私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

求愛行動は神様にも???

2017-10-11 07:42:35 | 日記

 さて、オホクニハは八上比売が出雲の館から去り、やれやれと思ったのでしょうか、そのまま須世理毘売と伴にと・・・・・・・・しかし、その予想は遥かに違います。再び、彼の浮気心が出たのかどうか知りませんが、わざわざ越国にいると聞いた女性を尋ねて旅します。その女性の名前は

                        “沼河比売<ヌナカハヒメ>”

 です。その目的は

                     “将婚”

 という二字を使ってあります。どう読めばと思うのですが、これを<ヨバヒに>と読ませております。「ヨバイ」は「呼ばる」で「婚」です。「求婚をしに」という意味になるのだそうです。「御馳走をよばれる」等と同じ意味がその元の言葉なのです。それが「夜這ひ」<ヨバヒ>という音読みに通じると言うことから変化して、夜、こっそりと女性の部屋に忍びこむ行為をもよぶようになったのですが、元の意味は相手の女性に結婚を申しこむと言う意味だったのです。

 さて、何処でその名前を知ったのかは若いませんがオホクニは遠い越国まででかけます。余程、美しい乙女だったのでしょうか。出雲までその名が轟いていたのです???これに関して、門脇禎二は、「出雲の古代史」の中で、「古代の日本海沿岸諸国で展開された婚姻による相互扶助を目的とした文化圏(出雲王国)の拡大を意味している」と述べられております。

 そのような歴史的な意味が、古事記から読みとれるかどうかは知りませんが、兎に角、オホクニは、密かに?????越国に旅したのです。いきなり、
 「あなたヲ私の妻に。」
 とは言えなかったのでしょうか???知らない同士です。鳥などの求愛行動と同じように。人にも求愛行為が行われたようです。鳥のように、踊りか何かを踊るのでもありません。はではでしい着物を着て見せびらかすわけでもありません。ラブレターを送るのが人間の求愛行動なのです。オホクニは、当時、まだ文字はなかったのでしょうか、比売の家に行って、大声で歌を歌ったのです。その歌は・・・・・・・この歌が誠に「すこぶるつき」です