唐木田健一BLog:絶対的な基準を排したとき,《真理》および《正義》はどんな姿を現すのか

「理論科学」と名づける学問分野を提案し,理論や思想の成立根拠およびそれらの変化のメカニズムを考察します.

「ヒットラーはタマ一つ」.松本直美『ミュージック・ヒストリオグラフィー』より

2024-07-17 | 日記

 松本直美『ミュージック・ヒストリオグラフィー』(☆)を読んだ.非常に興味深くかつ面白い内容であった.何らかの形で音楽に関心のあるかたには一読をお勧めする.

☆ヤマハミュージックエンタテインメント(2023).以下,本書からの引用ページは〔○○頁〕として示す.

 著者・松本は「歴史的音楽学と呼ばれる学問に携わる研究者」〔10頁〕であり,本書の出版時点では,ロンドン大学ゴールドスミス校音楽学部上級講師とのことである〔[著者略歴]〕.松本によれば,「ヒストリオグラフィー」はhistoryとgraphyが合成された言葉で,歴史を書くことを意味する.とくに近年では「歴史がどのように語られてきたのか,これまで歴史家が過去の出来事をどのように解釈し,どのように評価してきたのか」を論じる学問を指す言葉となっているそうである.したがって本書は,音楽についての「ヒストリオグラフィー」的考察ということになる〔16頁〕.これは,「音楽史」を「メタに(つまり音楽史そのものから超越した視点で)」「別の次元から」斬っていくことをねらいとする〔15頁〕.

 私は本ブログで「理論科学」なる学問分野を提唱している(☆).理論科学は,新しい思想や理論の生成および思想や理論の変化の過程を対象とする.すなわち,歴史とは密接な関係がある.対象が科学理論であれば,それは科学史ということになる.この意味で,松本のこの著書は,私にとってきわめて刺激的なものであった.付け加えておけば,私は「理論科学」を「メタサイエンス(metascience)」とも称している.これは,松本に倣えば,科学を科学そのものから超越した視点で斬っていくことねらいとするものである.

☆本ブログ記事「理論科学のはじまり」「理論科学の射程」参照

 今後,本書の内容は本ブログでも紹介していきたいと考えているが,ここでは私が個人的に(というよりも趣味的に)関心をもったエピソードに触れておく.これは本書の163-168頁に含まれる内容で,「“売れた”“よく知られた”だけでは“名曲”とはならない」ということに関連してのものである.

     *

 松本の小学校の音楽の教科書には《ボギー大佐》という曲が載っていた.彼女は学芸会でこの曲の合奏に参加し,またプロのブラスバンドによる演奏にも親しみ,そのメロディーはずっと頭のなかに残っていた.

 その何十年かあと,ロンドンで学生をしていたある日,講義が始まるのを待ちながら,なん気なしにそのメロディーを小さく口笛で吹いていたところ,やってきた先生にとがめられた.「いったい全体,どうしてそんな曲を吹いているのだ!?」 松本は,「この曲は日本で《ボギー大佐》と呼ばれている大変有名な曲で,小学校の教科書にも載っていた」という趣旨を答えると,先生は大爆笑したそうである.

 大爆笑の理由の一つは,先生が”Colonel Bogey(ボギー大佐)”の”Bogey”を同音の”Bogie”と誤解したことにあるらしい.なお”bogie”について,松本は「鼻くそ」という訳語をあてている.しかしまあ,そんなことより,この曲は第2次世界大戦の頃から,イギリス人が敵国ナチス・ドイツの高官たちを揶揄するために,次のような歌詞で歌われていたそうである:

Hitler has only got one ball,

Göring has two but very small,

Himmler is rather sim’lar,

But poor old Goebbels has no balls at all.

ここで,has got はhasと同義である.また,sim’larはsimilarの省略形で,Himmlerをシャレたものであろう(松本は同時に訳文を掲げているが,ここでは省略).なお,Himmler(ヒムラー)はナチス親衛隊の全国指導者,Goebbels(ゲッベルス)はナチスの宣伝相であった.戦後も,ヒットラーの代わりに自分の嫌いなヤツの名前を入れていじめに使うような曲なのだそうである.戦争中での大流行のおかげでずっと歌い継がれ,現在でもほとんどのイギリス人はこの歌詞を知っているそうである.

 ついでに付け加えておけば,”Colonel Bogey”は架空の人物であって,”Bogey”はゴルフ用語の「ボギー」に由来するらしい(☆).

☆『リーダーズ英和辞典/リーダーズ・プラス』によれば,見出し語bogieは3種あり,そのうちbogie(2)は「⇒bogey(1)(2)」となっていて,bogey(1)には「(ゴルフ)ボギー」とともに「《俗》乾いた鼻くそ」が見出される.

 この《ボギー大佐》の原曲はイギリス海軍のフレデリック・J・リケッツの作であるが,その人気を決定的にしたのは1957年の米英合作映画「戦場にかける橋」(☆)であろう.この映画の中では,日本軍の捕虜となったイギリス人兵士たちがこの曲を口笛で吹きながら登場するシーンがある.そして松本によれば,「日本ではこの映画のあと,1958年に当時11歳の伊東ゆかりが“クワイ河マーチ”と題してこの曲を歌い,デビューシングルのB面としてリリースし」た.

☆「戦場にかける橋」の原作者はピエール・ブールである.本ブログ記事「アインシュタインの公式E=mc2を“逆向き”に使うこと.“猿の惑星”原作者ピエール・ブールの場合」も参照

     *

 手元の”Yukari Ito POPS QUEEN”(☆)〔CD6枚組〕によれば,「クワイ河マーチ」はDisc 1の2番目の曲であり,1番目の曲「かたみの十字架Remember You’re Mine」のB面であることがわかる.

☆Sony Music Labels Inc. (2022)

唐木田健一


1 コメント

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Unknown (J)
2024-07-17 11:14:07
世界の指導者が みな相対性理論を正しく理解できれば 自己矛盾に耐えることができなくなり 戦争も無くなるはずです✨
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