを問題にしているわけではない。全てはやる気の問題ではないのか、ということだ。
二五四条の二項は、実はあまり適用されたことのない法律だと聞く。だが、正義のためにこそ、それを上手に活用すべきではないか。
北関東で連続した事件。最高検察庁も、足利事件の検証報告中で、同一犯の可能性を認めている。また、五番目に起きた、九六年の横山ゆかりちゃん事件に時効はない。
そして何より、罪もない幼女が次々と犠牲となった重大事件を、「時効」という二文字で、いとも簡単に切り捨てようとするその姿勢にこそ、問題があるのではないか。
最終的に起訴できるか否かは別として、真相究明すら行わないのは、単なる怠慢と言われても仕方ない。
■ルパンとの直接対決の日
北関東連続幼女誘拐・殺人事件の“犯人の条件”。それは、週末にパチンコ店に現れ、タバコを吸うロリコンの男。五十歳前後で血液型はB型などだ。
足利事件の現場で、複数の人に目撃されたルパンに似た男。私は取材を重ね、ルパンと考えられる男を捜し出し、取材を続けてきた。調べる程に、その男は、連続犯の条件を満たしていた。事件解決を考え、男に関わる報道は控える一方で、その情報は捜査機関に伝えてきた。だが、昨年まで、菅家さん逮捕で「事件は全面解決」と、頑なに信じていた栃木県警とは会話もできなかった。広報を通し、取材の申し込みをしていたが「再審請求中の事件なので、取材には応じられない」という、意味不明の理由で門前払いを受けてきたからだ。
やむを得ず、私は群馬県警の捜査員にルパンの情報を提供することにした。担当刑事は、私の話を前向きに聞いてくれた。だが、ルパンという男が浮上したその起点が「足利事件の容疑者」と聞いたとたん、興味を失ってしまった。群馬県警にとっても、足利事件はすでに終わっていた事件だったのだ。再審すら、棄却されている時点で「菅家さんは冤罪で、真犯人はこの男……」などと言われれば、刑事でなくても、三流記者の与太話と思うのは仕方ない。
私は「菅家さんの無罪が証明されたらまた来ます」と話して別れた。それでも、この経緯だけは残しておこうと考え、〇八年発行の「ACTION 日本崩壊」(日本テレビ報道局著、新潮社刊)という本に書いておいた。
冒頭のルパンとの直接対峙、それはまさにその頃のことだ。男は週末は足利や太田市内のパチンコ店に通うなど、まさに条件を満たしていた。だが、警察は捜査をしない。ならば、直接話をしてみることに決めた……。
晩秋の北関東はすでに気温も低く、虫の鳴き声も聞こえない。今から二年前の夜、私は男の家の近くに立ち、その帰宅を待っていた。うっすらと霧が流れる中、やがて小柄なシルエットがすっと玄関に消えるのが見えた。私は小走りでその家に向かった。
男は、私の求めに応じ、再度、家から出てきた。薄暗い街灯の下に立っているのは、ルパンの面影を残す中年だ。
私は、過去の事件を取材している記者であることを伝えた。犯人として菅家さんが刑務所に入れられている状況とはいえ、男が真犯人なら、逃亡の恐れも否定できない。よって、取材は迂遠なやりとりで行なうしかなかった。一方のルパンも、突然の記者の訪問に狼狽は隠せない。
「十八年前の事件について伺いたい」
九〇年五月十二日。足利事件当日のことを男にぶつけた。
「あなたはあの日、足利市にいましたよね」
当初、男は「あまり覚えていない」と曖昧な返事を繰り返した。闇の中の禅問答。繰り返される単調なやりとり。男は次第に、私が何かを知っていると悟ったようだ。同じ質問を重ねていくと、その回答は次第にブレていった……。男は、事件当日、足利市にいたことを認める。しかも、その場所とは、事件の現場。殺害された松田真実ちゃん(四歳)が行方不明になったパチンコ店だった。
それだけではない。「よく覚えていない」と言っていた男は、実は、被害者の真実ちゃんと出会い、会話まで交わしていたことを認めたのである。
捜査権のない手探りの取材。事件への関与について、直接に問うことはできなかった。遠回しに、ようやく聞いた血液型はやはりB型だった。
さりげなく、もう一つ問いかけた。今度は「横山ゆかりちゃん」事件についてだ。
「太田市内でも同じように、女の子が行方不明になっていますが、そのパチンコ店には行ったことは?」
男は即答した。
「あぁ、知ってます。あの店には行ったことがありません。“出ない”んですよ」
行ったことのないはずのパチンコ店。その店の玉の出について説明し、さらに続けて「“あの日”は自分は、あの店に行ってません」とも言った。
尋ねてもいない、事件当日の行動を懸命に語る男。彼とのやりとりの中で、私は、事件の発生日も、店名すらも伝えていないのだ。にも拘わらず、九六年七月七日という、十二年も前の自分の行動を、突然訪れた記者に対し、即答する男。
その不思議なやりとりは、私の脳裏に深く刻み込まれた。
