本記事は「科学的探究と風土(1)」のつづきであり,桂愛景『サルトルの饗宴――サイエンスとメタサイエンス』の第四部D「科学的探究と風土」の内容に基づく.採録にあたっては本ブログ用に編集がなされている.
唐木田健一
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(二)科学的探究と風土
(サクマの講演のつづき)
三つの類型
和辻は風土を三つの類型において考察します[1].そのひとつはモンスーン的風土です.これは,インドおよび中国・日本を含む東アジアの風土であり,暑熱と湿気の結合として特徴づけられます.そして,そこにおける人間の構造は受容的・忍従的であるとされます.第二は沙漠的風土です.これは,アラビア・アフリカ・蒙古等にある特殊な風土であり,乾燥として特徴づけられます.そして,そこにおける人間の構造は対抗的・戦闘的です.類型の第三が牧場的風土です.これはヨーロッパの風土です.以下,私は科学的探究の風土としての牧場的風土に着目し,これを和辻に従って概観してみようと思います[2].
牧場
ヨーロッパの風土が牧場的であるというのは皆様にとって意外であるかも知れません.そこで,ひとつの比較例として,日本を取り上げてみましょう.日本語においても牧場に対応する単語はあります.しかしそれは,単に,家畜をかこい置くだけの場所を意味するに過ぎません.一方,ヨーロッパにおける牧場は家畜の飼料である草を成育させる土地であり,一般的には草原です.それでは,日本における草原とは何か? それは利用価値のない捨てられた土地のことです.ヨーロッパの草原のような実り豊かなものではありません.つまり,ヨーロッパの牧場をそのまま言い表す日本語の単語はありませんし,日本にはヨーロッパ的意味における牧場はないのです.
ヨーロッパの風土は湿潤と乾燥の総合ととらえることができます.すなわち,夏の乾燥と冬の湿潤の総合です.これは日本とは実に対照的です.そこでは夏は湿度が高く,冬は低湿です.特に夏の高温多湿は日本の風土を特徴づけます.これが先ほど申し上げたモンスーン的風土における暑熱と湿気の結合という特徴なのです.このような風土では雑草が生育します.雑草とは家畜にとって栄養価のない,しかも繁殖力の極めて旺盛な,従って牧草を駆逐する力をもった種々の草の総称のことです.それは夏草であって,その生育には高温多湿の環境を必要とします.ところが,ヨーロッパにおいては,暑熱と湿気の結合が欠けています.ヨーロッパにおける草は主として冬草であり牧草です.これは冬の湿潤にめぐまれて芽ばえ生育します.かくしてヨーロッパは全土が牧場となります.
ヨーロッパにおいては日本でおなじみの雑草が無い.――これは和辻にとっては“驚くべき事実”であり,それを最初に指摘した同行の同僚の言葉を“ほとんど啓示に近いものであった”と受けとめています.彼はこれによりヨーロッパ的風土の特徴をつかみ始めたのです.
自然の従順
日本の伝統的農業労働は米づくりであり,その中心を成す作業として雑草の除去〔田の草取り〕があります.これは暑熱の最中の作業であり,文字通り雑草との闘いなのです.一方,ヨーロッパにおいては雑草はありません.これは雑草との闘いが不要であることを意味します.ヨーロッパにおける農業労働においては自然との闘いという契機が欠けています.土地は,一度開墾されれば,いつでも従順な土地として人間に従っています.ヨーロッパにおいては農業労働はより安易なのです.そして,農業労働が安易であるということは,自然が人間に対して従順であるということに他なりません.
暑熱と湿気の結合は大雨・洪水・暴風等をもたらします.日本における台風はその典型です.一方,暑熱と湿気が結びつかないと,このような自然の暴威はまれです.たとえば.ヨーロッパにおいては風は一般に極めて弱いものです.このことは樹木の形に表れており,それらは植物学の標本のように端正で規則正しい姿です.特に和辻にとって印象深かったのは,イタリアにおける笠形の松の木と鉛筆のように直立した糸杉であったようです.また,ドイツでは樹木が直立し,かつ幹と幹は互いに平行です.これはドイツの風景が整然とした感じを与えるひとつの理由と思われます.確かに和辻は北フランスにおいて曲がった楊(やなぎ)の木を観察しています.しかし,そこでは居並ぶ楊の木がそろって一方へ曲がっています.それらは曲線でありかつ平行なのです.このことは,風が整然と吹くことを示しています.このように,ヨーロッパにおける樹木の形は日本人にとっては実に合理的であるという感じを与えます.
日本においては風が強いため,樹木の形は不規則です.松の木といえば幹に必ずうねりがあり,枝は必ず傾いています.日本の庭園においては,檜(ひのき)やひば〔檜葉〕に庭師が手を入れて規則正しい形をつくります.ところがヨーロッパにおいては,そのような規則正しさが自然の木において見られるのです.これらの観察と考察から,和辻は次のような興味深い結論を導出します.すなわち,日本においては合理的であること,あるいは規則正しさは人工的ということに結びつく.一方,ヨーロッパにおいては,合理的は自然的と結びつく.すなわち,自然が暴威をふるわないところでは,自然は合理的な姿に己を現してきます.人は自然の中から比較的容易に規則性を見出すことができます.そして,その規則に従って自然に臨むと自然はますます従順となります.このことが人間をしてさらに自然の中に規則を探究せしめます.このように,ヨーロッパの自然科学は牧場的風土の産物なのであります.
