こばさん

更新は終了しました。

10.15の奇跡(第9章)

2005-12-23 02:44:00 | 10.15の奇跡
「ここで打たないと男じゃない」



大村、川と左バッターが続く場面、マリーンズは小野から左の藤田にスイッチ。投手交代の間、少し心のゆとりが持てた。あせる気持ちを押さえられた。だが、勢いを切るわけではない。一度つかんだ流れは、勢いは、もう我々のもとからこぼれ落ちたりはしない。

前打席タイムリーを打った大村、左対左など関係ない。勝負あるのみ。初球!狙い撃つ。痛烈なライナーがセンター前へ。しかし当たりが良すぎた。バティスタは三塁に止まる。ワンアウト一三塁。

チャンスがさらに広がった。打席に向かうは、川。今日もここまで2安打。期待が持てる。僕はありったけの声で叫んだ。「かわさきー!」。周りからも声が飛ぶ。「むねのりー」「むねりん!」。もうここで決めてほしい。ここしかない。サヨナラの期待を、この男に託す。

1球目、大村がスタート。川が打つ。一塁線に切れるファウル。ダブルプレー阻止のためか、得点には関係ない大村が走った。どこまでも貪欲に攻める。

2球目、またも大村が走る。今度は川は見送った。ストライク。キャッチャーは投げない。盗塁成功。ランナー二三塁と変わった。これで、心置きなくバッティングに集中できる。思い切り振れる。ツーストライク、だが追い込まれてはいない。一球入魂。

3球目、振り抜いた。バックネットへのファウル。大丈夫だ。タイミングは合っている。シンでとらえれば、必ずいける。

もう迷いはない。すべてはこの勝負のため。新垣と俊介の好投、ズレータのミス、西岡の足、福浦のダメ押し、小林の焦り、大道の気迫、松中の貫禄、奇跡の同点。そして、最後のとき。4球目・・・

川が打つ!その瞬間、球場が静まる。すべての目が打球の行方を追う。低い弾道が右方向に進む。その行先に、内野手はいない。抜けた!一二塁間を抜けた!サヨナラだ!一気に球場が爆発する。誰もが叫ぶ。拳を突き上げる。涙を流す。「やった!」「サヨナラだ!」球場が歓喜の声につつまれる。スタンドの上段でも最前列でも。一塁側でもライトスタンドでも、三塁側でもレフトスタンドでも。「勝った!」「勝った!」

選手がベンチから飛び出してくる。カブレラが、ズレータが、新垣が。川が破った一二塁間に、誰も彼もが集まった。的場も、柴原も、そして松中も。川がカブレラに抱きかかえられる。そして右手を高々と突き上げる。右手で作る1の数字。そうだ。王者は俺たちなんだ。最後に見せた意地、底力。俺たちは王者の誇りを守ったのだ。

抱き合った。泣き合った。選手もファンも、誰もが感動を分かち合った。声がかれるまで、涙がかれるまで、いつまででもこの感動を味わっていたかった。興奮が冷めやらない中、さらに興奮させてくれるサヨナラのヒーローがお立ち台に上がった。

―ホークスの優勝を信じる大勢のホークスファンの皆さん、お待たせしました。川宗則選手です。
「ありがとうございました」
―ナイスバッティングでした。
「ありがとうございました!」
―月並みではありますが、どんな思いであの打席入りましたか。
「いやもう、まさか同点になってこんなチャンスで回ってこれて、ほんと幸せだと思って、ここで打たないと男じゃないと思って・・・すみません」(そう言って目頭を押さえる)
―見事に男になりました
「はい、本当にうれしかったです」
―それにしましても、この大勢のお客さんの大きな歓声、打席の中で耳に届いていましたか
「そうですね。もうその声しか届いてなくて、そのファンの皆さんの声援がヒットにさせてくれました」
―9回の攻撃は、見事な追い上げでしたね
「そうですね、皆つないで、何とか最後意地を見せようということで、つないでつないで来てくれたんで、同点になってほんとに良かったし、皆の気持ちが球場一体になって、それがこういう最高のゲームになったと思います」
―まさにソフトバンクホークスの底力を見たような攻撃になりました。
「はい」
―今日はもう後がないという中で始まったゲームでした。どういう思いで、川さん、そしてチームは、今日のゲーム、プレーボールを迎えたのでしょう。
「もう開き直って、やるしかないということで、やっぱり向こうもプレッシャーがあるだろうし、こっちもやっぱり、すごくプレッシャーあったんですけど、同じ土俵に立ってるから、やらないことには分からないし、とにかくこっちは最後強い気持ちで、向こうより負けない気持ちで、試合に臨もうということで、それが良かったです」
―今日勝って、明日そしてあさって、あと2勝です。
「はい、今日の試合でいい流れが来たと思うんで、まず明日、もう一回集中して、勝って、最後に皆さんと一緒に優勝を分かち合えるように、まず明日もう一回気を引き締めてやりたいと思いますので、皆さん明日からも応援してください。今日はありがとうございました!」

皆の気持ちを川が代弁してくれた。そう、この勝利は、誰か一人の力でつかんだわけではない。選手と、監督・コーチと、スタッフと、そしてここにいるファンと、どこかで観ている聴いているファンとでつかみ取ったのだ。そして明日、また勝つ。明日も勝たなければ今日の勝利も意味がない。気持ちは明日へと向こうとしている。だがもう少し、もう少しだけ、この感動をかみ締めていたい。



見られるとは思わなかった。あのときには。本当に勝ったと実感できる瞬間だ。この花火がこれほど美しく見えたことはない。明日も試合がある。ここに来ることができる。夢はまだ終わらない。あきらめない。

来て良かった。本当に良かった。来なければ一生後悔していた。今ここにいることが、自分にとっての奇跡だ。今の僕なら何でもできる。新しい自分を始められる。生まれ変われる。人間は何でもできるということを教えてもらった。すべてを失いかけていた自分に、一からやり直す勇気を与えてくれた。明日からも生きていく希望をくれた。今日のことを、絶対一生忘れない。そして、明日またここに来る。今日とは違う何かが、また見つけられるはず。明日またここで新たな感動を得られる、そう期待しながら、僕は球場を後にした。



ランキング参加中。か、勝った・・・。感動の代わりにクリックしてください。
   ↓↓↓