二匹のねずみ
あるところに二匹のねずみがいました。この二匹のねずみが一緒に歩いていると、それはもう大変です。なんたって彼らは顔も同じ、性格もそっくり、おまけに顔のひげを時々「ぴん」とさせるしぐさまで同じですから、見分けがつかないのです。
しかし彼らはいざ顔を付き合わせると喧嘩ばかりしています。何故でしょう?性格も、しぐさも同じ、二匹の馬が合わないはずがありません。けれど実際彼らは喧嘩ばかりしています。ほら、ほら、見てくださいよ、今もやっているでしょ。
「一体僕のどこが気に入らないって言うんだい?」
「俺のまねをするところさ。」
「ふん、そんなこと知ったことか。僕は自分の性格どおりに生きているだけさ。君のまねをしているつもりはないね。」
「ヘイ、ヘイ、分かりましたよ。ドブネズミ君、君のとりえは真似だけさ。もう、言うことはないね。」
こんな喧嘩が何度も起こりました。そしたら彼らはまったく口をきかなくなりました。これは当たり前ですよ。同じ性格で同じ顔して、はたまた同じ口をきく。これでもか、というぐらいに似ている二匹が喧嘩ばかりしていたら、そりゃいやになるのは当たり前ですよ。
たまたま二人が往来で会っても、話もしません。もちろん相手の顔すら見ようとしません。仕舞いにはそっぽをつんと向くしまつです。実を言って、彼らのその行動も他人から見れば、そっくりなんです。けれど彼らはお互いに「僕らは、違う、違う、違う生き物だ。僕と君とは違う生き物だ。」と言い張っています。
そんなこんなで二人はすれ違い、何年もの月日がたちました。
いい加減にその二匹も飽きたのでしょうか、二匹のどちらかが仲直りすることを決意しました。そしてお日様が真っ赤なレンガに照りつける日、その二匹はたまたまその塀の下で出会いました。彼らは、笑顔を作りながら歩み寄ります。すると、そのときです。塀の上にいた猫のひげがぴくっと、動きました。そうです、猫は下にいる二匹のおいしい餌に気が付いたのです。猫は背を丸め、飛びかかる姿勢を整えます。その間も二匹のねずみは前の通りのやり取りをしています。
「いい加減にお前のその癖は直らんのか。人のまねばっかりして、恥ずかしくないのか。」
「いや、僕はそんな大それた事をしているつもりはないよ。ただ自分の本性にしたがって生きているんだ。」
「だけど、それじゃあ仲直りはできんぞ。」
そんな会話の中でふと、一匹のねずみが天を仰ぎ、まぶしすぎる太陽に挨拶をしました。すると突然彼の視線は真っ黒な闇に包まれました。そうです、猫が襲いかかってきたのです。二匹は大慌てです。顔中のひげをピンと逆立てて、奔走します。「逃げる、逃げる。猫から逃げる。」
彼らは一体どこに行ったのでしょうか?
彼らは表面上、相手を嫌っていました。しかし有無も言わさぬこの状況、二匹は同じ方向にそろって、逃げ出しました。「たったったたた。」二匹は目をつぶり、汗をかきながら一生懸命に走りました。息も絶え絶え、汗も乾ききって、やっと歩を止めると、なんと二匹の目の前には大きな塀が立ちはだかっていました。そう、彼らは袋小路に逃げ込んでしまったのです。猫はその鋭いつめを舌でなめながら、彼らににじり寄ってきます。二匹ともそれはもうびくびくして、今にも心臓が止まりそうでした。
そんな喧騒の中どちらかのねずみが隣にある、横穴に気付きました。彼は一言もはっせずそこに飛び込むと、外の光景を震えながら見ていました。もう一匹のねずみが猫に頭からむしゃ、むしゃと食べられる様子を。
次の瞬間、もう一匹のねずみは急いでその場を離れようとしました。なんといっても自分と似ているねずみが食べられてしまったので、もう一匹のねずみは戦々恐々としていました。外の光景を見るのをねずみは怖がりました。自分が食べられている訳ではないのにそのねずみの心臓は激しく痙攣していました。
猫が立ち去った後も、悪寒は消えません。ねずみはじっとしていて、動こうとはしませんでした。それもそのはず。てっきり、自分が食べられたかのような観をねずみが抱いていたのです。それから、ねずみはすくっと立ち上がり、あたりの様子をうかがいました。その時には猫はもういなくなっていました。しかしねずみにははっきりと自分の成れの果てが見えていました。それは道路に転がっているねずみだったのです。
この時、初めてねずみは同情を知りました。仲間の死骸を見て、彼は初めてその死骸が自分のそのものであることを知りました。ついに彼は困苦のあげく道を疾走し始めました。彼はその現場にいるのが怖くてたまらなかったのです。もう一人の自分がそこに転がっている。その幻影に彼はおびえていました。だからねずみは走ったのです。一生懸命にその場から逃れようと彼は走ったのです。しかしその行動を見て取った猫はそろりそろりとねずみのところに移動し始めます。ところがねずみはそのことには気づきませんでした。彼の眼中には走る事しかありませんでした。長い袋小路を出た直後に、ねずみはその疲れたきった体を休ませようとしました。そしてそれは成功しました。一時の安堵が彼を幸福の境地に導いたのです。それから、ねずみは起き上がりました。すると、影にいた猫がそろそろと出てきて、頭から彼を食べてしまいました。その後、猫はこう言いました。
「欲望が私の食事だ」と。
