定年は荒野を目指す

Elderly be ambitious! おつりの人生楽しもう!

大連旅順の旅ー4(最終) 旅順博物館

2018-11-27 10:01:02 | 日記
大連旅順の旅の続きです。
満州は親日的で、過去の日本時代の遺跡が多く残されているというお話を
しました。
203高地の慰霊碑を最初にご紹介しましたが、今日は旅順博物館です。



当初はロシア時代のロシア将校倶楽部だった建物ですが、日本時代に博物館に
なりました。



展示物は中国古代から、清の時代まで、多くの遺物が展示されています。
中には、日本の大谷探検隊が持ち帰った西域の遺物もあります。

台湾の故宮博物館は展示品が膨大で、目移りしてしまいますが、旅順はゆっくりと
展示品を見ることができます。

建物、展示品、いい博物館です。










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ジャパンカップ

2018-11-25 17:51:22 | 日記
今年もジャパンカップがやってきました。
G1レースの中でも、国際色が強く、パドックも華やかです。



競馬生活も長くなりましたが、大レースの中でも、レース創設から見ているのは
このレースくらいです。

海外から強い馬を招待して、日本の競馬のレベルを上げるのが目的のひとつでした。
今年で38回目となりました。
当初は外国の馬が強く、なかなか日本の馬は勝てませんでした。

しかし、最近は日本競馬のレベルが上がり、外国馬が勝ったのは05年のアルカセッド
が最後。その後は日本の馬が勝っています。

今日も3歳牝馬アーモンドアイ号が1番人気に答えて、見事レコードタイムで優勝。
お見事でした。

騎乗して優勝に導いたのは、またもルメール騎手。
凄いですね。

最近このレースに外国の馬が参加するのはずいぶん減ってきましたが、騎手は外国人
の天下です。
今日も14頭のうち7頭が外国人ジョッキー。

がんばれ日本人ジョッキーです。
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大連旅順の旅ー3 金州

2018-11-23 09:41:43 | 日記
大連郊外金州へ回りました。
金州は、旅順大連がロシアにより開かれる前は、この地域でもっとも大きな街
で、交通の要衝でもありました。

日清、日露の戦争でもこの地をめぐり、激しい戦闘が行われました。

日露戦争の終わりころ、従軍記者としてこの地を訪れた正岡子規の句碑が残されて
います。



行く春の酒をたまはる陣屋哉

文化大革命のとき壊されそうになったらしいのですが、土中に埋めて残してくれた人が
いたとのこと。それをもとに復旧したものです。新しくなっています。
韓国では考えられないことです。

金州南山というところが日露戦争の激戦地だったそうですが、そこにはかつてあった
慰霊碑の礎石だけがひっそりと残っていました。



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ピエール・ボナール展

2018-11-21 20:17:43 | 日記
六本木国立新美術館で開催されている、ボナール展に行ってきました。
オルセー美術館共済。
日本の浮世絵に大きな影響を受けた画家です。

日仏修好160年の今年ですが、両国の関係に大きな影響を与えそうな事件が
おきてしまいました。
日産ゴーン会長の逮捕。

これからどう進んでいくのか、まったく闇の中ですが、法律に沿った、国際的に
問題が残らないような結論が出されてほしいものです。



いいお付き合いを続けていきたい国ですから。
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大連旅順の旅ー2 大連市内

2018-11-20 06:03:44 | 日記
11月16日大連空港に到着。18時ころの到着になったため、この日は
夕食をとって、そのままホテルへ。

17日は朝から大連市内観光。



市の中心にある中山広場。広場を中心に道路が放射線状に広がっています。
その広場に面して古い日本時代の建物が現役で残されています。
写真は、その中でも有名な旧ヤマトホテル。現在も大連賓館として使われて
います。(残念ながら先月から改修工事に入っており、中は見れませんでした)



市内には、これも日本時代からの路面電車が現役で働いています。(写真は新型車両)

もちろん新しい高層ビルもたくさん建てられていますが、旧い建物が多数残されて
います。

漁村だった大連にロシアが入り、後に日本が入ってきましたが、その歴史が
残されているのは、中国では珍しいのではないでしょうか。
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