[キーパーソン]最高裁による裁判官統制が行政寄り判決を生む、と指摘する元裁判官 生田暉雄さん(63)
2004.12.26 朝刊 地域解説
2004.12.26 朝刊 地域解説
【市民的常識足りない】
行政機関の決定の取り消しなどを求める行政訴訟は住民が行政をチェックする手段の一つだが、門前払いされたり、勝訴率も極めて低かったりするのが現実だ。裁判官生活二十年以上の経験から、「最高裁の裁判官統制」がその大きな理由と指摘し、司法制度改革にも疑問を投げかける。(聞き手 編集委員・岡山直大)
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【行政訴訟ではなぜ原告勝訴が少ないのか。】
行政が証拠を握って出さないのがまず問題だが、裁判官の裁量も大きな要因だ。訴えを検討して「行政不利」となると、訴訟指揮で内容に踏み込まないことがある。背景には最高裁による裁判官の統制がある。
一九七〇年ごろから、裁判官には「公正らしさ」が必要で、社会活動は望ましくないとされるようになり、市民社会と断絶した。日本の裁判官は欧州のように労働組合も政治活動もできず、市民的自由のないまま孤立している。
そこに、俸給と転勤による待遇の問題が加わる。裁判官の昇給は、一定時期を境に極端な差が出始める。勤務地も都市部で出世するか、地方ばかり回るか。裁判官会議は所長をトップに俸給号数で着席の序列が決まるのだが、ある日突然、席が変わっていたりする。すると、裁判官たちはあの事件のあの判決が影響したのではないだろうか、と憶測する。こうして、最高裁の意向はこうだろうと自主的に先取りし、行政寄りの裁判をする裁判官が増えていった。
【そうした現状での司法制度改革をどうみるか。】
今年十月、最高裁長官が新任裁判官の辞令交付式で「上ばかり見る“ヒラメ裁判官”はいらない」と訓示したのには本当に驚いた。長官が口にしなければならないほど、最近の裁判官の“ヒラメ度”が深刻ということだろう。最高裁による裁判官の官僚統制を制度面から排することが、司法改革の真の課題であるべきだったと思う。
その有効な手だてとして、刑事も民事も陪審制にすれば、市民による裁判監視ができたはずだ。それが、重大な刑事事件の公判前に肝心の証拠や争点を整理した後で市民が審理に参加する、形式的な裁判員制になってしまった。
【県教委が「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版歴史教科書を県立中高一貫校などで採択したのは加戸守行知事の発言が影響し、政治介入を禁じた教育基本法に違反するとして、県内外の住民が採択取り消しなどを求めた訴訟では原告代理人を務めるが。】
この教科書の記述にはさまざまな賛否や評価があるだろう。それはそれとして、裁判は記述の内容ではなく、採択手続きを問うている。二〇〇二年の一次提訴から二年半以上になるのに、原告適格や訴訟の進め方をめぐって入り口で滞っており、実質審理に入っていない。提訴後に原告の一人から相談を受けたとき、裁判の進め方や法律知識などに乏しい素人の原告のやり方では、裁判が早晩つぶされてしまうだろうとほっておけなくなり、引き受けた。
【改正行政訴訟法が六月に成立し(〇五年四月施行)、原告適格の要件が拡大される。】
教科書訴訟の場合、原告側と被告県側が採択手続きについて法廷で堂々と論じ合うことは、行政訴訟を活発化させ、司法による行政チェックの機能を高めるという法改正の趣旨にもかなう。裁判には豊かな市民的常識がもっと必要なのだ。
【いくた・てるお】 関西大卒。1970~92年、大阪高裁、名古屋地裁、神戸地裁などで裁判官。92年から高松市で弁護士。「死刑廃止国際条約の批准を求める四国フォーラム」会員。兵庫県神戸市出身。
愛媛新聞社
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再:片岡晴彦さんが 2010/5/29(土) 「なくそうえん罪救おう無実の人々」関西市民集会PartⅢ(大阪)に参加予定です。場所:大阪市立北区民センター http://bit.ly/cLuHVC 【高知白バイ事件】 http://bit.ly/cQTUVB #kochi