遺品のシャツ
■明らかになった新事実
ルパンへの捜査が行われてない理由は、時効だけではない。そのウラに隠されているのがDNA鑑定の問題だ。足利事件の捜査ミスの最大の原因は「MCT118法」と呼ばれるDNA鑑定を、盲信したことだ。それは、手作りの“ゲル”と呼ばれる寒天状の板に、DNAを流し込み、目視で数値を読むという、まだ未熟なものだった。
今回の国会質疑によって、そのDNA鑑定の重大な事実が明らかになった。風間議員はこの鑑定法が、他の事件でも使われているのではないかと考え「有罪立証に使われたのは何件か」と尋ねた。小川副大臣は「『八人』の有罪確定事件について、判決理由の事実認定の中で述べられた」と答弁したのである。
九一年に科学警察研究所(科警研)が行ったDNA鑑定。それを証拠に、菅家さんの無期懲役が確定した。被害者・真実ちゃんのシャツに残されていた犯人の精液のDNA型と、菅家さんの型が一致したとされたのだ。
しかし〇九年に、STR法という最新技術で行われた再鑑定により、実は、菅家さんと犯人の型は一致しないことが判明。つまり初期のDNA鑑定技術に対する疑惑が浮上してきたのである。再鑑定が不一致になった以上、当時のDNA鑑定に、なんらかの問題があったことは明らかだ。再発防止の観点からも、これについては、徹底的な検証を行わなければならない。
しかし、再審の公判の中で、科警研の福島弘文所長はMCT118法について、「現在の技術と比べ識別能力は低いと言わざるを得ないが、ミスは見当たらない」と述べた。当時の鑑定のミスすら認めず、正確な検証もせず、この問題を放置したままなのだ。
“人は轢いたが、車の性能が少々低かっただけで、運転ミスはない……”。そんな言い訳で済むなら、法律などいらない。
なぜこんな無理を押し通そうとするのか。それは初期のMCT118鑑定の裏に、恐るべき現実が存在するからだ。これについては、何度かお伝えしてきたが、極めて重大な事柄なのでもう一度、振り返りたい。
九二年、福岡県で女児二名が殺害された「飯塚事件」。その被告は、一貫して容疑を否認していたが、DNA鑑定結果を証拠とし、死刑判決が確定。〇八年十月に死刑が執行された。
この事件の鑑定方法が、足利事件と同じ科警研での初期のMCT118鑑定だった。しかも、その鑑定人の一人は、足利事件の鑑定を行った人物だ。もし、足利事件の鑑定が「誤り」だったとはっきりしてしまうと、死刑が執行された事件の証拠の信頼性にまで影響を及ぼすことになる。
これだけではない、今回、同じMCT118鑑定により、計八件もの有罪判決が下されていたことが、明らかにされたのである。小川副大臣は、果たしてこの「八人」が持つ深い意味を理解しているのだろうか。
重大な疑惑が浮上する科警研のDNA鑑定。だが、検察はそれにフタをし続けてきた。自信があったはずのMCT118鑑定を今は糊塗し、再鑑定では、最新のSTR鑑定だけで「菅家さん無罪」の結果を出したとしている。
再鑑定前には、わざわざ〈MCT118部位のDNA鑑定だけを行うことは無意味〉という意見書まで書いて、裁判所に提出した。
風間議員は、これを取り上げ、「恐らく当時のMCT118法の信頼を担保したいがため、再鑑定で誤りが明らかになることを恐れて、こうした記述になったと推測する」と述べている。
一方、弁護側が推薦した筑波大学・本田克也教授は、最新のSTR法だけでなく、MCT118法でもシャツの鑑定を試みた。ただし、その解析は目視ではなく、最新のコンピューターを使用するため精度は非常に高い。すると、これまで科警研の鑑定により「18-30」型とされてきた真犯人の型とは違う「18-24」という型が検出されたという。菅家さん逮捕の根拠と全く違う結果だ。本田教授が振り返る。
「鑑定結果が出た時はショックでした。まさか科警研が間違っているとは思えず、四百回以上鑑定をくり返しましたが、結果は同じでした」
この本田鑑定が正しければ、当時の科警研の鑑定は、明らかに間違いだったことになる。
検察は、DNA型が相違するこの結果が気に入らなかったようだ。あろうことか、鑑定ミスの疑惑を持たれているその当事者の科警研と一緒になり〈本田鑑定は信用性に欠ける〉という意見書を提出。徹底的に本田鑑定の否定を始めたのだ。真実に迫ろうとした鑑定にケチを付け、しかし、自身では検証を行わないという有様だ。
国会では、もう一つ、重大な答弁がされた。小川副大臣は、真実ちゃんのシャツに付着していた、真犯人の精液のDNA型についてこう答えたのだ。
「鑑定によって、真犯人と思われる者のDNA型は出ております」
このDNA型とは、再鑑定で検察側が推薦したもう一人の鑑定人、大阪医大・鈴木廣一教授が、STR鑑定で、シャツから検出したデータのことだと思われる。この回答は、実は大変に深い意味を持つ。