こばさん

更新は終了しました。

10月15日

2006-10-15 02:00:00 | ノンセクション




―――――――――――――――――――――――――――

皆様へ

 今の自分があるのは、過去から現在において出会ったすべての人のおかげだと思います。その中の誰一人がかけても、今のこの幸せな自分は存在しませんでした。だから、すべての人に感謝しています。

 プロ野球選手はまわりの人々に夢と希望を与える職業だという人がいます。でも、ボクは逆です。たくさんの人から夢や希望、エネルギーをもらってきました。そのことがうれしかったんです。

 6年前の入団発表のとき、王監督を胴上げしたいと抱負を述べました。その願いも去年のリーグ優勝と日本一で無事に達成できました。そして、今年はチーム全員で頑張ってつかんだV2。すばらしい野球人生だったと胸を張れます。

 この病気には自分自身、すごく勉強させてもらいました。孤独や優しさ、思いやり、不安。人間の本当の感情に触れることができました。今までのボクは上っ面のとこしか見えてなかったんだなとも思いました。すべては、この病気が教えてくれたことです。

 この一年間、ゆっくりと休ませてもらいました。あらためて野球を頑張ろうという気持ちにさせてくれた中内正オーナー代行はじめ球団の方々、王監督、チームメートの皆、感謝の気持ちは忘れません。そして、生きる希望を与えてくださったファンの皆様、ありがとうございました。これからもダイエーホークスを応援してください。

 藤井将雄

―――――――――――――――――――――――――――

ホークスファンの方ならご存知でしょうが、これは、6年前の10月13日、31歳の若さで他界したダイエーホークス藤井将雄投手が残した最後のメッセージです。道半ばで倒れたリリーフエースの重みのある言葉。一つ一つが自分の中に響いてきて、涙が溢れてきます。

一年前の今日、2005年10月15日、この日は自分にとって今までの人生で忘れることのできない日となりました。長くこのブログをご覧の方には、きっともう聞き飽きてしまったことでしょう。ですが、何度言っても言い尽くすことかできないほどの、激動の一日だったのです。

言う必要のないことですが隠す必要もないのでカミングアウトしますが、当時の僕はうつ病を患っていました。今でも治療を続けていますが、今の健康状態と当時とでは比べものになりません。何をやっても楽しくない、将来に対して前向きになれない、明日への光が見えない、そんな生活を一年前は送っていたのです。

日付が10月15日に変わった午前2時、あることがきっかけで失意の底に落とされました。しばらくは体を動かすことができませんでした。自分の居場所がどこにもないように感じていました。一睡もすることができずボーっとしたまま、しかし家を出なければならない時間が来ました。福岡に行くのはやめようかとも思ったのですが、せっかく手にしたチケットを無駄にすることができず、ようやく体を起こし、7時50分発の新幹線に乗りました。福岡に着くまでの5時間、これまでの自分の人生を振り返りながら、「自分はダメな人間だ」「何もできない人間だ」「これからも生きていく意味がない」、そんなことが頭の中を巡っていました。もっと端的に言えば、「もう死んでもかまわない」というくらいのことを考えていました。

12時55分に博多駅着。構内で食事をとり、実家に帰らない代わりに取っていたホテルで1時間ほど休み、博多と天神をあてもなくフラフラと歩きながら、地下鉄に乗って唐人町へ。16時30分にドーム到着。マリーンズのバッティング練習中。スクリーンに映し出される観客席の模様。そこにあったある横断幕、「一人で背負うな信彦 俺たちがついている」。それを見たとき、涙が流れるのを止めることができませんんでした。

18時プレイボール。優勝のためにはもう負けられないホークスでしたが、試合は完全に負けペース。8回裏の攻撃が終わったとき、僕は覚悟を決めました。ただその前に、一度でいいから、敵チームでもいいから、胴上げのシーンをこの目で見てみたいという気になりました。時刻が21時に近づいた9回裏、僕が席を離れずにいたのは、そんな理由からでした。

試合が終了した22時。つい1時間前までいた自分の姿はもうそこにはありませんでした。明らかに今までの自分とは違う「何か」になっていました。この1時間に起きたドラマは、それまでに味わったことのない感動と興奮に満ちあふれていました。思いっきり声を張り上げました。思いっきり泣きました。あれほど自分が自分でなくなる経験は、それまでにはなく、おそらくこれからもないでしょう。午前2時には地の底にいました。しかしその20時間後、天にも上りつめた気分になりました。今まで自分に背負わされていた苦しみから一気に解放された気がしました。あのときに撮った川の姿は、僕自身の姿でもありました。

ホテルに戻ると、仕事用に持ってきていたPCをすぐに立ち上げ、その日まで1ヶ月半放置していたブログを開きました。それまでに書いた記事をすべて削除し、試合のことを書きました。この感動をたくさんの人と分かち合いたかったのです。そのときに書いた、「人間は何でもできるんだってことを教えてもらった。すべてを失いかけていた自分に、一からやり直す勇気を与えてくれた。明日からも生きていく希望をくれた」というのは、そういう意味合いのものでした。

それまでは誰も見向きもしてくれないブログでしたが、鷹ブロガーをはじめとして輪が広がり、WBCのときはすべての野球ファンとともに、そして高校野球のときは球児と同じ気持ちになって熱く語り合えました。おかげで一昨日のアクセス数は、一日だけで1000を越えていました。それがまた、自分を奮い立たせてくれます。自分も、このブログも、何かを乗り越えることができました。


今の自分があるのは、
あのとき感動と勇気を与えてくれたホークス選手のおかげです。
その後このブログを通して知り合うことができた皆さんのおかげです。
そして、それらすべてのきっかけを作ってくれた「あなた」のおかげです。


今日のプレーオフ第4戦、僕の座席は、三塁側S席13列126番でした。この席へ行くための通路は、15番。今日初めて藤井ゲートをくぐるはずでした。このゲートをくぐり抜けると、また新しい自分になれる気がしていました。

今年の10月15日も福岡ドームで送りたいという夢は、残念ながら叶えることができませんでした。しかし、斉藤和巳の涙、松中信彦の涙に触れられたのは、とても意義のあることでした。しっかりと胸に刻み込んでおきたいと思います。

10月15日は、自分にとって第二の誕生日です。今日からまた新しい一年が始まります。あのときあの場にいたことは、自分にとって一生の財産です。あのとき見た奇跡を糧に、さらに飛躍する一年を送るつもりです。



ランキング参加中。今の順位は?こちらをクリック、よろしくお願いします。
   ↓↓↓

最新の画像もっと見る

コメントを投稿