シンプルisベストなどと言われ、シンプルであることはとても気持ちのいいことであると
される。俺ももちろんそう思うのだが、最近アマチュアバンドコンテストへ向けたアレン
ジを考える上で、シンプルであるということはどういうことなのかを深く考えさせられた。
結論から言うと、それこそシンプルに表現すれば、「複雑なことを全て収斂させた分か
りやすさ」がシンプルということやと思うねんな。
それはどういうことかと言うと、ガットギター2台とボーカル2人という構成でのアレンジを
考えてたんやけど、何をどう工夫しても、とにかくバラバラ感が全く消えない、ということ
から全く脱せない状況があったわけよ。皆であーでもない、こーでもない、と言いながら、
至った結論はもっと簡単にしたらええんちゃうん?てなことになったんやけど、いざ簡単
にしてみてもバラバラ感は消えないし、おまけに「単純」感が強くなってしまって、なおさ
らひどくなってしまう。
でまぁ、最終的にどうしたらうまくいったか、というと、「ギターの運指がスムーズになる
ポジションで演奏するようにした」だけのことやねんな。やってみればなんてことなくて、
うまくいかなかった原因は、アレンジがどうのこうの、という前に運指の難しさでキチンと
したリズムで演奏する、という楽器演奏の基本中の基本ができてなかったことに尽きる。
特にガットギターはいわゆるスチール弦を張ったフォークギターを比べると音が伸びない
ので、アルペジョひとつにしても、とにかくキチンと音符に乗ったリズムを刻まないと、そ
れがとんでもなくリズムが狂ったように聞こえてしまう。おまけに普段ガットを弾きなれな
い2人がアンサンブルを合わそうとすると、それは、ものすごく難しいことになってしまう
のだ。
つまりシンプルとはあくまでも「基本に忠実」がベースにあり、そして複雑な要素はとこ
とん追求した上で不要な部分を削ぎ落とし凝縮されたものにして基本にプラスし、そこ
からまた尚且つ不要部分を削ぎ落とした、究極の「出汁」ということなのだ。
シンプルisベスト、これはいうほど単純なことやおまへんで。
その友達の奥さんは最近ご両親を続けて亡くし、また妹さんにまで
先立たれてしまい、その辛さは考えるに余りある。
でも、その中でも救いだと思ったことがある。それは彼女の人徳だ。
5人の素晴らしい子供達に恵まれ、俺が最も尊敬する後輩のひとり
である、男らしく優しい旦那がそばにいてくれる。また、明るく素直な
人柄から誰にでも愛される。
これは彼女の人徳にほかならない。
肉親が誰もいなくなる、という辛さは当の本人以外に分かるはずも
なく、俺個人の考えでは、やすっぽい同情やなぐさめの言葉などは
何の意味も持たないと思う。
ただひとつ言えることは、この人徳があれば、彼女には今回の苦難
以上の幸福がやってくることは間違いない、ということだ。
今は辛いと思うけど、とにかく頑張って欲しい。
ただそれだけなのだ。
仕事で、ある一流大企業の担当者と会った。今時めずらしくもないが、
女性である。たぶん入社5~6年の25、6歳であろう彼女はもうすでに、
かなりの部分の責任を与えられた仕事をしている。
その女性と先日打ち合わせをしたのだが、とにかく「切れる」のにびっくり
した。昨今よくある事件の理由にある「キレル」のではない。とにかく頭が
いいのである。もうこっちは50歳のおっさんやのに、もうたじたじ状態。
その場は50歳になるまでテキトーにその場をくぐり抜けてきた経験をなん
とか活かして切り抜けたものの、冷や汗ものであった。
ある本に「グライダー人間と飛行機人間」という話が書いてあった。
最近の優秀と呼ばれる人は、グライダーとしては優れているが、飛行機
ではない。あくまでも引っ張ってもらって飛ぶという前提の基に優秀なの
である、と。
なるほど確かにそういう人が多いなぁ、とは感じるけど、この女性を見て
ると、たとえグライダーであっても「空の飛び方を知っている」ということ
ではいつでも自分の力で飛べる飛行機になる資質があるのではないか、
と思った。
俺などは空を飛んだことなどないが、自分で動ける自動車なのかも知れ
ない。でも、人はひとりでは生きていけないわけで、人の力を借りてでも
大空の上から世界を見られるグライダーだって、立派なもんじゃないか、
と思う。
まぁでもたぶんこれはその女性が可愛かったやろうなぁ。オトコやったら
グライダーなんかあかんで、で終わってたのかも知れんけどね。
去る6月29日、会社の元上司でもある、バンドの先輩が永眠された。
享年60歳。1年以上癌と闘っておられたが、ついに力尽きてしまった。
俺も年相応に、今まで何人も癌と闘ってこられた方を見てきたので、
おおよその覚悟はしていたものの、まさかこんなに早く逝ってしまわれ
るとは思ってなくて、突然の訃報にショックを受けている。
何回も人が亡くなる、ということを経験してきて、なんか信じ難いという
気持ちになることはよくあったんやけど、当然現実を受け入れることは
出来ていた。でも、どうも今回は「ホント」に信じられない、という気持ち
から脱することができないのだ。
祭壇の遺影は全てバンド活動をして時のものだった。亡くなられる数日
前にご自分で選ばれたという。それほどまでに音楽をバンドを愛してお
られたということが伝わってくると同時に、一緒に俺の姿も写っているこ
とが、一層悲しみに拍車をかける。
お通夜・お葬式が終わっても、俺の真横で楽しそうに唄っていた姿、
飲みに行ってはさんざん俺に突っ込みを入れて大笑いしていた姿、
何もかもがまた明日俺の横で起こりそうな気がしてならない。
残されたご家族は、いつも周りに気を配り家庭をとても大切にされてい
た先輩のご家族らしく、皆気丈に明るく振舞われ、それがまた先輩の
影と重なり、思い出が走馬灯のようにめぐる。
それほどに存在の大きい先輩であった。
先輩、先に逝かれたバンドのM氏と、とりあえずはデュオでもしててくだ
さい。そして、いつの日か天国で皆が揃ったらバンドを再結成して、また
ライブをやりましょう。
どうぞ安らかにお眠りください。
そして残された家族の方々をどうぞお守りください。
お疲れさまでした。そして心からありがとうございました。
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現実とは何なのか。
時間が戻らないのなら、時間についてゆけないこの俺の気持ちも現実と
して認めて欲しい。
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