あるところに二匹のねずみがいました。この二匹のねずみが一緒に歩いていると、それはもう大変です。なんたって彼らは顔も同じ、性格もそっくり、おまけに顔のひげを時々「ぴん」とさせるしぐさまで同じですから、見分けがつかないのです。
しかし彼らはいざ顔を付き合わせると喧嘩ばかりしています。何故でしょう?性格も、しぐさも同じ、二匹の馬が合わないはずがありません。けれど実際彼らは喧嘩ばかりしています。ほら、ほら、見てくださいよ、今もやっているでしょ。
「一体僕のどこが気に入らないって言うんだい?」
「俺のまねをするところさ。」
「ふん、そんなこと知ったことか。僕は自分の性格どおりに生きているだけさ。君のまねをしているつもりはないね。」
「ヘイ、ヘイ、分かりましたよ。ドブネズミ君、君のとりえは真似だけさ。もう、言うことはないね。」
こんな喧嘩が何度も起こりました。そしたら彼らはまったく口をきかなくなりました。これは当たり前ですよ。同じ性格で同じ顔して、はたまた同じ口をきく。これでもか、というぐらいに似ている二匹が喧嘩ばかりしていたら、そりゃいやになるのは当たり前ですよ。
たまたま二人が往来で会っても、話もしません。もちろん相手の顔すら見ようとしません。仕舞いにはそっぽをつんと向くしまつです。実を言って、彼らのその行動も他人から見れば、そっくりなんです。けれど彼らはお互いに「僕らは、違う、違う、違う生き物だ。僕と君とは違う生き物だ。」と言い張っています。
そんなこんなで二人はすれ違い、何年もの月日がたちました。
いい加減にその二匹も飽きたのでしょうか、二匹のどちらかが仲直りすることを決意しました。そしてお日様が真っ赤なレンガに照りつける日、その二匹はたまたまその塀の下で出会いました。彼らは、笑顔を作りながら歩み寄ります。すると、そのときです。塀の上にいた猫のひげがぴくっと、動きました。そうです、猫は下にいる二匹のおいしい餌に気が付いたのです。猫は背を丸め、飛びかかる姿勢を整えます。その間も二匹のねずみは前の通りのやり取りをしています。
「いい加減にお前のその癖は直らんのか。人のまねばっかりして、恥ずかしくないのか。」
「いや、僕はそんな大それた事をしているつもりはないよ。ただ自分の本性にしたがって生きているんだ。」
「だけど、それじゃあ仲直りはできんぞ。」
そんな会話の中でふと、一匹のねずみが天を仰ぎ、まぶしすぎる太陽に挨拶をしました。すると突然彼の視線は真っ黒な闇に包まれました。そうです、猫が襲いかかってきたのです。二匹は大慌てです。顔中のひげをピンと逆立てて、奔走します。「逃げる、逃げる。猫から逃げる。」
彼らは一体どこに行ったのでしょうか?
彼らは表面上、相手を嫌っていました。しかし有無も言わさぬこの状況、二匹は同じ方向にそろって、逃げ出しました。「たったったたた。」二匹は目をつぶり、汗をかきながら一生懸命に走りました。息も絶え絶え、汗も乾ききって、やっと歩を止めると、なんと二匹の目の前には大きな塀が立ちはだかっていました。そう、彼らは袋小路に逃げ込んでしまったのです。猫はその鋭いつめを舌でなめながら、彼らににじり寄ってきます。二匹ともそれはもうびくびくして、今にも心臓が止まりそうでした。
そんな喧騒の中どちらかのねずみが隣にある、横穴に気付きました。彼は一言もはっせずそこに飛び込むと、外の光景を震えながら見ていました。もう一匹のねずみが猫に頭からむしゃ、むしゃと食べられる様子を。
次の瞬間、もう一匹のねずみは急いでその場を離れようとしました。なんといっても自分と似ているねずみが食べられてしまったので、もう一匹のねずみは戦々恐々としていました。外の光景を見るのをねずみは怖がりました。自分が食べられている訳ではないのにそのねずみの心臓は激しく痙攣していました。
猫が立ち去った後も、悪寒は消えません。ねずみはじっとしていて、動こうとはしませんでした。それもそのはず。てっきり、自分が食べられたかのような観をねずみが抱いていたのです。それから、ねずみはすくっと立ち上がり、あたりの様子をうかがいました。その時には猫はもういなくなっていました。しかしねずみにははっきりと自分の成れの果てが見えていました。それは道路に転がっているねずみだったのです。
この時、初めてねずみは同情を知りました。仲間の死骸を見て、彼は初めてその死骸が自分のそのものであることを知りました。ついに彼は困苦のあげく道を疾走し始めました。彼はその現場にいるのが怖くてたまらなかったのです。もう一人の自分がそこに転がっている。その幻影に彼はおびえていました。だからねずみは走ったのです。一生懸命にその場から逃れようと彼は走ったのです。しかしその行動を見て取った猫はそろりそろりとねずみのところに移動し始めます。ところがねずみはそのことには気づきませんでした。彼の眼中には走る事しかありませんでした。長い袋小路を出た直後に、ねずみはその疲れたきった体を休ませようとしました。そしてそれは成功しました。一時の安堵が彼を幸福の境地に導いたのです。それから、ねずみは起き上がりました。すると、影にいた猫がそろそろと出てきて、頭から彼を食べてしまいました。その後、猫はこう言いました。
「欲望が私の食事だ」と。