ギリシア的風土
牧場的風土の根源はギリシア的風土にあります.それは,明るく陰がないことと特徴づけられます.これは空気の乾燥によるものです.空気に湿気があると晴朗な日でも濃淡陰影を生じます.このような,明るく陰のないギリシア的風土においてはすべてがあらわです.自然の内に“見えざるもの”“神秘的なもの”“非合理なるもの”を求めるという傾向が強まりません.ここにおいては,自然は何事もかくしません.人々は,この何事もかくさぬ自然から観ることを教えられました.
観ることはギリシアにおけるポリスの形成とも関係づけられます.ポリスの形成とは奴隷がつくり出されて市民が労働から解放されたということです.そこで市民は,労働からの一定の隔たりにおいて,観る立場に立つことができます.
観るとは純粋に観ることです.手段として観るのならば目的に限定された範囲以上には観る働きは進展しません.純粋に観るとは一定したものを映すことではありません.無限に新しいものを見出していくことです.このことは観ることを競うことに通じます.これにより,芸術的・知的創造が起こってきます.
観る立場といっても市民は労働を止めてしまったわけではありません.彼らは純粋に人工的な物質の生産を開始したのです.観るとは自然の形を見ることです.彼らは自然の素材に形を印刻する仕事を始めました.このひとつの例はギリシアの瓶の製作です.さらには,金属に形をつけること,あるいは織物を染めることがあります.これにより材料の支配と印刻のための諸手段が発展します.材料とは陶土・銅鉱・鉄鉱,あるいは染料・羊毛です.また,手段とは冶金・染織等です.かくして,ポリスは人工的技術的仕事を中心とし,地中海を支配するに至ります.
技術とは観る立場の発展であります.それは実用から生まれたものではありません.それは観ることを競うことにより発展したものです.その後多くの技術が発明され,あるものは生活の必要を,また他のものは生の喜びをめざしたものでありましたが,後者は,その知識が有用をめざしていないという理由で,常に前者よりも尊ばれました.これが,最終的には,生の必要や生の喜びをめざさない学問に通じます.ここにおいて技術における観る立場はさらに発展し,真理の《観想》theōria――これはギリシア語で,looking atという意味ですが――に達するのです.
西欧の陰うつ
西欧の風土も本質的に牧場的です.また自然も南欧と同様,あるいはそれよりも一層従順です.牧場的風土における地方的相違として,西欧はギリシア的明朗に対し西欧の陰うつと呼ぶことのできる特徴があります.
西欧の陰うつとは直接には日光が乏しいことです.それは特に冬の半年において顕著です.南欧のギリシアにおいては,明るい日光のもと,ものの形が彫刻的に際立っており,個々のものがそれ自身をあらわにします.一方,西欧においては,すべてのものはもうろうとしていて輪かくを明らかにしません.不分明なものをつつむ無限の空間が現れます.そこで,ギリシアが静的・ユークリッド的・彫刻的・儀礼的として特徴づけられるのに対し,西欧は動的・微積分学的・音楽的・意志的であると言われます.これらは,ベートーベンの音楽,レンブラントの絵画,ゲーテの詩,あるいはニュートン物理学,カントの当為哲学,等によって代表されるものです.
牧場的風土に対する日本の風土
日本はモンスーン的風土の一地方です.そこでは自然が予測できぬものを内に秘めて不規則に現れます.このことはすでに樹木の形の例で申し上げました.牧場的風土であるギリシアにおける作品の統一においては,規則正しい形,比例,等を見ることができます.日本におけるその代わりは,その場におけるフィーリングによる統一なのです.そのような統一からは,ヨーロッパにおけるような学問は発展しませんでした.
牧場的風土においては自然は従順です.それは人力による支配が比較的に容易です.ヨーロッパは,いわば,全土が牧場なのです.一方,日本においては自然が温順でなく,隙あらば人間の支配を脱しようとします.先程申し上げた雑草との闘いはその一例です.ただし,日本の土地と自然は豊饒であり,そこからはいくらでも恵みを得ることができます.これにより日本ではすぐれた農業技術が獲得されました.しかし,この技術からは自然の認識を取り出すことはできませんでした.そこから生まれたのは理論――theōriaあるいはtheory――ではなく,俳句詩人・芭蕉に代表されるような芸術であったのです.
風土を無視することは風土を超えることではありません.それはただ,風土的限定の内に無自覚に留まることです.一方,風土的限定を自覚しそれを超えたといっても,風土的特徴が消失するわけではなく,むしろそれにより一層風土的特徴が実現されるのです.この辺の和辻の主張はサルトル氏の『弁証法的理性批判』における必然性の考え方[3]と非常に近いものを感じます.ただし,それについての議論は本シンポジウムの枠を超えるようです.
以上,忍耐強くお聴き下さったことを感謝します.(拍手)
(サクマの講演終了)
[1] 『風土』第二章「三つの類型」.
[2] 『風土』第二章の三「牧場」.
[3] J.=P. Sartre, “Critique de la raison dialectique, Tome I―Théorie des Ensembles pratiques” (1960). 日本語版『弁証法的理性批判 第一巻 実践的総体の理論』人文書院.第一分冊(竹内芳郎・矢内原伊作訳)1962年,第二分冊(平井啓之・森本和夫訳)1965年,第三分冊(平井啓之・足立和弘訳)1973年.この文献における必然性の考え方をここに略記することはできないが,次の一ヵ所のみ引用しておこう(第一分冊,279-280ページ).
ドップ工場の女工が,養うことの不可能な子供の出生を避けるために堕胎術を利用するとき,彼女は自分に課せられた運命を避けるために自由な決断をなすのである.しかしこの決断自身が客観的状況によって根本的に偽造されている.彼女は彼女自身によって彼女が既にあるところのものを実現する.彼女は自由な母性たることを彼女に拒むところの既に下されている宣告を,彼女自身に反して自らに下すのである.